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ペンクラブと新聞労連が家宅捜索に抗議!鹿児島県警の問題は今、重要な局面を迎えている

篠田博之月刊『創』編集長
鹿児島県警に抗議するニュースサイトハンター(筆者撮影)

 6月19日、日本ペンクラブと新聞労連が鹿児島県警によるニュースサイト「ハンター」への家宅捜索に対する抗議声明を発表した。声明文にはそれぞれ「取材源秘匿・内部通報者保護制度を脅かす鹿児島県警の強制捜査を強く非難する」「鹿児島県警による『情報源暴き』に抗議する」と見出しが掲げられている。

 もちろん両者が同じ日に出されたのは偶然だが、迅速でとても良いタイミングだ。ペンクラブでは18日に言論表現委員会が開かれ、そこでニュースサイト「ハンター」の中願寺純則代表からも話を聞いた。

 19日に発せられた日本ペンクラブの声明は以下だ。

【日本ペンクラブ声明】「取材源秘匿・内部通報者保護制度を脅かす鹿児島県警の強制捜査を強く非難する」(2024.06.19)

 伝えられるところでは、鹿児島県警は4月に報道機関を強制捜査し、取材情報が入ったパソコン等を押収、そのデータをもとに内部通報者を特定し、5月に国家公務員法違反の疑いで逮捕した。ジャーナリストにとって、情報源の秘匿は最高位の倫理であることはいうまでもないが、公権力も表現の自由を実効的に保障するものとして、強制力をもって取材源を開示させるようなことは控えてきた経緯がある。

 今回の行為は、そうした慣例を毀損するものであり、あわせて、報道機関への情報提供を強制捜査の対象にしたことは、内部通報者保護制度の趣旨からすると、民主主義社会の根幹を脅かす極めて深刻な事態だ。こうした報道機関への脅威を深く憂慮するとともに、各メディアの積極的な取材報道を期待する。

 日本ペンクラブは、今回の警察の行動を強く非難するとともに、事態を決して前例としないことを求めるものである。

2024年6月19日

一般社団法人日本ペンクラブ 会長 桐野夏生

新聞労連の声明はやや長いが、下記を参照いただきたい。

https://shimbunroren.or.jp/

 翌20日の朝刊では朝日新聞や読売新聞、赤旗などが抗議声明について記事にし、毎日新聞や産経新聞、東京新聞などはデジタルで報じていた。大事な問題を提起している声明なのだが、全体としてみると報道の仕方はやや低調だ。そもそも今回の一連の鹿児島県警をめぐる問題そのものについて大手メディアの報道はいまひとつといえる。中願寺さんの話だと、朝・毎・読ともニュースサイト「ハンター」に取材に来てもいないそうだ。

メディアもまたそのあり方を問われている

 鹿児島県警の問題が社会的関心を呼んだのは、5月31日に守秘義務違反容疑で逮捕された本田尚志・前県警生活安全部長が6月5日の勾留理由開示裁判で、自分が内部文書を外部に送ったのは、不祥事を隠蔽しようという動きがあったからで、自分の行為は公益通報だと主張してからだ。当初は連日、それに対して県警はどう答えるのか、野川明輝・県警本部長のコメントなどを報道していた。本部長はあくまでも捜査を先延ばししたり、隠蔽しようとしたことはない、と断言した。

 情報を得た時に、それを当局にあててそのコメントを報道するというのはよく行われていることで、今回もそうしたことが行われているのだろうが、注意してほしいのは、今回はその当局、鹿児島県警自身が一方の当事者だということだ。だからそのコメントを報道しただけでは、一方的な当局の主張を垂れ流すことになる。

 本来なら報道機関が、両当事者や家宅捜索を受けたハンターなどに取材し、いったい鹿児島県警に何が起きているかを明らかにしていくべきで、そうせずに県警の会見を流しているだけでは、むしろ一方の当事者に加担することになりかねない。そもそも県警の不祥事自体、権力監視が本来の役目であるメディアが暴くべきことで、それがそうならないから本田前部長は外部に資料を送って世に問おうと考えたわけだ。しかもそれを外部に知らせる時に、地元の新聞などのメディアでなく、わざわざ札幌のフリーライターに送ったというのは、記者クラブ加盟の地元メディアが日ごろから当局寄りだという認識があったからだろう。

 そのことだけでも新聞・テレビは重く受け止め、考えてみるべきなのだが、本田氏の告発を当局にあててその否定コメントを流しているというのでは、メディア本来の役割を果たしていないことになる。

一連の経過の中で鹿児島県警がやったことの意味

 今回の一連の報道で驚いたのは、鹿児島県警の一連の不祥事が末期症状と言えるほどにひどいものであること、それがこれまでハンター以外のメディアによって全く報道も追及もされなかったということだ。しかも今回、県警がやったことは不祥事の広がりを恥じて抜本的解明を行うというのでなく、内部告発を行った内部関係者を見せしめ的に逮捕することと、ハンターに家宅捜索を行って、メディアといえども容赦しないという威嚇を行ったことだ。相手が小さなネットメディアだからという判断があったことは明らかで、これが全国紙だったら、ハンターに行ったような荒っぽいやり方はしなかったろう。

 一連の経緯を見ていて思い出すのは、かつて大阪高検公安部長だった三井環さんが、2002年に裏金疑惑を告発しようとしてテレビ朝日の番組などに生出演するというその日の朝に「口封じ」逮捕された事件だ。今回もアエラドットで鹿児島県警問題を取材報道しているジャーナリストの今西憲之さんの協力で、獄中の三井さんの手記を掲載し、『検察との闘い』(創出版刊)という本にまとめた縁で私はその後も三井さんとはおつきあいさせていただいたが、「口封じ」逮捕をめぐって驚いたのは、逮捕されたとたんに三井さんバッシング報道が噴出したことだった。もちろんあくまでも三井さんを支援するメディア関係者もいたから、双方のせめぎあいになったのだが、当局の意に沿って内部告発者を叩くというのが大手メディアを通じて一斉に行われたのには「え?」と驚きを隠せなかった。

 今もまさに、内部告発を試みたと思われる警察関係者が次々と逮捕されていくこの状況で、いったいメディアがどういう報道を行うべきかが問われていると言ってよい。とても大事な局面と言えるだろう。家宅捜索への抗議ももっと広がってほしいと思うし、そもそも19日の2つの声明がごく一部のメディアでしか報じられなかったこと自体、今のメディア界の状況を示していると言えよう。

 ちなみに朝日新聞は20日の朝刊で「鹿児島県警 捜索の理由 説明求める」という社説を掲げている。家宅捜索に抗議するという強い論調ではないが、「言論、表現の自由にかかわる問題だ。県警はどう考えるのか。速やかに事実関係を公表し、どのような検討を経て捜索に至ったのか、公の場で説明を尽くさねばならない」と、まっとうな主張だった。

 今回の内部告発問題を今後どう報道していくのかというのは、腐敗した鹿児島県警が問われているだけでなく、メディアの側も問われていると言える。市民の批判に事あるごとにさらされているメディアがどこまで存在意義を示せるのか。とても大事な局面だ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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