ミサイルはどこから発射されたのか? 米韓合同軍事演習を前に金与正からミサイル探知能力を嘲笑された韓国
米韓合同軍事演習が4年ぶりに再開された。韓国軍は演習期間中に北朝鮮がミサイル発射などで対抗するかもしれないとして監視体制を強めているが、その監視体制が北朝鮮から揶揄されたことを一部の韓国メディアが問題視し、軍に事実関係を明らかにするよう求めている。
事の発端は金正恩(キム・ジョンウン)総書記の妹・金与正(キム・ヨジョン)党副部長が8月18日に発表した談話にある。尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が8月15日の「光復節」演説で打ち出した北朝鮮向けの「大胆な提案」を「愚かさの極地」と愚弄した金与正副部長はこう言い放っていた。
「最後に一言付け足す。本当に申し訳ないが、一日前に行われた我々の兵器試射地点は南朝鮮(韓国)当局が慌てふためき軽々しく発表した(平安南道)温泉一帯ではなく、平安南道安州市の『クムソン橋』であったことを明らかにする。事あるごとに米韓間の緊密な共助下での追跡監視と確固たる備えを口癖のように言ってきたのにどうして発射時間と地点ひとつまともに明らかにすることができないのか?兵器システムの諸元をどうして公開できないのか実に気になる。諸元と飛行軌道が判明すれば、南側はとても当惑し、怖気づくことになるが、そのことを自らの国民にどう弁明するのか、実に楽しみな見物になるであろう」
尹政権を扱き下ろした金与正氏の談話は大手紙「東亜日報」(「北朝鮮は『大胆な構想』に『愚かさの極地』と回答」)、「京郷新聞」(「北朝鮮に拒絶された『大胆な構想』・・・政府 実質的努力を続けよ」)、「ハンギョレ新聞」(「大胆な構想を拒否した北は挑発を自制し、南と実用的案を探せ」)、「国民日報」(「金与正の無礼な談話 北の危険な誤判」)、「韓国経済」(「核が国体という北を支援で変化させるとする妄想」)が一斉に社説で取り上げ、批判していたが、「文化日報」と「韓国日報」それに「ソウル新聞」の3紙はこのミサイル関連の発言についても社説で触れていた。
文化日報は「北朝鮮から『ミサイル原点』を嘲笑された軍 対北情報力を再整備すべき」の見出しの社説(8月19日付)で「北朝鮮が尹大統領の『大胆な対北構想』を侮辱する一方で、韓国軍の諜報能力も嘲笑した。韓国軍が北朝鮮のミサイル挑発の原点で揶揄された現実は深刻だ。『本日の夜明け、平壌南道の温泉から西海上に巡航ミサイル2発を発射したのを探知した』との17日の合同参謀本部の把握が間違っていたということになるので真相究明が必要だ。南浦市温泉郡と平安南道安州市との距離は軍事的な意味が大きく、相当な距離がある。もしミサイルが発射されても原点を探知できなければ、攻撃兆候が明らかな場合、先制攻撃の戦略である『キルチェーン』はとんでもない場所を狙うことになる。軍は『韓米情報当局の評価は変わらない』と一蹴し、『金与正の嘘』と片付けているが、厳正に調査し、事実関係を再確認しなければならない。結果次第では、対北情報力も再編しなければならないことは言うまでもない」と事実関係を明らかにするよう迫っていた。
また、韓国日報(8月20日付)も「暴言で『大胆な構想』を拒否した北・・・孤立を招くだけ」と題する社説で「北側の安州と南西側の温泉は直線で90km以上も離れている。北朝鮮の主張が正しければ、韓米情報資産の対北探知能力に穴が開いていることになり、重大な問題である。合同参謀本部は北朝鮮の主張を一蹴しているが、軍の信頼に直結しているだけに、関連情報のさらなる開示を検討してもらいたい」と軍に注文を付けていた。
さらに、8月20日付の「ソウル新聞」(「北の露骨的な尹非難・・・それでも対話の余地はある」)は「北朝鮮は我々の対北情報体系を嘲笑っていた。我が軍は諜報資産の露出を避け、説明を拒否し、既存の『温泉一帯からの発射』の発表に固執しているが、金与正が言うように発射地点が間違っているとすれば、これは我々の防衛体制に大きな穴が開いていることになる。真偽を徹底的に明らかにし、結果次第ではミサイル探知システム全般を大幅に再整備することを望む」と書いていた。
韓国合同参謀本部はメディアのこうした疑問に対して「金与正談話」は軍に対する国民の信頼を低下させることと韓国軍の情報資産を公開させることに狙いがあるとみて相手にしないことにしている。しかし、北朝鮮のミサイルを巡っては過去にも韓国軍の勘違いがあっただけに「金与正談話」を一笑に付すわけにはいかない。
長距離巡航ミサイルについては今年1月25日にも北朝鮮から2発発射されたが、韓国合同参謀本部は事前探知できず発射当日の25日に行ったブリーフィングで発射時間だけは「午前8時から9時の間」と推定したものの発射地点と飛行距離については「東海ではなく内陸で相当部分飛行したようだ」と発射地点も飛行距離も高度も特定できなかった。
この時も北朝鮮は韓国の情報能力を嘲笑うかのように発射から3日経って、「2時間35分17秒を飛行し、1800km先の東海(日本海)上の目標島(卵島)に命中した」と発表していた。
また、昨年3月25日に発射された新型短距離誘導ミサイル2発の発射地点についても韓国は咸鏡南道・咸州郡の咸州からなのか、宣徳からなのか直ぐには特定できなかった。咸州から宣徳までは12kmもある。
巡航ミサイルだけではない。北朝鮮が5年前に潜水艦弾道ミサイル「北極星1型」を地上型に改良した「北極星2型」を発射した時も韓国軍は「平安南道の北倉付近から発射された」と発表していたが、実際には16kmも離れた平安南道・安州から発射されていたことがその後、北朝鮮が公開した写真、動画よって判明した。写真、動画には湖の傍から発射される模様が映し出されていたが、北倉には湖がない。
また、このミサイルの高度が550kmで、飛距離が500kmであったことから韓国合同参謀本部は当初は「ノドン」の改良型と発表していた。ところが、しばらくすると「ムスダン」の改良型に軌道修正した。しかし、翌日に北朝鮮が金正恩委員長立会いの下、SLBMを地上型に改良した中長距離弾道ミサイルの発射実験を行ったとして、このミサイルを「北極星2型」と公表したことで韓国軍は修正を余儀なくされている。
北朝鮮はこれまでミサイルを発射すれば、必ずと言っていいほど「成功した」と大喜びでアピールしていたが、4月16日に金総書記の立ち会いの下、咸鏡南道・咸興から試験発射した新型戦術誘導兵器2発を最後にミサイル発射の事実を一切公表していない。手の内を、軍事機密を見せる必要がないと判断したものと考えられるが、金与正氏は今回、発射地点だけは敢えて明かしたことになる。それもこれも、尹政権の北への対応が「愚かさの極地」であることを言いたいがためであろう。
もしかすると、「諸元と飛行軌道が判明すれば、南側はとても当惑し、怖気づくことになるが、そのことを自らの国民にどう弁明するのか、実に楽しみな見物になるであろう」と述べていたことから近々、写真もしくは動画を公開する可能性も捨てきれない。