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オリンピックで気分はもうゾンビ──どうやら本当に開催されるらしい東京オリンピック

松谷創一郎ジャーナリスト
2021年7月10日、東京・オリンピックスタジアム(筆者撮影)。

 本当に開催されるのだろうか──と、思っていた東京オリンピックまで1週間を切った。一年延期されたものの、さすがに今回は延期や中止はなく、どうやら予定通り始まりそうだ。

 開会式は23日(金曜日)だが、競技はあさって21日(水曜日)の朝から始まる。先陣を切るのは、福島で行われる女子ソフトボール・日本対オーストラリア戦だ。午後には女子サッカーの予選も開始される(「東京オリンピック・パラリンピックガイド - Yahoo! JAPAN」)。

 しかし、いまのところ東京ではまったくと言っていいほど盛り上がっていない。無観客で、かつ「おもてなし」予定だった外国人観光客ももちろんいない。トヨタがオリンピックに向けて開発・販売したハイブリッド車「ジャパンタクシー」は、所在なさげに都内を走っている(天井が高くて乗り心地はとても良い)。

 東京がこうなのだから、日本全国どこも盛り上がっていないのだろう。というより、メディアを通じて楽しむほかないので、もはや他国で開催されるオリンピックと大差ない。日本に住む人々にとってのメリットは、時差がないことくらいだろうか。

 一方、首都圏を中心に新型コロナの感染者が日に日に増えているのは周知のとおりだ。東京都には緊急事態宣言が再度発令され、17日(土曜日)の感染者確認数は1410人にもなった。ワクチンの効果で高齢者の感染者数は増えていないものの、接種が進んでいない若者の割合が増えている。いまは感染力の強いデルタ株の広がりとワクチン接種の進行が、静かにデッドヒートを繰り広げている状況だ。

 そんななか、どうも本当に東京オリンピックが開催されるようだ。これほど盛り上がっていないオリンピックは、前例がない。

日本オリンピックミュージアムの隣に設置されているオリンピックの巨大シンボルマーク。奥に見えるのがオリンピックスタジアム(2021年7月10日/筆者撮影)。
日本オリンピックミュージアムの隣に設置されているオリンピックの巨大シンボルマーク。奥に見えるのがオリンピックスタジアム(2021年7月10日/筆者撮影)。

まるでゾンビ映画のバリケード

 現在、東京・千駄ヶ谷にあるオリンピックスタジアム(国立競技場)と、隣接する東京体育館は、完全封鎖されている。高速道路も含めた周囲の車道は交通規制されており、各ゲートには警備員が配置されて厳重に管理されている(詳細は東京都「2020TDM推進プロジェクト」)。

 筆者が現地を訪れたのは、開催2週間前の7月10日(土曜日)の午前中だった。最寄りの千駄ヶ谷駅を降りると、駅の正面にある東京体育館が金網で覆われていることはすぐ確認できる。そして、その金網に沿ってスタジアムに向かうと、複数の道路が白いフェンスによって閉じられていることがわかる。これは6月から始まった規制だ。

東京体育館の横の道路はフェンスで封鎖されている(2021年7月10日/筆者撮影)。
東京体育館の横の道路はフェンスで封鎖されている(2021年7月10日/筆者撮影)。

 おそらく、これはテロ対策なのだろう。1972年のミュンヘン大会や1996年のアトランタ大会のように、過去にオリンピックはテロの災難に見舞われたことがある。そのフェンスにどの程度の強度があるのかはわからないが、3メートル以上あるのでけっこうな高さだ。

 そこで覚えるのは強烈な既視感だ。この光景は見たことがある。ゾンビ作品だ。

 映画やドラマ、ゲームで、ひとびとはゾンビの侵入を防ぐためのバリケードを張り巡らせる。生きる屍と化したゾンビは、基本的に高い壁を越える知性を持っていないので有効に機能する(ゾンビの壁登りを描いた映画『ワールド・ウォーZ』のような例外もあるが)。

