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セゾン投信で顧客本位を学べ

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

金融庁が公表した「顧客本位の業務運営に関する原則」については、資産運用関連業界の中においても外においても、極めて残念なことに、その本質は十分に理解されていないようです。そこで、セゾン投信の対応を優れた具体例として、金融事業者として、顧客本位の徹底が何を意味するのか、何を顧客に確約するのか、いかにして約束を確実に履行するのかを考えてみましょう。

「顧客本位の業務運営に関する原則」

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「顧客本位の業務運営に関する原則」というのは、2017年3月30日に金融庁が公表したソフトローです。ソフトローというのは、行政施策の実現手法として、法律等の形態をとって外部的な強制力によって金融事業者の行為を規制するのではなくて、金融庁が片仮名でいうところのプリンシプル、即ち金融事業者の自律的な行動原則に委ねることです。法律のような固い外部強制力を働かせることなく、柔らかく自主的行動を促すことから、ソフトローと呼ばれるのです。

ですから、「顧客本位の業務運営に関する原則」が施策として機能するためには、金融事業者が自主自律的に主旨を受け入れて、自分自身の経営行動原則を定め、自分自身の言葉で顧客に対して確約し、約束を確実に履行していかなければなりません。そこで、HCアセットマネジメントは、3月30日、金融庁による原則の公表直後に、全面的に採択することで業界の先陣をきっています。

主要金融グループでは、同じ3月30日、HCアセットマネジメントの直後に、みずほフィナンシャルグループが続き、4月14日には野村ホールディングス傘下の野村證券と野村アセットマネジメント、5月2日には三菱UFJフィナンシャル・グループと、順次、原則の受け入れが進んできています。なお、これから優れた事例として紹介しようとしているセゾン投信のものは、4月28日に公表されています。

フィデューシャリー・デューティーとの関係

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この原則が正式に公表されるまで、金融庁は「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」という表現を用いていました。従って、「顧客本位の業務運営に関する原則」というのは、フィデューシャリー・デューティーに関する行動原則というのと全く同じ意味だと考えていいでしょう。

このフィデューシャリー・デューティーは、2014年9月に金融庁が公表した「金融モニタリング基本方針」のなかで初めて登場した言葉です。これは、一言でいって、専らに顧客のために働くという理念を意味しますが、そこには、職務の遂行において自己もしくは第三者の利益を一切顧みないという厳格な忠実義務と、顧客の利益の最大化のために専門家として最善を尽くすという高度な注意義務とを含むわけです。

しかし、もともと、金融庁のいうフィデューシャリー・デューティーは英米法の概念の借用であって、日本に直接に適用できるはずもないため、具体的な規範化に向けての施策について注目されてきたわけです。そうして、ついに、金融庁は二年半かけた検討の成果を「顧客本位の業務運営に関する原則」に纏め上げたということです。

ソフトロー化の背景

金融庁として、当初からフィデューシャリー・デューティーをソフトローにする予定があったのかは不明ですが、もしも、業界の対応が異なっていたら、「顧客本位の業務運営に関する原則」は策定されなかったかもしれません。実は、HCアセットマネジメントとしては、徹底したプリンシプルによる自律に委ねればよく、ソフトロー化は不要という考えだったのですし、他にも同様な立場の金融事業者があったのです。

そうした背景から、2015年8月に、HCアセットマネジメントは「フィデューシャリー宣言」を公表して、後に「顧客本位の業務運営に関する原則」に織り込まれることになる行動原則を自主的に定めたのです。そして、その直後、同じ8月中に、独自の個性あふれる「フィデューシャリー宣言」を公表したのがセゾン投信だというわけです。

その後、2015年中に、三井住友アセットマネジメント、東京海上アセットマネジメントと続き、2016年2月には、みずほフィナンシャルグループが「フィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」を公表するに至るのです。

主要金融グループとして、みずほが率先して対応したことは影響が大きく、その後、三菱UFJフィナンシャル・グループが続くなど、自主的な対応が進んでいくのですが、極めて遺憾なことに、規範としての実質的内容を伴わない言葉だけの宣言へと堕落する傾向が顕著となり、ついに、金融庁はソフトロー化の必要性を痛感するに至ったということでしょう。金融庁にとっても、真剣に自主的取り組みを進めてきた各社にとっても、残念なことです。

ともかくも、ソフトロー化がなされた以上、先行各社は、それに準拠すべく、宣言の改訂を実施して公表しつつあるというのが現在の状況です。なお、野村グループ二社は、先に自主対応しておらず、今回の原則公表で初めて対応したことから、かなり唐突感があって大変に注目されたところです。

セゾン投信の「フィデューシャリー宣言」

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セゾン投信の「フィデューシャリー宣言」の良さについては、私がセゾン投信の「セゾン投信NEWS LETTER(お客さまへのメッセージ)」の2016年3月号に寄稿しているので、それを引用するのが一番いいと思います。

「セゾン投信は、我がHCアセットマネジメントとともに、2015年8月に、業界に先駆けて、「フィデューシャリー宣言」を公表しました。「フィデューシャリー宣言」は、企業価値の宣言ですから、それぞれに個性があります。セゾン投信のものには、その高い志が現れていて、私は大好きです。

