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欠けていた「ピアノの運び手」。片野坂ガンバの初陣は黒星スタートに

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
全盛時の攻撃的なスタイルを支えたのは明神智和ら黒子役のボランチだった(写真:アフロスポーツ)

 常勝軍団の復権を目指すガンバ大阪が、今季初の公式戦で、鹿島アントラーズに敗れた。片野坂知宏監督の就任初戦は1対3という苦い結果に終わったが、新型コロナの影響もあってか、ベストメンバーが揃わず、パトリックも前半で退場処分。数的不利の中で喫した敗戦に一喜一憂する必要がないのは間違いないが、早急に解決すべき課題も見え隠れした。強かった時代のガンバ大阪が常に有していた「ピアノの運び手」が不在なのだ。

守備的なボランチを「ピアノの運び手」と呼ぶサッカー王国、ブラジル

 日本では「守備的MF」と評されることが多いボランチはサッカー王国、ブラジルが生み出した概念だ。「ハンドル」「舵取り」を意味するボランチのポジションは、ブラジルで明確にその役割が規定されている。一括りに「ボランチ」とするのではなく、守備に軸足を置くタイプのボランチを「プリメイロ(第一)ボランチ」、攻撃で持ち味を出すタイプのボランチは「セグンド(第二)・ボランチ」と称するのだ。

 時に泥臭く体を張ったり、読みを生かして攻撃の芽を摘んだりするのがプリメイロ・ボランチの役割だ。

 そして実に多彩な表現を持つブラジルのサッカー界では、プリメイロ・ボランチのことをしばしば「カレガドール・デ・ピアノ(ピアノの運び手)」と呼ぶ。つまり、泥臭くチームを支える裏方の意である。

 過去9つのタイトルを手にしてきたガンバ大阪で絶対に欠かせなかった存在が遠藤保仁(現ジュビロ磐田)であることは言うまでもない。

 しかし、ピアノを弾いて華麗なメロディを奏でる遠藤や二川孝広(現FCティアモ枚方)らを陰で支えていた「ピアノの運び手」が常に存在していた。西野朗元監督が率いた超攻撃的なスタイルでは橋本英郎(おこしやす京都AC)や、明神智和(現ガンバ大阪ユースコーチ)らクレバーなプリメイロ・ボランチが汗をかき続け、長谷川健太元監督のもとで、手堅いスタイルを築いた時代でも今野泰幸(南葛SC)がブルドーザーさながらの守備の制圧力で、遠藤とともに中盤を支配していた。

鹿島アントラーズ戦で露呈した現状の問題点は何だったのか

 今季、能動的にボールを動かしながら、より相手ゴールを積極的に目指すサッカーの構築を目指すガンバ大阪だが、不可欠なのはやはりリスクマネージメントを担う黒子である。

 しかし2月19日に行われた鹿島アントラーズ戦で2ボランチを形成したのは倉田秋とチュ・セジョンというどちらも本来は攻撃力を持ち味とするボランチだった。過去3シーズン、J1リーグではフル出場していた東口順昭が負傷のためベンチからも外れ、3バックの一角でも本職ではない柳澤亘が先発。選手・スタッフの計12人が新型コロナに感染したことで2月初旬に5日間の活動休止を強いられたこともあり、片野坂監督も限られた持ち駒で試合に挑まざるを得なかったのは事実だが、ボランチの耐久力のなさは、立ち上がり早々から明白だった。

 前半3分、ゴール前に飛び出した荒木遼太郎のボレーシュートは石川慧が好守で救ったが、荒木をケアすべきチュ・セジョンは全くその動きを感じていなかった。

 44分に許したCKからの決定機でもセジョンはマークしていた土居聖真を放してしまい、フリーでヘディングシュートを許している。

 もっとも、チュ・セジョンは本来、パスセンスに優れたセグンド・ボランチである。チュ・セジョンだけを責めるのは酷というもので、やはり攻撃力に長けた倉田との組み合わせは守備面で物足りなかったと言わざるを得ないだろう。

片野坂監督が期待するリスクマネージメント役とは

 全盛期のガンバ大阪をコーチとして見続けてきたクレバーな指揮官も、苦肉の策で送り出したボランチコンビだったのは間違いない。

 鹿島アントラーズ戦の前日となる2月18日に行われた片野坂監督のオンライン取材で、筆者が不安に感じていた「ピアノの運び手」問題について指揮官に聞いていた。

 ――リスクマネージメントという点では気が効くし、ハードワークできる齊藤未月がいる。彼に対する期待感は。

 「未月は間違いなくそういった役割になると思いますし、期待している部分です。そういうところでチームに貢献して欲しいなと思いますね」(片野坂監督)

 ――現状のメンバーで守備型のボランチが少ないように思うが。その点でも齊藤や奥野耕平にも期待がかかる。

「はい、期待はすごくしていますし、チームに貢献できる選手だと思います。そしてまた競争が生まれて欲しいとも思います。ダワンも今、入国の制限があるので、なかなか入って来られないですが、韓国人のクォン・ギョンウォンも含めて2人とも早く一緒にプレーしたいなとも思いますね」(片野坂監督)

 オミクロン株への対策として外国人の新規入国が原則禁止されていることもあり、新加入のブラジル人ダワンと韓国人CBのクォン・ギョンウォンは未だ来日さえ果たせていないが、ダワンは今季のガンバ大阪の成績に大きく影響する可能性がある選手である。

 ダワンは昨季、ブラジル全国選手権1部のジュベントゥージで活躍したボランチだが、属性で見るとプリメイロ・ボランチ型の選手である。

 ボランチの選手に高さがないのは昨季から抱えるガンバ大阪の課題でもあるが177センチのダワンは、状況に応じて右サイドバックでもプレー可能な、その守備力をガンバ大阪で期待されることになる。

 25歳にして初めての海外挑戦となるダワンにとって最大の懸念はJリーグのテンポに馴染むことである。

 ただ、ブラジルのビッグクラブで活躍したり、ブラジル代表歴があるボランチでさえ、組織的かつスピーディーなJリーグにフィットしきれないことは珍しくないが、彼らの多くはボールを持つことでその特徴を発揮するセグンド・ボランチだった。

 アルビレックス新潟で圧倒的な存在感を見せ、鹿島アントラーズでも活躍したレオ・シルバ(現名古屋グランパス)はブラジル時代「ボール奪取の王様」とも称されていたが、守備で輝いていたプリメイロ・ボランチはJリーグにより素早くフィットするはずだ。

 「ハードワークとかボールを奪い切る部分、攻守でボックス・トゥ・ボックスでプレーできるのは自分の一番の良さ」と話す齊藤は早期デビューが待たれる存在だが、コンディションの問題か鹿島アントラーズ戦ではベンチ外。そしてかつて明神が背負った背番号17をつけた奥野は開幕戦の後半からピッチに送り出され、持ち味でもあるボールの回収力の一端は披露した。

 ダワンの入国と早期フィットが不透明な今、片野坂監督が誰にリスクマネージメントを託すのかは注目だ。

 急募、ピアノの運び手――。目先の結果は気にする必要はない。ただ、タレント揃いのチームだからこそ、裏方に徹する汗かき役は早急に必要だ。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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