 そのとき気分はもうゾンビだ。バリケードの中ではなく外にいるからだ。守られたオリンピックのメイン会場に近づくことが、決して許されない感染者(ゾンビ)のようなものだ。もちろん、テロ対策なのは頭ではわかっている。けれども、新型コロナウイルスの蔓延下だからこそ、ゾンビ扱いされている気分になる。

高速道路の入り口もこの近辺は封鎖されている(2021年7月10日/筆者撮影)。
高速道路の入り口もこの近辺は封鎖されている(2021年7月10日/筆者撮影)。

 それは、不快というものではなく、これまでに感じたことのない奇妙な感覚だ。緊急事態宣言下で行われ、無観客開催なので会場には入れず、しかも近づくことさえできない。フィクションのようにリアリティはないが、フィクションのように面白いわけでもない。盛り上がりはなく、都民なのに当事者感を覚えることもない。もしかしたらこういうリアリティのなさが、ゾンビの気持ちなのかもしれない。知らんけど。

 オリンピックスタジアムの正面では、十数人が記念撮影をしていた。しかし背景のスタジアムは金網越し。家族連れやカップル、自転車でわざわざ来ている高校生もいた。「こんなことになってるんなら来るんじゃなかったな」といった声も聞こえてきた。わざわざ会場を見物しに来るようなひとでも盛り上がれないのが、今回のオリンピックだ。

外苑ゲート側から見たオリンピックスタジアム。道路にはテント型のトンネルが設置され、ここで検問を行なうと見られる(2021年7月10日/筆者撮影)。
外苑ゲート側から見たオリンピックスタジアム。道路にはテント型のトンネルが設置され、ここで検問を行なうと見られる(2021年7月10日/筆者撮影)。

「おもてなし」どころか「裏ばかり」

 新型コロナウイルスとは関係なく、このオリンピックは誘致の段階から否定的な見方が少なくなかった。近年のオリンピックは経済効果が少ないどころか、大赤字となる可能性が高いことも当初から指摘されていた。

 過去には、1964年の東京をはじめ、隣国の1988年のソウルや2008年の北京のように、途上国が先進国に仲間入りをする際の国威発揚や国際的な儀式としての側面はあったかもしれない。が、現在の日本は(長い低成長が続くものの)世界で3番目の経済大国だ。「1964年をもう一度!」といったノスタルジーが不発になるのはどう転んでも明らかだった。

 今回は東日本大震災からの「復興五輪」と銘打ちながら、同時にインバウンドを狙った「おもてなし」を目標としていた。競技の一部が福島で行われるのもそのためだ。もちろん、こうした計画は新型コロナウイルスによって完全に破綻した。この感染症は誰のせいでもないので、不幸な出来事ではある。

2013年9月7日、IOC総会でプレゼンテーションをしたオリンピック招致大使の滝川クリステルさん。感謝を伝えるときに合掌する人ってあまり見ないが。
2013年9月7日、IOC総会でプレゼンテーションをしたオリンピック招致大使の滝川クリステルさん。感謝を伝えるときに合掌する人ってあまり見ないが。写真:ロイター/アフロ

 が、それ以前からバタバタしていたのも間違いない。新国立競技場(オリンピックスタジアム)の建設費の問題から始まり、エンブレムデザインのやり直し、日本オリンピック委員会(JOC)・竹田恒和会長の誘致汚職による辞任、大会組織委員会・森喜朗会長の女性蔑視発言による辞任、そして開閉会式の演出統括・佐々木宏氏の芸人の容姿侮辱発言による辞任と、新型コロナとは無関係のトラブルが続いた。その極めつけは、開会式の音楽担当と発表された小山田圭吾氏が、過去に学生時代の苛烈ないじめをしていたことが問題化されたことだ。

 大型イベントなので問題がひとつも生じずに完遂されることは不可能ではあるのだろうが、あまりにもトラブルが続いている。「おもてなし」どころか「裏ばかり」だ。いざ始まれば問題なく運営されて終わるかというと、それも極めて不透明だ。なぜなら、現在はパンデミックからまだ脱していないからだ。

