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Disney+がアメリカでデビュー。TV界のジャッジメントディがついに来た

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ディズニーのストリーミングサービスDisney+がついにデビューした(筆者撮影)

 業界関係者が息を呑んで待ち構えてきた日が、ついに来た。アメリカ時間12日、ディズニーのストリーミングサービスDisney+が、アメリカ、カナダ、オランダでデビューしたのである。

 Disney+は、ディズニーが次の時代に向けて挑む、社運をかけた一大プロジェクト。昨年、713億ドルを払ってフォックスの大部分を買収した一番の目的も、このためのコンテンツ確保だ。オリジナル作品制作とテクノロジーにかけた予算は、30億ドル以上。目玉となる「スター・ウォーズ」のスピンオフシリーズ「The Mandalorian」だけでも、なんと1億ドルの製作費がかかっている。2020年の会計年度も、ディズニーは、オリジナルコンテンツに10億ドルを投じる計画だそうだ。

 マーケティングにも、相当な予算をかけている。ここしばらくは街を歩いても、インターネットに接続しても、必ずこの広告にぶつかるし、テレビをつければ最も視聴率が高そうな番組にしっかりとスポットが登場する。今、アメリカで、Disney+の名前を目にすることなく1日を過ごすのは、ほぼ不可能な状態だ。

L.A.では街中のあちこちでDisney+の広告を見かける(筆者撮影)
L.A.では街中のあちこちでDisney+の広告を見かける(筆者撮影)

 そんな浴びせるような宣伝効果もあってか、出だしは好調。ディズニーが発表したところによると、立ち上げ後24時間の段階で、Disney + の加入者数は1,000万人に達したそうだ。初日には、多くの人が一斉にアクセスしたせいで、8,000人がトラブルを経験し、ニュースになっている。

 とは言え、この1,000万人すべてが月7ドルを払っているわけではない。そもそも、ほとんどの人は1週間の無料トライアルを使っていると思われるし、サービスの立ち上げに先立って、ディズニーはさまざまなプロモーションを行っているのだ。たとえば通信会社Verizonの顧客の一部は、1年間無料で利用できる。また、ディズニーは、この夏、ディズニーのファンイベントD23で、3年間141ドルという特別価格で会員を募った。これだと、1ヶ月4ドル以下。今月1日、たった9本のオリジナルコンテンツだけでデビューしたApple TV+の月5ドルよりも安い。

業界の王者Netflixはどう立ち向かう?

 しかし、アップルもまた、新しく商品を買った人たちに1年間の無料アクセスを提供している。そうなると、最もポピュラーなプランが1ヶ月あたり13ドルのNetflixは高く感じられるが、彼らは彼らで、昨年の「ROMA/ローマ」、今月配信開始のマーティン・スコセッシ監督作「アイリッシュマン」など、オスカーを争う大人向けの良質映画を前面に押し出して、差別化をはかろうとしている。

 業界の先駆者であるNetflixは、ディズニーが自分たちのサービスを始めるために作品を引き上げ始めた頃から、このジャッジメントディに備えてさらなる巨額な予算を注ぎこみ、それまで以上にオリジナルコンテンツ製作に力を入れてきた。その結果、すでに彼らのラインナップには、賞狙いの秀作のほか、コメディ、ホラー、アクション、犯罪ドラマ、リアリティ番組、グルメ番組まで、ありとあらゆるジャンルが揃っている。全世界の会員数は、1億5,800万人。Disney+は今月後半にオーストラリアとニュージーランド、来年3月に西ヨーロッパでサービスを開始する予定で、会員数で追いつかれるには、まだ時間がかかりそうだ。

Netflixが製作したマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」は、次のオスカーで最有力候補と思われている作品のひとつ(Netflix)
Netflixが製作したマーティン・スコセッシ監督の「アイリッシュマン」は、次のオスカーで最有力候補と思われている作品のひとつ(Netflix)

 それでも、安心してはいられない。来年4月にはNBCユニバーサルのPeacock、翌5月にはワーナー・ブラザースの映画やプレミアムケーブルチャンネルHBOのドラマなどを抱えるHBO MAXが、新たに市場参入するのである。それら全部の会員になるほどお金と時間に余裕のある消費者は、そう多くない。「The Wall Street Journal」紙とThe Harris Pollが共同で行った調査によると、Netflix会員のうち3割が、ほかのストリーミングサービスのためにNetflixをキャンセルするかもしれないと答えている。そんな中、Netflixは、イギリス限定で、「ザ・クラウン」第3シーズンの第1話を、今月17日から約1ヶ月、誰でも無料で見られるというキャンペーンを始めた。次を見たいと思った人に、新たに加入してもらうことが狙いだ。

 もちろん、その人たちがいつまでも会員でいてくれるという保証はない。数日で1シーズン全部を見てしまい、直後にキャンセルすることも、十分あり得る。少しでも長く引きつけておくという意味では、全部いっぺんではなく、毎週1話ずつ配信するDisney+のやり方のほうが、賢いかもしれない。それでも、お気に入りのドラマが終われば去っていかれるリスクは同じだ。だから、ストリーミング各社は、これでもかというほどオリジナルコンテンツを作っては、常に何か新しいものをリリースし続けるのである。

 すでにあるAmazon Prime Video、Hulu、CBS All Accessを入れると、来年5月段階で、有料のストリーミングサービスは8つになる(Peacockは、親会社であるコムキャストのケーブルを利用する顧客には無料。ディズニー傘下のHuluは、Disney+との抱き合わせを選ぶと割安になる)。「The Wall Street Journal」紙とThe Harris Pollの調査では、一般人が「払ってもいい」と思えるストリーミングサービスの数は、3.6だそうだ。ということは、今のままならば、半分は生き残れないということ。そうするために、各社はどんな創意工夫をすればいいのだろうか。市場自体が拡大し、みんなが繁栄することは、可能なのか。始まる、始まるとずっと言われてきたこの大きな戦いの先にあるものを、まだ誰も正確に予想できずにいる。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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