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「ポイ捨てタバコ」から出る「ニコチン」の凶悪さ

石田雅彦科学ジャーナリスト
横浜市のポイ捨て禁止看板:写真撮影筆者

 受動喫煙対策が厳しくなれば屋外で喫煙するケースが増え、ポイ捨てタバコも増えていく危険性がある。加熱式を含めたポイ捨てタバコは、環境中で長く残り、そこから出る有害物質が環境を汚染する。

ポイ捨てタバコが引き起こす問題

 先日、海外メディアにショッキングな映像が掲載された。米国フロリダのビーチで、クロハサミアジサシという海鳥の親がヒナにタバコの吸い殻を与えているというものだ。また、兵庫県の商店街で池に飼っていた金魚などが、ほぼ全滅するというニュースが話題になった。この被害の原因は特定できていないが、この金魚はポイ捨てタバコを防ぐ目的で飼われていたという。

 毎年、世界で約6兆個のタバコの吸い殻が生まれ、そのうちの4兆5000億個がポイ捨てされ、タバコの吸い殻やタバコ由来の廃棄物は世界の海岸で清掃された総廃棄物の19〜38%と見積もられている(※1)。1年のタバコ生産量の3/4が吸い殻としてポイ捨てされると換算すれば、日本の場合は年間約1091億本(2017年の販売数量1455億本)がポイ捨てされていることになる。

 加熱式タバコの多くを含むタバコの吸い殻は、主にタバコ葉の部分とフィルター部分に分けられる。ポイ捨てされると、雨水で濡れたり河川へ流される間にタバコ葉の部分は拡散し、フィルター部分だけが切り離されて残る。このタバコ・フィルターはそのままの形で環境中に存在し続け、2年経っても38%ほどしか分解されず、完全に分解されるまでには2.3〜13年ほどかかるという研究がある(※2)。

 軽くて小さなタバコの吸い殻は、ポイ捨てされると雨水で流されたり風で吹き寄せられるなどして排水溝のスリットから下水へ流れ込み、河川へ流れていく。そして海へいたり離岸流で沖合へ漂流していったり海岸へ打ち上げられる。つまり、我々が海岸で見かける吸い殻のほとんどは、街でポイ捨てられ、下水から河川を通ってやってきたものだ。

 タバコ自体に健康への害があるように、廃棄物である吸い殻には当然だがニコチンのほか、ヒ素、鉛、銅、クロム、カドミウム、発がん性物質を含む多環芳香族炭化水素などのひじょうに毒性の高い物質が濃縮されている。

ニコチンの高い毒性

 ニコチンといえばタバコにつきものの依存性薬物だが、殺虫剤に使われるように毒性も強い。ヒトの大人の経口致死量は40〜60mgであり、環境中に大量に存在すれば生態系に大きな悪影響を及ぼす。

 ニコチンの生物への影響を調べた研究(※3)によれば、1リットル当たり10〜100μgの濃度でオオミジンコ(Daphnia magna)の繁殖や生育に影響を及ぼし、性決定などに作用する内分泌かく乱物質(いわゆる環境ホルモン)であることがわかったという。

 ニコチンは揮発性が低く水中で安定的なため、そのほとんどは水中に存在する。いくつかの研究では、1リットル当たり0.6〜32μgのニコチンが環境中に存在すると見積もられている(※4)。また、ニコチンは喫煙者や受動喫煙者の体内で代謝されるとコチニンや3-ヒドロキシコチニンなどに変わり、こうした物質も尿などから環境中へ大量に放出されていると考えられる。

 ドイツのベルリンでタバコの吸い殻を採取し、ニコチンの濃度と毒性を調べた研究(※5)によれば、降雨による水たまりにタバコの吸い殻をポイ捨てするとニコチンが27分で半分の量という具合に急速に溶出し、1リットル当たり2.5mgの濃度となったという。これは生態系への影響がないとされる濃度(予測無影響濃度、Predicted No Effect Concentration、PNEC)を超える値だ。つまり、たった1本のタバコの吸い殻でも1000リットルの水を危険な数値まで汚染するということになる。

