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香取慎吾さんのファミマの広告がメディアについて色々考えさせてくれる

篠田博之月刊『創』編集長
ファミマ「お母さん食堂」香取慎吾さん(権八さん提供)

 3月7日発売の月刊『創』4月号は恒例の広告特集。表紙は、昨年他界した樹木希林さんが舌を出しているという宝島社の広告。佐々木宏さんのアイデアで、何と舌の写真は希林さんの娘さん。しかも、葬儀の会場で頼んで、その場で撮影したというからすごい。そんなことができるのは佐々木さんくらいではないだろうか。

 サントリー「BOSS」の福里真一さんやau三太郎」の篠原誠さんなど、ヒットCMの制作者が総登場して、それぞれの仕事について語るという贅沢な特集だが、そんな中で印象的だった権八成裕さんの香取慎吾inファミマ広告について、本人のコメントをまじえながら紹介しよう。というのも、デジタルとアナログの独特な組み合わせというか、「今のSNS社会におけるメディアって何なのだろう」ということを考えさせてくれる話だからだ。

 まずはそのファミマ広告がどんなふうに始まったか、権八さんの説明だ。

 《昨年から大きな仕事になったのがファミリーマートの香取慎吾くんの一連の広告です。ファミマのいろいろな商品を、慎吾くんが広告していく企画ですが、最初は焼き鳥から。ファミマの入口で流れる入店音のメロディに乗せて会話したら一発でファミマのCMって分かるし、バカバカしくていいなと。そのCMが好評で、焼き鳥がもの凄く売れてます》

ファミマ焼き鳥の目隠しポーズ(権八さん提供)
ファミマ焼き鳥の目隠しポーズ(権八さん提供)

 この焼き鳥の「目隠しポーズ」が思いのほか大反響で、たくさんの人が真似してSNSに投稿した。

たくさんの人が真似してSNSに投稿
たくさんの人が真似してSNSに投稿

 制作側も一応、目論んでやったらしいのだが、その予想をはるかに超える反響があったというわけだ。

 《続いてやったのが、「お母さん食堂」という惣菜シリーズ。慎吾くんが自分の母の手料理だと思って食べてたら、実はファミマのお惣菜だったというオチ。演出は『帝一の國』などでおなじみ永井聡さん。長い付き合いです。グラフィックでは慎吾君が「慎吾母」という定食屋のおかみさんに扮して店頭ポスターに。慎吾君にはそのキャラでAbema TVの「ななにー」にも出演してもらいました。》

https://videotopics.yahoo.co.jp/video/moviecollection/214947

 このCMもファミマ広告史上最高の高感度順位を記録したという。

 さらに「慎吾母」という香取慎吾が女装したポスターも反響を呼んだという。冒頭に掲げたのがそのポスターだが、確かにインパクト大だ。大きな反響を呼んだシリーズはさらに続き、進化を遂げる。

 《続いてクリスマスケーキとチキン。慎吾君が尋常じゃないぶっ壊れキャラで狂ったように食いまくるCMでしたが、このチキンとケーキも非常によく売れて。演出はBOSSでおなじみ八木敏之さん。昔から大変お世話になってます。》

 《ファミマではクリスマス向けの商品を予約して買ってもらうために商品カタログを作っているのですが、そのカタログの表紙は切り抜くと慎吾くんのお面になる写真をつけて。これもみんながお面をつけてその写真をSNSに上げてくれて。そういう仕掛けを続けてますが、有り難いことにうまくいってます。》

ファミマ クリスマス
ファミマ クリスマス

 カタログを切り抜いてお面にするというのはアナログ的なのだが、それをSNSで拡散させるということを戦略的に考えた。実はSNSはパーソナルメディアゆえに「身体性」と相性が良いのだ。

 次のシリーズになると、その方向性はさらに強まることになる

 《次は肉まんで、「#のけぞり肉まん」というキャッチコピーで、慎吾くんがおいしすぎてのけぞっちゃうってことで、のけぞるポーズをたくさん撮影した写真を巨大ポスターにして渋谷駅の地下通路に貼りました。一般の方も肉まん片手にのけぞる自分の写真をSNSに上げて拡散してくれました。

 いずれもベタな広告ですが、生活に根ざした商品性と、慎吾くんの美味そうに食べる明るいキャラクターがよく合ってて好循環が生まれてます。》

のけぞり肉まん ポスター
のけぞり肉まん ポスター

 この慎吾くんシリーズの特徴は、演じる慎吾くんのキャラクター設定が固定していないこと。例えば権八さんが別に手掛けているサントリーの「ストロングゼロ」だと、天海祐希さんは雑誌の編集長として登場する。いろいろなシリーズがあるが、天海さんのキャラクター設定は一定している。ファミマの慎吾くんの特異なところは、そういう設定がなされていないことだ。時には息子になったり、時には父親になったりと、CMごとに違う設定で登場してくる。これは異例のことで、権八さんもこう語っている。