 すでに入国した選手や大会関係者の感染は多く判明している。外部との接触を避ける「バブル方式」に多くの穴が開いていることは、マスコミや野党のから多く追及されている。しかも、そもそも行動を制限することなどできるはずがない。そのあたりが有耶無耶なまま大会に突入する。なにが起きるかはわからない。

2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催都市が発表された直後、喜びに湧く安倍晋三首相や猪瀬直樹東京都知事、森喜朗招致委員会議長など。
2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開催都市が発表された直後、喜びに湧く安倍晋三首相や猪瀬直樹東京都知事、森喜朗招致委員会議長など。写真:ロイター/アフロ

“プランB”を準備せず神風頼み

 代替案を準備しないまま計画を進め、途中で計画が狂ったときに引き戻せないまま突き進む──これによって絶望的な破綻を見せたのがかの太平洋戦争であったことは、日本軍を分析した戸部良一ほか『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』(1984年)などで明らかとなっている。しばしば今回のオリンピックがインパール作戦と比較されるのもそのためだ。

 『失敗の本質』で頻繁に指摘されるのは、当時の日本軍に「コンティンジェンシー・プラン(不測の事態に備えた計画)」がなかったことだ。バタバタしたままオリンピックに突入する現在の日本もそれに重なる。

 新型コロナの発生はさすがに予測できなかったとしても、オリンピックの延期発表から1年以上の準備期間はあった。しかし、ワクチン接種は思ったほど進まず、感染力の高いデルタ株は蔓延しつつあり、一方で、官邸は飲食店への補償は薄いまま酒販売事業者へ圧力をかけようとした。オリンピックを中心に考えていながらも、場当たり的としか言えない対応だ。

 いちどプランを立てれば、あとは気合いを軸に神風(運)を祈ってただ前を向いて進むのみ──これが日本の組織の伝統だ。個々人は優秀なのに、集団になるとポンコツになるのも日本型組織のお家芸だ。

 ハリウッド映画に出てくる強盗ですら準備する“プランB”の発想が基本的にない。ウイルスが忖度してくれないことについては、知らんぷり。これが“美しいニッポン”の正体だ。

 今回のオリンピックにも当然関与している小池百合子都知事は、座右の書が『失敗の本質』だと幾度も発言している。就任から間もない2016年には、当時問題化していた豊洲市場に関しての質疑応答で言及している。

私は座右の書が日本軍の失敗の本質という、「失敗の本質」というタイトルで、(略)要は楽観主義、それから縦割り、陸軍と海軍の縦割りとか、それから、兵力の逐次投入とか、こういうことで日本は敗戦につながっていくわけですけれども、都庁は敗戦するわけにはいきませんので、それは都民の皆さんの命を預かっているし、食も預かっているし(略)

東京都「小池知事『知事の部屋』/記者会見」2016年9月23日

 ここまで熱心に話していた小池都知事のことだから、きっとオリンピックについてのコンティンジェンシー・プランも持っているのだろう。知らんけど。

2021年7月15日、IOC・バッハ会長と会談した小池都知事。
2021年7月15日、IOC・バッハ会長と会談した小池都知事。写真:Michael Steinebach/アフロ

支持率回復をオリンピック成功に賭けた菅政権

 こうして開催されるオリンピックにおいて、もっとも板挟みになっているのはアスリートかもしれない。加齢との勝負であるアスリートにとっては、4年に1度のこの舞台は人生を左右する大きな転機にもなる。だが、日本社会で開催を望むひとは多くない。オリンピックが始まって感染がさらに拡大すれば、選手たちが矢面に立たされるかもしれない。

 スポーツ好きな者にとっては、オリンピックが世論を大きく二分することは好ましい状況ではない。もちろん前述したように、オリンピックは国威発揚的な機能(それはヒトラー政権下の1936年ベルリン大会も含む)を果たしてきたように、完全に政治と切り離すことはできない。社会のなかで行われる以上、政治性から無縁のところに文化が存立することはない。