 日本でもポイ捨てタバコから出る有害物質を調べた研究がある。これは信州大学の研究グループによる調査(※6)で、大学周辺の道路(3.2kmの周回)を歩き、ポイ捨てゴミの分布地図を作成して1ヶ月間の1km当たりに採取されたポイ捨てタバコのゴミから何mgの汚染物質が検出されるかを調べた。

 すると、ヒ素、ニコチン、重金属類、多環芳香族炭化水素といった有害物質が検出された。中でもヒ素が出たことが重要で、環境基準(1リットル当たり0.01mg以下であること)以上の1リットル当たり0.041mgという量のヒ素が出ている。また、重金属類の含有量としては、1ヶ月間の1km当たりカドミウム0.02mg、銅1.7mg、鉛0.59mg、クロム0.15mgが検出されたという。

タバコ会社の責任

 そもそも、タバコのフィルター自体にも毒性があるようだ。米国のサンディエゴ州立大学などの研究グループが、タバコを吸っていないフィルター単独、タバコを吸った後のフィルター単独、タバコを吸った後のタバコ葉とフィルターで魚に対する毒性を調べてみたところ(※7)、いずれでも毒性が表れ、1リットル当たりの吸い殻の数が増えるほど生存率が悪くなり、未使用のフィルターでも毒性があった。

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神奈川県鎌倉市の海岸で拾ったタバコの吸い殻。加熱式タバコのものが混じっているが、左の黒いプラスチックはプルーム・テックのカプセルだ:写真撮影筆者

 最近は加熱式タバコのポイ捨てが増えているが、その悪影響も無視できなくなっている。加熱式タバコからも、ニコチン、アクロレイン、ホルムアルデヒド、アセナフテンといった発がん性を含む有害物質が検出されているからだ。また、加熱式タバコの中には、プルーム・テックなどプラスチック製のカプセルを使うものもあり、海岸でゴミ拾いをしていると特徴的な黒いカプセルをよく見かけるようになった。

 タバコ会社やタバコ販売組合などは街の環境美化の名目でポイ捨てタバコを拾ったりポイ捨てを防ぐ運動をすることもあるが、タバコ会社の拡販PRに利用されている側面が大きい。環境汚染物質を製造販売している企業がポイ捨ての責任を喫煙者に転嫁し、あたかも社会貢献活動をしているかのように振る舞う欺まん性は昔からのものだ。

 やはり、タバコ会社に対し、使い捨てフィルターが付いたタバコ製品の製造販売を規制し、環境汚染の責任を取らせるために環境税のような名目でタバコの価格に負荷をかける必要がありそうだ。

※1:Thomas E. Novotny, et al., "Tobacco Product Waste: An Environmental Approach to Reduce Tobacco Consumption." Current Environmental Health Reports, Vol.1, Issue3, 208-216, 2014

※2-1:Giuliano Bonanomi, et al., "Cigarette Butt Decomposition and Associated Chemical Changes Assessed by 13C CPMAS NMR." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0117393, 2015

※2-2:Francois-Xavier Joly, et al., "Comparison of cellulose vs. plastic cigarette filter decomposition under distinct disposal environments." Waste Management, Vol.72, 349-353, 2018

※3:Ana Lourdes Oropesa, et al., "Toxic potential of the emerging contaminant nicotine to the aquatic ecosystem." Environmental Science and Pollution Research, Vol.24, Issue20, 16605-16616, 2017

※4-1:Marianne Stuart, et al., "Review of risk from potential emerging contaminants in UK groundwater." Science of The Total Environment, Vol.416, 1-21, 2012

※4-2:Ivan Senta, et al., "Wastewater analysis to monitor use of caffeine and nicotine and evaluation of their metabolites as biomarkers for population size assessment." Water Research, Vol.74, 23-33, 2015

※5:Amy L. Roder Green, et al., "Littered cigarette butts as a source of nicotine in urban waters." Journal of Hydrology, Vol.519, 3466-3474, 2014

※6:Hiroshi Moriwaki, et al., "Waste on the roadside, ‘poi-sute’ waste: Its distribution and elution potential of pollutants into environment." Waste Management, Vol.29, Issue3, 1192-1197, 2009

※7:Elli Slaughter, et al., "Toxicity of cigarette butts, and their chemical components, to marine and freshwater fish." Tobacco Control, Vol.20, Suppl1, i25-i29, 2011

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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