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皮膚の細菌バランスが健康と病気を左右する!最新研究で判明

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

私たちの皮膚には、約1,000種類、100兆個もの細菌が生息しています。これらの皮膚常在菌は、単に皮膚の表面に存在しているだけではなく、免疫システムと密接に関わり合いながら、皮膚の恒常性維持に重要な役割を果たしています。

近年の研究によって、皮膚細菌叢のバランスが崩れることが、様々な皮膚疾患の発症に関与していることが明らかになってきました。本記事では、最新の研究知見を交えながら、皮膚細菌と健康・病気の関係について詳しく解説していきます。

【皮膚細菌叢の組成と多様性】

健常人の皮膚には、主に4つの門(Actinobacteria、Firmicutes、Proteobacteria、Bacteroidetes)に属する細菌が優勢に存在しています。中でも、Actinobacteria門に属するCorynebacterium属やPropionibacterium属、Firmicutes門のStaphylococcus属やStreptococcus属が代表的な皮膚常在菌として知られています。

これらの細菌叢は、皮膚の部位や環境によって棲み分けられています。例えば、皮脂腺が豊富な頬や額などの部位ではPropionibacterium属が、湿潤な環境の腋窩や膝裏ではStaphylococcus属やCorynebacterium属が優勢です。また、乾燥した前腕部ではAspergillus属やFlavobacterium属が多く見られます。

興味深いことに、同じ部位でも個人差が大きく、脂質量や水分量によって細菌叢の組成が大きく変化することが報告されています。このように、皮膚細菌叢は非常に多様性に富んでおり、そのバランスを保つことが皮膚の恒常性維持に重要だと考えられています。

【皮膚細菌叢による免疫システムの教育】

皮膚細菌叢は、単に皮膚のバリア機能を高めるだけでなく、免疫システムを教育するという重要な役割も担っています。新生児の時期には、まだ発達途上の免疫システムが、皮膚細菌の定着を炎症反応を起こすことなく受け入れます。この免疫寛容は、制御性T細胞によって担われていることが明らかになっています。

また、特定の皮膚細菌が免疫応答に影響を与えることも報告されています。例えば、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)は、インターロイキン-1αの産生を促進し、宿主防御や皮膚の炎症に関与するT細胞の働きを活性化します。この免疫システムと皮膚細菌の相互作用をさらに解明することで、アトピー性皮膚炎をはじめとする様々な皮膚疾患の病態解明や新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

【皮膚細菌叢のバランス異常と皮膚疾患】

健常人の皮膚では、常在菌と免疫システムのバランスが保たれていますが、このバランスが崩れると皮膚疾患を引き起こす可能性があります。代表的な例が、アトピー性皮膚炎です。アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)が異常増殖し、表皮ブドウ球菌やコリネバクテリウム属などの常在菌が減少していることが報告されています。

また、ニキビではCutibacterium acnesやMalasseziaの関与が、乾癬ではコリネバクテリウム属の増加とプロピオニバクテリウム属の減少が確認されています。全身性エリテマトーデス(SLE)や化膿性汗腺炎などの自己免疫性皮膚疾患でも、皮膚細菌叢の乱れとの関連が示唆されています。

さらに近年では、皮膚細菌叢の変化が皮膚がんの発症リスクにも影響を与える可能性が報告されています。表皮ブドウ球菌が産生する6-N-ヒドロキシアミノプリン(6-HAP)は、がん細胞のDNA合成を阻害し、抗腫瘍作用を示すことが動物実験で確かめられています。

このように、皮膚細菌叢のバランス異常は、炎症性皮膚疾患から皮膚がんに至るまで、様々な皮膚疾患の発症に関与していると考えられます。皮膚の常在菌を整えることが、これらの疾患の予防や治療に役立つ可能性があるのです。

【皮膚細菌を活用した新たな治療戦略】

皮膚細菌叢の重要性が明らかになるにつれ、それを活用した新たな治療法の開発が進められています。その一つが「Bacteriotherapy(細菌療法)」です。アトピー性皮膚炎患者に、抗菌活性を持つ表皮ブドウ球菌を移植したところ、黄色ブドウ球菌が減少し、症状が改善したという報告があります。

また、健常人の皮膚細菌を別の部位に移植する「皮膚細菌叢移植」も試みられています。腋窩の皮膚細菌を前腕部に移植したところ、移植部位で体臭の原因となる細菌が増殖し、体臭が再現されたそうです。この結果は、皮膚細菌叢を操作することで、体臭を制御できる可能性を示唆しています。

今後は、皮膚と腸内細菌叢の関係性(Gut-skin axis)など、皮膚細菌叢を全身の健康と結び付けた研究がさらに進むことが期待されます。また、個人の皮膚細菌叢を解析し、その人に合った細菌を移植するなど、オーダーメイド医療への応用も期待されるところです。ただし、皮膚細菌叢は非常に複雑なため、安全性の確保や長期的な効果の検証など、克服すべき課題は多く残されています。

皮膚は私たちの体の最前線であり、皮膚細菌叢は外界と生体を繋ぐ重要なインターフェースです。皮膚細菌と上手く付き合うことが、健康的な肌を保つ秘訣と言えるでしょう。皮膚細菌叢のさらなる研究が進むことで、皮膚疾患の治療は大きく進歩すると期待されます。

<参考文献>

mLife. 2023 Jun 4;2(2):107-120. doi: 10.1002/mlf2.12064. eCollection 2023 Jun.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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