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「焼鳥」と「野菜」を基軸にした「骨太」の企業文化が愛される居酒屋の秘訣とは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
店名の「どろまみれ」とは質実剛健の野菜のイメージとのこと(筆者撮影)

筆者は東京・新宿に40年以上ご縁があり、折を見てこのエリアを探訪している。そこで、新宿三丁目から新宿御苑に至る一帯が飲食店街として年々充実してきているという印象を受けている。その中の店の一つ、新宿御苑駅の新宿寄りから徒歩3分程度の所にある「どろ山 新宿」はこの街の魅力を高めている。

店頭はガラス張りになっていて、オープンキッチンと3席のカウンター席が見える。その奥には客席フロアが広がっているように感じられるが、ガラス越しに見ているだけでは分からない。その客席フロアへつながる扉は、スーパーの従業員通用口のような扉で、遊び心を感じさせる。

さて、その扉を開けると、飲食空間としてつくり込みがなされた空間が広がる。正面の奥はガラスの窓越しにライトアップされた箱庭が見える。その向かい側では、長方形に縁どられたガラス越しに、焼き師が丁寧に焼き鳥を焼いている。モニターが映し出す環境映像のようだ。

「どろ山 新宿」では、客席から焼き師の仕事風景が環境映像のように眺めることが出来る(筆者撮影)
「どろ山 新宿」では、客席から焼き師の仕事風景が環境映像のように眺めることが出来る(筆者撮影)

高級店ではなく「上質の店」をつくる

この「どろ山 新宿」を経営するのは株式会社どろまみれ(本社・東京都新宿区、代表・礒部剛宏〈いそべ・たかひろ〉)。2009年9月、四谷四丁目の荒木町を抜けたところに「焼鳥串焼 どろまみれ 四谷店」をオープンして創業。以来、「どろまみれ」の骨太のコンセプトを踏襲して、笹塚、曙橋、浜田山と展開してきた。「どろ山 新宿」は2022年1月にオープンして、同社の集大成ともいえる新しい店舗である。これらで7店舗を擁している。

「どろまみれ」のコンセプトを「骨太」と例えたが、それは主力商品である焼鳥へのこだわり、そのための焼き師の育成、フードの磨き込み、野菜料理の品揃え等々、店を形づくる一つ一つに手づくりの要素が存在している。それが、接客する人のレベルを高めている。

代表の礒部氏(49歳)は、学生時代から「居酒屋」が醸し出す雰囲気が大好きで、友人知人をはじめ出会う人のすべてに「将来は自分の城を持つ」ことを熱く語っていたという。社会人生活はサントリー系の外食企業であるダイナックからスタートした。ダイナックを志望したのは、同社が多業態を展開しているから。勤務は新宿三丁目のおばんざいの居酒屋から始まり、店長としては上野仲町通の風俗店街にある居酒屋、そして一日に600人が来店するというお台場の高級店等々を担当した。さまざまな課題を抱える店でマネジメント能力が鍛えられた。

どろまみれ代表の礒部氏は、先輩が打ち立てたコンセプトの「高級店ではなく上質の店」に引かれて、自らの店に浸透させている(筆者撮影)
どろまみれ代表の礒部氏は、先輩が打ち立てたコンセプトの「高級店ではなく上質の店」に引かれて、自らの店に浸透させている(筆者撮影)

ダイナックには8年半勤務。ダイナック時代の上司が世田谷区池ノ上で焼鳥のダイニングで独立することに伴って、その店に勤務した。

元上司が自らの店で志したことは「高級ではなく上質の店」ということ。それを礒部氏は「『高級』とはお金を出せばいいというイメージ。『上質』とは努力した上で成り立っているというイメージ」と捉えて、そのような飲食店のあるべき姿に引かれた。

その店は空間デザイナーとして一世を風靡したスーパーポテトの杉本貴志氏が設計した店で、礒部氏は「飲食店には、フードや接客が重要であると同時に、お客様の心を豊かにする店舗空間が重要だ」ということを学んだという。

礒部氏が学生時代から「将来の自分の城」として思い描いていた居酒屋は「焼鳥」がメインの店。学生時代から焼鳥を食べ歩いては自分の理想とするクオリティを追求した。

また、ダイナック時代の同期と休日に「おいしい」と思う料理を探し求めて、食べ歩きを行い、「これだ!」と思った料理を見つけ出すと、次回は料理人を伴ってメニューづくりを研究した。

