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追悼、元世界ヘビー級王者、レオン・スピンクス

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
1978年2月15日、24歳でアリからベルトを奪った(写真:REX/アフロ)

 前立腺癌を患い、長く伏せっていた元世界ヘビー級チャンピオンのレオン・スピンクスが、現地時間5日にネバダ州ヘンダーソンの病院で永眠した。享年67。

 ミズーリ州セントルイスのゲットーで育った彼は、貧困に喘ぎ、犯罪と隣り合わせの土地で生きる術を学んだ。

 「幼い頃、俺には何一つ必要な物が与えられなかった。赤貧だったんだ」

 と、後にスピンクスは振り返っている。

写真:アフロ

 海兵隊員を経て、弟のマイケルと共に1976年のモントリオール五輪で金メダルを獲得。

写真:ロイター/アフロ

 プロ入りしてからも、マイケルと切磋琢磨しながら頂点を目指した。デビューから僅か13カ月後、6勝(5KO)無敗1分けの若手有望株として、36歳だった時の世界ヘビー級チャンピオン、モハメド・アリに挑む。驚異的なスタミナとアグレッシブさで、「ザ・グレイティスト」のお株を奪い、スプリットディシジョンでタイトルを獲得した。

写真:REX/アフロ

 しかし、7カ月後の再戦で敗れると、二度と世界タイトルを手にすることはなかった。

写真:ロイター/アフロ

 スピンクスは42歳まで現役を続けたが、キャリアの中盤以降は若手の咬ませ犬とされることも多く、戦績は26勝17敗3分けとなっている。

 国際ボクシング殿堂で顔を合わせた際、一度だけスピンクスをインタビューしたことがある。

 「アリに勝った一戦が、最大の喜びだね。ボクシングキャリアだけじゃなく、人生においても。周囲の人に愛されるような人間になろうとしたが、俺はそんなタイプじゃない。カネを得てからは人生を楽しみたかった。なかなか思うようにはいかなかったけれど……」

 ダメージを減らすためにと、敢えて抜いた2本の前歯がない顔で、彼は微笑んだ。

息子の背後に佇む
息子の背後に佇む写真:ロイター/アフロ

 酒やドラッグに溺れ、無謀運転で逮捕されたこともあった。故郷のホームレスシェルターに入っていた時期もある。息子のコーリーはウエルター、スーパーウエルターと世界タイトル2階級を制したが、コーリーの兄、カルビンは、プロボクサーとなって2勝目を挙げた直後の1990年6月に射殺されている。

 晩年は、2011年に入籍したブロンドヘアーの白人妻に支えられていたことが救いである。

写真:ロイター/アフロ

 今、スピンクスは天国でカルビンと再会を果たしているのだろうかーーー。心から冥福を祈りたい。合掌。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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