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皮膚科医vsChatGPT:ChatGPTの医学知識と診断能力を徹底検証

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【人工知能ChatGPTの皮膚科領域への応用可能性】

近年、人工知能(AI)を活用したツールの発展は目覚ましく、医療分野でも多岐にわたる活用が期待されています。人工知能とは、人間の知的な行動を模倣するコンピュータプログラムやシステムのことを指します。機械学習や深層学習(ディープラーニング)といった手法を用いて、大量のデータから自動的に規則性やパターンを学習し、新たなデータに対して予測や判断を行うことができます。

OpenAI社が開発した大規模言語モデルチャットボット「ChatGPT」もAIツールの一つであり、医療分野での幅広い応用が期待されています。ChatGPTは、膨大な量の書籍、記事、ウェブページなどのデータを学習しており、多様な知識を持っています。

米国の研究チームは、小児皮膚科領域におけるChatGPTの医学知識と診断能力を評価するため、皮膚科医とChatGPTのバージョン3.5および4.0の回答を比較する研究を行いました。(注:この研究ではGPT-4oについては評価されていません)

研究では、米国皮膚科学会の専門医認定試験のサンプル問題や、「Pediatric Dermatology」誌の症例問題を使用しました。これらの問題に対する皮膚科医とChatGPTの回答を比較したところ、選択式問題ではChatGPT-4.0が皮膚科医と同等の成績を収めましたが、症例問題では皮膚科医が全体的に上回る結果となりました。

ChatGPTは、特定の領域で知識のギャップがあったり、複数の正答を見分ける能力や十分な医学的見識が不足していたりする場合があるようです。例えば、稀な皮膚疾患に関する知識や、微妙な症状の違いを見抜く経験則などは、ChatGPT(GPT-4)では十分にカバーできていない可能性があります。

しかし、ChatGPTのような言語モデルが皮膚科医の診断をサポートする有用なツールになる可能性は大いにあると言えるでしょう。例えば、膨大な医学文献からの情報抽出や、過去の症例データとの照合などにおいて、ChatGPTを活用することで診断の精度向上や業務の効率化が期待できます。ただし、最終的な判断は医師が下すべきであり、ChatGPTはあくまで補助的なツールとして使用すべきです。

【ChatGPTの医療現場への統合における法的・倫理的課題】

ChatGPTを医療現場で活用する際は、技術革新と法的・倫理的な考慮事項のバランスを取ることが重要です。特に、ChatGPTが医療機器に該当するかどうかは大きな論点となります。

ChatGPTは言語データベースから確率に基づいて回答を生成するため、具体的な医学的専門知識や分析的推論に依存しているわけではありません。そのため、現時点ではChatGPTを医療機器として規制すべきかどうかは議論の余地があります。また、多くのチャットボットは診断や治療の推奨を控えるよう意図的に制限されています。ChatGPTの学習データに内在するバイアス(例えば、小児患者や有色人種の患者の割合など)が出力の精度に影響を与える可能性もあります。

医師や医療提供者がChatGPTを診断プロセスに組み込むことを検討する際は、慎重に進めることが肝要です。特に、個人情報の取り扱いやセキュリティ対策には細心の注意を払う必要があります。

倫理的な観点からも、AIツールの医療応用には十分な配慮が求められます。例えば、AIによる意思決定の透明性や説明責任をどう確保するか、AIに依存しすぎることで医師の技能が低下しないか、AIの判断を過信することで患者の安全が脅かされないか、などの問題が挙げられます。これらの課題に対処するためには、医療従事者のAIリテラシーの向上、AIツールの限界の理解、倫理指針の策定などが必要不可欠です。

【皮膚科医によるChatGPTの適切な活用に向けて】

現時点では、臨床医の総合的な能力がAIツールを上回っていますが、ChatGPTのようなAIの精度は着実に向上しています。皮膚科医は、これらのツールの特性を理解し、適切な監督の下で活用することで、日常の診療に役立てていくことが重要です。

具体的には、事実に基づく質問への回答や、症例の分析においてChatGPTを補助的に用いることが考えられます。例えば、ある皮膚症状について、文献上の記載を検索したり、類似症例の画像を探したりする際に、ChatGPTを活用することで作業を効率化できるかもしれません。また、鑑別診断のリストアップや、各疾患の特徴の整理などにもChatGPTを役立てることができそうです。

ただし、現段階の生成型AIは、診断や治療方針の最終的な判断を下すツールとして頼るべきではありません。あくまでも臨床医の監督の下で使用することが大前提となります。医師は、ChatGPTの出力を鵜呑みにせず、常に批判的に吟味する必要があります。また、ChatGPTに頼りすぎることで、自身の診断能力が低下しないよう注意が必要です。

私たち皮膚科医は、AIツールの可能性と限界を正しく理解し、倫理的・法的な問題にも配慮しながら、診療の高度化と効率化を図っていく必要があります。そのためには、AIに関する知識とスキルを継続的にアップデートしていくことが欠かせません。学会や研修会などを通じて、最新のAI技術や活用事例について学ぶ機会を積極的に設けることが望ましいでしょう。

皮膚科におけるChatGPTの活用は、まだ始まったばかりです。今後、さらなる研究と議論を重ね、AIと人間が協働する新たな医療のあり方を模索していくことが求められています。倫理的・法的な課題を乗り越え、AIの力を人々の健康のために役立てていくことが、私たち医療従事者に課せられた使命ではないでしょうか。

参考文献:

1. Huang CY et al., Pediatric dermatologists versus AI bots: Evaluating the medical knowledge and diagnostic capabilities of ChatGPT. Pediatr Dermatol. 2024;1‐4. doi:10.1111/pde.15649

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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