なかでも、「販売手数料はお客様の投資効率を悪化させるとの考えから、徴収いたしません」、および、「当社が他社にファンドの販売を委託する場合の販売会社に対する信託報酬率は、当社が当社の直接販売においてあらかじめ定める信託報酬配分率を、すべての販売会社に対して適用します。また、販売手数料を徴収することは認めません」という断言は、セゾン投信の高邁な理念を象徴するものとして、他社の追随を許しません。

また、「既存ファンドの信託報酬等についても、適宜その適正性につき、当社の「事業継続性」と「お客様のコスト低減」とのバランスを図りながら検討を行い、不断の経営努力によりその低減に努めます」というのも、質素倹約に努めながら、少しでも顧客の利益になるように働こうとする高い倫理観を示すものです。

セゾン投信の「フィデューシャリー宣言」は、簡潔さのなかに、創業の熱い理念が燃えたぎるようです。遠くない将来、業界改革の旗手としての勝利宣言になるのではないか、そう期待したいところです。」

ここで引用している宣言の文言は、4月25日付の改訂版(公表は28日)でも、そのまま踏襲されています。セゾン投信の経営理念を象徴する文言だけに、改訂されるはずもないのです。

光る販売手数料についての哲学

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セゾン投信は、「販売手数料はお客様の投資効率を悪化させる」という理念に基づいて、販売手数料を徴収しない直販を主力として創業された経緯がありますから、そこに拘るのは当然なのです。注目すべきは、販売会社を経由した委託販売についても、「販売手数料を徴収することは認めません」としていることです。

ここには、金融庁のいうフィデューシャリー・デューティーにおいて手数料等の金融事業者が受け取る報酬の合理性が極めて重要な要素であることについて、高度な理解があります。この点、業界には大いなる誤解があるようですが、金融庁は、ただの一度も、販売手数料をとるなとか、報酬を下げろとはいっていません。そうではなくて、金融庁は、提供された役務と対価としての報酬等との関係の説明可能性、即ち合理性を問題にしているのです。

セゾン投信が委託販売を行い、その販売会社が販売手数料をとるとしたら、どのような困難な問題が生じ得るか考えてみてください。

対面販売における販売手数料は、商品説明やコンサルティング的な相談業務の対価としてなら、直販と異なって、そこに合理性のあることは当然ですが、もしも、顧客がセゾン投信の商品を指定したとしたら、販売会社として、直販ならば手数料のかからないことを通知し、そちらへ誘導すべき義務はないでしょうか。販売会社として、そうした義務を自覚するならば、直販に誘導するくらいなら販売手数料をとらないことにしておくほうがいいでしょう。

セゾン投信は、明らかに、販売会社には直販へ誘導すべき義務があるという立場でしょうから、結局、販売会社には販売手数料を取らせないという方針にならざるを得ないわけです。そこに責任の連帯性の自覚があると思われますが、金融庁の考え方も、投資信託の運用会社と販売会社は、別々のフィデューシャリー・デューティーを負うのではなくて、顧客に対する関係で一体としたフィデューシャリー・デューティーを負うということだと思われるのです。

営業の正当性

また、信託報酬等について、「低減に努めます」というところも非常にいいのです。

どの運用会社も運用資産の増大に努めます。セゾン投信も例外ではありません。しかし、フィデューシャリー・デューティーを厳格に解するときには、そのような営業活動の経費の財源が問題となります。明らかに現にある顧客から徴収する報酬から支弁するほかなく、厳密な意味では、顧客から受け取った報酬を専らに顧客のために使っているのではないことになるからです。

この難問について、セゾン投信は、運用財産の増大に伴って報酬率を引き下げて、既存の顧客へ規模の利益を還元することで、解決しています。つまり、セゾン投信の新規の顧客を増やす努力は、必ず既存の顧客の利益になるように経営されているのです。

セゾン投信の「見える化」

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金融庁の森信親長官は、4月7日の講演で、「顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関が淘汰されていく市場メカニズムが有効に働くような環境を作っていくことが、我々の責務」と述べて、業界を震撼させましたが、フィデューシャリー・デューティーのソフトロー化の背景には、金融庁として、「顧客本位を口で言うだけで具体的な行動につなげられない金融機関」の存在を無視し得ない事情があったのです。

こうした金融機関の淘汰を目指す森長官にとって、「顧客本位の業務運営に関する原則」のもとで顧客に確約したことが確実に履行されているかの点検は決定的に重要なのです。その点検結果を「見える化」することで、口先だけの顧客本位と本物の顧客本位の差を国民の前に歴然と明らかにし、嘘つきの金融事業者が市場原理により自然淘汰されること、ここに森長官の狙いがあります。

セゾン投信は、まず徹底した自己点検を実施し、その結果を公表して、顧客に確約したことの履行状況を「見える化」しています。もちろん、そこで本物の顧客本位の貫徹を社会に証明して見せているのです。仮に、今後、「顧客本位を口で言うだけ」の金融事業者がでてきても、偽物であるかぎり、決してセゾン投信のようには自分を「見える化」することはできません。金融庁のいう「見える化」では、見えた内容の差を明らかにする以前に、「見える化」できない金融事業者を炙りだし、淘汰することが先決なのです。

もちろん、HCアセットマネジメントも、4月28日に昨年度分の詳細な自己点検結果を公表しています。そこでは、他の追随を許さない徹底した「見える化」が行われていて、セゾン投信に負けるものではありません。こうして、「見える化」で競争することこそ、真の切磋琢磨であり、それにより、日本の資産運用業界は、質的にも量的にも、成長できるのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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