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アトピー性皮膚炎の原因に迫る!エピジェネティクスの最新研究動向

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

【アトピー性皮膚炎とは?その特徴と発症メカニズム】

アトピー性皮膚炎は、乳幼児から成人まで幅広い年齢層に発症する、慢性的な炎症性皮膚疾患です。世界では、小児の15~20%、成人の10%ほどが罹患していると言われています。病変部の皮膚は赤く腫れ上がり、強い痒みを伴うのが特徴です。患者さんのQOL(生活の質)を大きく低下させる厄介な疾患であり、適切な治療とスキンケアが欠かせません。

アトピー性皮膚炎の発症には、遺伝的要因、環境要因、免疫異常、皮膚バリア機能の異常などが複雑に絡み合っています。中でも重要な役割を果たすのが、表皮の構造タンパク質フィラグリンをコードするFLG遺伝子です。FLG遺伝子の変異は、アトピー性皮膚炎のリスク上昇と強く関連しています。フィラグリンは角層の形成に不可欠なタンパク質で、皮膚のバリア機能維持に重要な役割を担っています。フィラグリンの減少は経表皮水分損失の増大や、アレルゲンの侵入を招くことになります。

また、炎症性サイトカインであるIL-4やIL-13の過剰産生も、病態形成に深く関わっています。これらのサイトカインは、NFκBなどの転写因子によって発現が制御されており、アトピー性皮膚炎患者では調節が乱れていると考えられています。IL-4やIL-13は、Th2細胞の分化を促し、IgE抗体の産生を亢進します。その結果、肥満細胞や好酸球が皮膚に浸潤し、炎症反応が悪化するのです。

アトピー性皮膚炎の発症メカニズムを解き明かすためには、遺伝子と環境因子の相互作用を理解することが重要です。最近注目を集めているのが、遺伝子発現を制御するエピジェネティクスの役割です。生活習慣や環境因子の影響を受けて、DNAメチル化パターンやヒストン修飾状態が変化し、疾患感受性に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

【エピジェネティクスとは?DNAのメチル化やヒストン修飾】

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列に変化を伴わずに、遺伝子発現を制御する仕組みのことです。DNAのメチル化やヒストン修飾などが知られており、可逆的な変化であることが特徴です。エピジェネティクスは、発生・分化の過程で重要な役割を果たすとともに、がんや神経変性疾患、生活習慣病など、様々な疾患の病態にも関与することが明らかになってきました。

DNAメチル化は、DNAのシトシン残基にメチル基が付加される反応で、一般的に遺伝子の発現を抑制します。メチル化は、DNA複製の際にDNAメチル基転移酵素(DNMT)によって触媒され、娘鎖に継承されていきます。遺伝子のプロモーター領域や、エンハンサー領域、遺伝子本体などに存在するCpGアイランドのメチル化状態が、転写活性の制御に重要な役割を果たしているのです。

一方、ヒストンの翻訳後修飾であるアセチル化は、クロマチン構造を弛緩させることで転写を促進します。ヒストンのアセチル化は、ヒストンアセチル化酵素(HAT)によって触媒され、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)によって除去されます。アセチル基の付加によってヒストンの正電荷が中和され、DNAとの結合が弱まることで、クロマチン構造がオープンになり、転写因子などが結合しやすくなるのです。

アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、特異的なDNAメチル化パターンが観察されています。炎症や免疫応答、表皮の分化に関わる遺伝子のプロモーター領域で、メチル化状態の変化が認められるのです。また、ヒストンのアセチル化も皮膚バリア機能の破綻に関与している可能性が示唆されており、HDAC阻害剤であるベリノスタットの有用性が注目されています。アトピー性皮膚炎の病態解明や新規治療法の開発において、エピジェネティクス研究は大きな進展をもたらすと期待されます。ゲノムワイドなメチル化解析や、ヒストン修飾の網羅的解析など、エピゲノム情報を活用した研究がさらに加速していくでしょう。

【エピジェネティクス研究が拓くアトピー性皮膚炎治療の未来】

エピジェネティクスの知見は、アトピー性皮膚炎の革新的な治療戦略につながる可能性を秘めています。例えば、DNAメチル化阻害剤やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤を用いて、異常なメチル化パターンを是正したり、免疫応答や皮膚バリア機能に関わる遺伝子発現を調節したりすることが考えられます。実際、乾癬の治療薬として開発されたDNAメチル化阻害剤のアザシチジンが、アトピー性皮膚炎モデルマウスにおいても有効性を示したという報告があります。

また、non-coding RNA、特にmicroRNA(miRNA)やlong non-coding RNA(lncRNA)の役割にも注目が集まっています。miRNAは標的mRNAの発現を抑制することで、炎症反応や表皮バリア機能に影響を及ぼします。例えば、miR-155はアトピー性皮膚炎患者で発現が亢進しており、炎症性サイトカインの産生を促進する働きがあります。一方、miR-146aは炎症シグナルを負に制御する役割を担っており、その発現低下がアトピー性皮膚炎の病態に関与していると考えられています。これらのmiRNAを標的とした核酸医薬の開発も、将来有望視されるアプローチの一つです。

さらに、腸内細菌叢がアトピー性皮膚炎の病態に関与している可能性も指摘されています。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸は、ヒストンの修飾を介してエピジェネティックな制御に関わることが明らかになってきました。プロバイオティクスを用いて腸内細菌叢を整えることで、アトピー性皮膚炎の症状改善が期待できるかもしれません。

エピジェネティクス研究のさらなる進展により、アトピー性皮膚炎の病態メカニズムが詳細に解明されるとともに、エピゲノム情報を利用した層別化医療の実現が大いに期待されます。

参考文献:

1. Akhtar S, et al. Semin Cell Dev Biol. 2024;154:199-207.

2. Acevedo N, et al. Sci Rep. 2020;10(1):18020.

3. Alaskhar Alhamwe B, et al. Allergy Asthma Clin Immunol. 2018;14:39.

4. Liew WC, et al. J Allergy Clin Immunol. 2020;146(3):606-620.e12.

5. Traisaeng S, et al. Toxins (Basel). 2019;11(6):311.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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