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ハーベイ・ワインスタイン騒動、ほかにも波及。ハリウッドの“魔女狩り”はどこまで続く?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
長年にわたるセクハラを暴露されたハーベイ・ワインスタイン(写真:Shutterstock/アフロ)

「これが魔女狩りにつながらなければいいけれど。オフィスで女性にウインクした男性が弁護士のお世話にならなきゃいけなくなるのは、間違っている」。

 ハーベイ・ワインスタインのセクハラ騒動がどんどん膨れ上がっているのを受けて、ウディ・アレンは、BBCに対し、そうコメントした。その発言は批判され、彼はただちに訂正したのだが、おそらくそれは本音だろう。アレンは、90年代初め、幼かった娘に性的虐待を加えていた疑いが持たれて世間を騒がせたことがある。ワインスタインとも長年、仕事上の関係を持ってきた。セクハラ批判の過熱がきっかけで、またもや自分の過去が掘り返されることを恐れているのは、十分想像できる。

 だが、 飛び火を心配しているのは彼だけではない。身に覚えのある男はハリウッドに大勢おり、すでに数人が秘密を暴かれ、危機に立たされているのだ。

 最初にあおりを食らったのは、アマゾン・スタジオズのトップ、ロイ・プライス。彼のセクハラ発言や行為は、関係者の間で長い間知られており、ある女性プロデューサーがアマゾンに告発をしていたのだが、会社は何もしなかった。ローズ・マッゴーワンが、過去にワインスタインにレイプをされたことを告げ、「彼と仕事をしないで」と言った時も、プライスは「証拠がない」と跳ねつけている。しかし、ワインスタインの件が報道されたタイミングで、この女性プロデューサーの話を「The Hollywood Reporter」が取り上げたことから、彼は辞職に追いやられることになった。彼の辞職後、アマゾン・スタジオズでは、さらに数人が辞めさせられている。

セクハラの被害者は女性とは限らない

 一番新しく浮上し、また被害者数が膨大なのは、監督で脚本家のジェームズ・トバックのケースだ。「バクジー」でオスカー脚本部門にノミネートされ、今年のヴェネツィア映画祭で上映された「The Private Life of a Modern Woman」を監督した彼が、陰で40年にもわたって女性たちにセクハラをしてきたことを、西海岸時間22日、「L.A. Times」が暴露したのである。記事に協力した被害者女性は38人で、うち35人が実名を出すことを許可した。

 20代の女性を狙い、自分が業界でいかにすごい人物であるかを語り、オーディションだと言って呼び出すのが、彼のパターン。時には食品の買い物をしていたり、コピー店で並んでいる一般女性に声をかけることもあったらしい。獲物を呼び出すことに成功すると、服を脱ぐように言ったり、その女性の目の前でマスターベーションをしたりなどした。

 この記事が出てから、自分も同じような被害を受けたと「L.A. Times」にメール、電話またはソーシャルメディアで名乗り出た女性の数は、200人以上に上るという。ジュリアン・ムーアもそのひとりで、彼女は80年代にニューヨークの街角で彼に声をかけられた。オーディションをしたいから自分のアパートに来てくれと言われたが、彼女は拒否。「その1ヶ月後、まったく同じ形で、彼は私に声をかけてきたのです。私は彼に、『前にもやったの、覚えていないの?』と言いました」と、ムーアはツイッターで明かしている。

 一方、男性の犠牲者に告発されて職を失ったのが、タレント事務所APAのエージェント、タイラー・グラシャムだ。彼は10年前、当時18歳だった若手男性タレントに、未成年と知りながら酒を飲ませ、性的虐待を行った。被害者がこのことをfacebookで告白したのを受け、映像エディターのルーカス・オザロウスキーも、昨年、彼から被害を受けたと名乗り出る。彼はまもなく、警察に通報するとも決めた。APAが抱えるタレントには子役も多く、そのひとりである「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」「ストレンジャー・シングス」のフィン・ウォルフハードは、報道が出てすぐ、APAとの契約を打ち切っている 。

 また、17日には、リース・ウィザスプーンが、16歳の時、監督にレイプされたことを告白した。当時、彼女は、エージェントやプロデューサーらから、雇ってもらいたいなら黙っているべきだというプレッシャーを受けたとも語っている。ウィザスプーンはその監督の名前を出さなかったが、ソーシャルメディアには、「そいつの名前を出して。でなければその男はずっと同じことをやり続ける」といったコメントが多数押し寄せた。中には「16歳の時に彼女が出た作品といえば、限りがあるよね」と、推測するようなコメントもあり、今、その人物は、どこかで相当はらはらしているに違いない。

ワインスタインとTWCもますます窮地に

 そんな合間にも、ワインスタインの置かれる状況は、さらに悪化している。先週には、2013年、L.A.でワインスタインにレイプされたというイタリア人女性が名乗り出て、L.A.警察が捜査を開始した。これまでに出てきているレイプ事件はもっと古いものだったが、これは4年前で、証明することができれば、起訴も可能だ。ロンドン警察は、ひと足先に、ロンドンでの事件について捜査を始めている。

 また、ニューヨークでは、2010年にワインスタインからセクハラを受けたという女優が、彼が8日まで共同会長を務めていたザ・ワインスタイン・カンパニー(TWC)を相手に、500万ドルを要求する民事訴訟を起こした。民事訴訟はこれからも起こると思われ、集団訴訟になることも予測される。ワインスタインの被害者として公に名乗り出た女性たちは、すでに50人以上に達する。

 ワインスタインを解雇という形で切り捨てても、TWCには、ほかにもまだまだ災難がふりかかっている 。スキャンダル発覚後、アップルと共同製作予定だったテレビシリーズや、チャニング・テイタムが製作する作品など、多くのプロジェクトがTWCを離れていっているのだ。25日には、レクサスもTWCとの関係を打ち切ると発表した。レクサスは、これまで、テレビ番組「Project Runway」や、若手監督を発掘する短編映画コンテストなどでTWCに協力してきている。

 TWCがこの夏北米配給した映画「Wind River」も、これからやってくるアワードシーズンに向けて、別の会社にキャンペーンを依頼すると決めた。来年1月北米公開予定の「パディントン2」のイギリス人プロデューサー、デビッド・ハイマンも、TWCは北米配給権を買っただけで、資金投資もしていなければ、製作に関与もしていないと、TWCと作品をはっきり切り離している。北米公開は、ほかのアメリカの配給会社を通じて行う方向で検討しているとのことだ。

 TWCは、とりあえず今を乗り切れるだけの資金をコロニー・キャピタルに融資してもらったおかげで、なんとか経営を続けている状態。だが、コロニー・キャピタルのCEOトム・バラックですら、TWCは「病床で死のうとしている患者のようなもの」と言う。テレビで、彼は、「まずは、患者が呼吸できるようにしてあげないと。それができたら、歩けるかどうかを見る。歩けたら、競争にも参加できるかもしれない」と発言している。

 果たしてTWCは、再び立ち上がって、ライバルと賞を争えるまでになるのだろうか。倒産を逃れるかどうかの答は、2、3週間以内にも出ると見られている。もしなんとか奇跡の回復をしても、社名は変更され、共同創設者でワインスタインの弟であるボブ・ワインスタインは、彼が立ち上げたディメンション・フィルムズに追いやられる見込みだ。ここまで汚名がついてしまった以上、それ以外に生き延びる道はない。つまり、残ったとしても、それは前とは別のもの。これまであったザ・ワインスタイン・カンパニーは、病床で息絶えるのをひたすら待っているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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