 ただ、普段はスポーツと無縁のひとびとがアスリートの存在を一顧だにしないまま強硬に反対を唱える光景を見ると、オリンピックが政争の具になっていることへの違和感を覚えつつ、一方で、ウイルス蔓延や新たな変異株の発生などのリスクへの想像力がそうした態度表明に繋がっているとも考えられるわけで、なんとも言えない気持ちに襲われる。

2021年7月14日、IOCトーマス・バッハ会長と会談した菅義偉首相。
2021年7月14日、IOCトーマス・バッハ会長と会談した菅義偉首相。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 そして、なんとしてでもオリンピックを開催しようとする官邸の思惑もその裏に見え隠れする。そもそも昨年4月7日の1回目の緊急事態宣言も、オリンピックの開催1年延期の発表から2週間後のことだった。4回目である今回の緊急事態宣言がオリンピック前に出されたのも、開催途中に発出する事態を避けたためだと見られる。

 就任から支持率は右肩下がりで、つい最近は危険水域と言われる30%を割った菅義偉首相にとって、オリンピックは起死回生のイベントになる可能性がある。秋に控える自民党総裁選と総選挙に向けて、菅内閣は断崖絶壁に立っている。ワクチン接種の遅れもあり、もはやオリンピックの成功以外に支持率回復の要素が見当たらない。

 実際、日本選手のメダルラッシュが続き(たぶん起こる)、感染拡大などオリンピック期間中に大きな混乱が生じなければ、保守層からも見放されつつある菅政権の支持率は劇的な回復をする可能性もある。官房長官時代と同じく説明不足を貫き、コロナ対策でも機動性がきわめて乏しい“地蔵”タイプの菅首相にとって、オリンピックこそがイチかバチかの賭けだ。

 たとえば白血病から回復したばかりの競泳・池江璃花子選手は、早くも24日(土曜日)に400メートルリレー予選へ出場する予定だ。翌25日(日曜日)の夜に決勝は行われ、今週末にわれわれは固唾を呑んで彼女に注目しているはずだ。個人的にも、今回のオリンピックでもっとも活躍してほしいのは池江選手だ。

 そのときわれわれに求められるのは、多くのアスリートの努力と、説明責任を果たさぬまま飲食店や酒販売業者に圧力をかけるなどしてオリンピックに突入した菅政権の姿勢を切り離して考えることだろう。

2021年4月10日、日本選手権における競泳・池江璃花子選手。
2021年4月10日、日本選手権における競泳・池江璃花子選手。写真:YUTAKA/アフロスポーツ

最悪のケースは途中打ち切り

 アスリート-日本社会-運営(IOCや政府など)の3者間の関係に生じるオリンピックは、23日(金曜日)から始まる。こうした状況下でのオリンピックはもちろん前例がなく、今後のウイルスの感染状況も未知数なので、どうなるかはまったく予想できない。

 大きな問題が起きないまま無事終了する可能性もあるし、大きな問題が起きても運営側が問題としないままやり過ごす可能性も高い。東京都の1日の感染者数が3000人を超えても、菅首相は「安心安全な大会になるように努力します」と念仏を唱え続けるかもしれない。

 あるいは大きな問題が隠蔽されて、大会後に発覚する可能性もあるだろう。なにより最悪のケースは、選手たちに感染が広がったり、新たな変異株が発生することによって、大会途中で打ち切りとなることだ。

 なんにせよ、オリンピックがどんなに最悪な事態になろうとも、その責をアスリートに押し付けるようなことにはなってほしくない。実際、過去には選手たちに開催中止を求める動きも見られた。だが、責任はあくまでもIOC、JOC、組織委員会、官邸、東京都にある

デビューしたもののブレイクにはほど遠い東京オリンピックのマスコットキャラクター・ソメイティ(右)とミライトワ(左)(筆者撮影)。
デビューしたもののブレイクにはほど遠い東京オリンピックのマスコットキャラクター・ソメイティ(右)とミライトワ(左)(筆者撮影)。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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