「人を呼ぶこと」を実践したことが功を奏する

この元上司の店では5年間務めて35歳のとき独立・開業。それが前述した「どろまみれ」である。

この店の立地は丸ノ内線四谷三丁目駅、新宿線曙町駅のどちらからも徒歩10店度の場所にある。ビルの2階、元美容室の物件だった。この物件に巡り合うまで60カ所ほど見ていたが、礒部氏は「一目見て気に入った」という。そのポイントについてこう語る。

「それは店の空間が正方形だったから。この真ん中にライブ感を持たせるスペースをつくって、空間が一体となった店をつくることができる、とひらめいた」

オープンキッチンの先頭には焼き台を設けて焼き師の仕事をショーアップ。その横には「シェフズテーブル」を設けて、焼き師の仕事を間近に感じ取ることが出来るようにした。

「どろまみれ」の展開。店内中央部分にオープンキッチンを備えて、焼き師の仕事をショーアップしている(筆者撮影)
「どろまみれ」の展開。店内中央部分にオープンキッチンを備えて、焼き師の仕事をショーアップしている(筆者撮影)

店をオープンするに際して、ダイナック時代の先輩から「お客さんとして、とにかく人を呼べ』とアドバイスされた。それは、親兄弟から親戚一同、友人知人とか「とにかく人を呼べ」ということ。それに従って行動するとともに、オープンしてすぐに月10万円のグルメサイトにも契約した。「オープンして売上が立たない状態で、こんなに広告宣伝費をかけるのは危険だ」と言われたが、礒部氏は「店の存在を知ってもらうことが重要だ」と考えて、この方針を貫いていった。

こうして2カ月が経って、宴会のお客が入ってくるようになった。オープン当初は18時から翌3時まで営業していて、メインの時間帯は個人のお客と宴会のお客、そして深夜帯は出版社の人と、時間帯別に利用する客層のパターンが定着してきた。

店名の「どろまみれ」とは、質実剛健な野菜のイメージを象徴的に捉えた言葉である。独立・開業に際して、ダイナック時代の後輩である石井和紀(かずき)氏(現・専務取締役)とパートナーを組んだ。

石井氏の実家は埼玉県所沢市に1000坪の農園を持つ農家で専売所も構えている。どろまみれでは、同社の社員・アルバイトから希望者を募り、ここで農作業を行っている。これによって、料理人も接客する人も農産物の成り立ちを知って、これらを元にして思い入れたっぷりにメニューの説明を行うことが出来る。この一連のことが同店の魅力となっている。

クオリティへのこだわりが良き循環をつくる

もう一つ、どろまみれの店の大きな特徴は、各店とも休日が日月ないし月火と週二日連休していること。そして営業時間が17時から23時、ないし18時から24時となっている。これは従業員の労働環境に配慮してのことだ。

また、この4月から店舗の一つを業務提携で営んでいくという。これは、独立希望の社員を支援するもので、業務提携を3年間継続して運営が安定したら、店をその人物の譲渡する構想を抱いている。礒部氏は「独立希望の人は熱心に働く。その願望をかなえるためにも、これから10坪程度の店をつくっていって、社員独立の道を整えていきたい」と語る。

どろまみれのメニューの根幹は「焼鳥」にある。食材は比内鶏をメインにして、さまざまな部位で串を組み立てている。どろまみれで焼き師になることは、焼鳥の調理人として技を極めたことになる。そこで調理場に入った人は、肉を捌くことから始まり、それを肉にして、どのようにして焼けば理想とする焼鳥が出来るかを考えていく。「焼き師になるためには、このようなことを積み重ねていくことが重要なのです。だから結構時間がかかる」(礒部氏)とのことだ。

どろまみれが展開する飲食店では、どの店も「焼鳥」と「野菜」に基軸を置いてファンを集めている(筆者撮影)
どろまみれが展開する飲食店では、どの店も「焼鳥」と「野菜」に基軸を置いてファンを集めている(筆者撮影)

フードのクオリティは「自分の親が店に来たときに食べてもらいたいメニューであること」(礒部氏)。定性的な表現であるが、これがどろまみれの企業文化となっている。

客単価は、冒頭で述べた「どろ山」が6000円から7000円、ほかの店は5500円あたり。商品の高いクオリティをしっかりと維持していて、それに対する誇りが接客のレベルを高くしていく。全店共に予約が必要なほど繁盛していて、18時30分、19時あたりに満席になる。

礒部氏が学んできた「高級店ではなく上質の店をつくる」というマインドは、店の文化を良きものとして、従業員を育て、お客様がそれを求めて来店するといった「良き循環」をつくり上げている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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