 《毎回、慎吾くんのキャラ設定がめまぐるしく変わるのもミソです。効率が悪いので普通はキャラ設定は変えません(笑)。敢えて商品ごとに最適なキャラにして、毎回、視聴者を裏切り続けたいと思ってます。次回作もこれまでと全然違うCMになります。》

 「敢えて商品ごとに最適なキャラにして、毎回、視聴者を裏切り続けたい」というのはなかなかすごい発想だが、そういう異例の手法をとったのは、実はファミマの社長を交えた企画の会議で、慎吾くんの設定について話していたら、社長が「そんなふうにひとつに固定しなくてもいいんじゃないの?」と言ったらしい。異例の広告手法は、実は社長の鶴の一声によるものだったというわけだ。

 それはともかく、ファミマの一連の広告をやってきて感じたことを権八さんはこう語っている。

 《これらのキャンペーンはいずれも反響がデカくて楽しいですね。ファミマの店舗はいま、全国で2万店近くあり、もはやインフラだし、お店自体が強力なメディアです。そこで例えば慎吾くんの「お母さん食堂」や「#のけぞり肉まん」の面白いポスターを貼れば、みんなスマホで撮ってSNSであっという間に拡散する。アナログな表現がデジタルで広がる。当然そこは考えてます。同時に細かくTwitterなどでもフックのある表現を発信し続ける。テレビを見ない若い人もコンビニは行くし、そのダイナミズムと反響のデカさが凄くて非常にやりがいがあります。》

 全国に2万店近く存在するというファミマ自体がメディアだということや、「アナログな表現がデジタルで広がる」という現象など、このファミマの慎吾くん広告の展開は、なかなか新しくて深い。テレビとネットとか、アナログとデジタルとか、そういう二項対立でメディアを考えていた時代が古くなりつつあることを示している。

 同じようなことは以前、テレビ東京のヒット番組「出川哲郎の充電させてもらえませんか」についても感じた。電動バイクの充電切れというアイデアの骨格はアナログなのだが、バイクで走ることがSNSで拡散されて次々と新しい展開が生まれるというわけだ。バイクで各地を移動するという身体的な行為、しかもそれがテレビというメディアで流されるということを媒介に、意外とSNSと親和性が高いことがわかる。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20181229-00109477/

テレ東『充電させてもらえませんか?』大ヒットの背景と気になる展開

 「身体性」ということでは、3月15日から始まる360度シアターでの香取慎吾の個展もそうだ。権八さんの説明はこうだ。

《慎吾くんはパリのルーブルで個展をやってニュースになりましたが、今度その凱旋個展を、豊洲の360度シアターで3月15日から開催します。客席が360度回転するという、通常お芝居をする劇場ですが、そこで何をやるか、僕らも慎吾くんと一緒に企画してます。フランス語で胸のドキドキを表す「BOUM! BOUM! BOUM!」という題名で。そこでぶっ飛んだ映像や、彼の身体に起因したアートを見せます。シアター自体はTBSのものですが、サントリーが協賛してて、「サントリーオールフリープレゼンツ香取慎吾NIPPON初個展」と謳ってます。

 1月9日に朝日新聞にAD佐野研二郎さんと全面広告を打ちましたが、広告自体に個展の説明はいっさいないので、見た人がこれは何だろうと書かれているWEBサイトを見に行くという仕掛けです。今、慎吾君といろいろ一緒に作ってますが、新しい試みだけに大変ですが楽しいです。》

 権八さんは、元SMAPの3人が立ち上げた「新しい地図」をめぐってもAbemaTVとの連動など、このところいろいろなメディアを組み合わせて展開するという試みを手がけているのだが、BISHというバンドを率いるWACKという事務所の企業広告にもその手法や発想が生かされている。最後にそれも紹介しておこう。

 最近は何かあるたびに社会挙げてのバッシングが行われ、タレントが不祥事を起こすとそのタレントが出ている過去の作品まで発売中止になったり、不倫といった個人的なことであっても社会に対して謝罪するまで許さないという息苦しい空気が日本社会に蔓延している。そういう風潮を風刺して、「何もしてませんが、先に謝罪しときます」というキャンペーンを行った。これについてはこう語っている。

WACK「先に謝罪」キャンペーン
WACK「先に謝罪」キャンペーン

 《昨年末のレコード大賞新人賞など話題に事欠かないBISHというバンド率いる所属事務所WACKの企業広告を柴谷とやりました。何でも叩いて謝罪を求める風潮を揶揄して「まだ何もしてませんが、先に謝罪しときます」と渋谷「109」の壁にいきなり謝罪広告を出して、「謝罪本」という冊子を作ってバンドメンバーが街頭で配ったり土下座して。それがSNSやネットニュースで拡散して話題になりました。WACK社長の渡辺淳之介くんから「何か面白いことをやりたい」という依頼があって企画しました。彼は渋谷の悪童(笑)。10代の頃から僕の仕事や記事を見て「なんて好き勝手バカやってる大人がいるんだ」て思ってたらしく、僕は彼にそう思うんだけど、彼との仕事はいつも超楽しいです。(笑)》

※記事に掲げた写真はいずれも『創』4月号広告特集向けに権八さんに提供いただいたもの。

http://www.tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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