変貌するロシア軍-2 危機下のモスクワ航空宇宙サロン:中国・イランの存在感と「航空宇宙軍」の創設
3年振りのジューコフスキー
8月25日から30日にかけて、モスクワ航空宇宙サロン(MAKS)が開催された。モスクワ近郊のジューコフスキー市において各年で開催されているもので、今回は第12回目となる。
会場となるジューコフスキー市はロシアの代表的な航空研究機関である中央流体力学研究所(TsAGI)などがあるアカデムゴロドク(研究都市)で、サロン自体は市内のジューコフスキー飛行場の広大な敷地で行われる。ちなみにジューコフスキーとは航空機の翼型を決定する理論を確立した著名な物理学者ニコライ・ジューコフスキーに因む。
筆者は2011年のMAKSや、2012年のロシア空軍創立100周年イベントなどでジューコフスキーを訪れたことがあるが、今回は3年振りの訪問となった。
MAKSを巡る国際政治
今回のMAKSは、2014年にウクライナ危機が勃発してから初めての開催となった。それだけに、危機の影響は随所に感じられた。
もっとも顕著なのは参加団体の減少である。MAKS主催者の発表によると、今回のサロンには世界31カ国から878の企業・機関(うち、外国からは151企業・団体)が参加したが、前回のMAKS-2013では44カ国から287企業・団体が参加したとのことであるから、大幅な減少である。
特に西側諸国の空軍やそれらに所属するアクロバットチームは軒並み不参加を決めている。筆者が参加したMAKS-2011ではジューコフスキー飛行場の広大な駐機場に米露の爆撃機が翼を並べていたり、フランスのパトレイユ・ド・ソレイユやイタリアのフレッチェ・トリコローリといったアクロバットチームが華麗な飛行展示を披露したりと、いかにも冷戦の終わりを感じさせる展示内容であったが、今回はこうした光景は姿を消した。
もちろん、ロシアと事実上の交戦状態にあるウクライナも同様である。ウクライナの航空産業はロシアと密接な関係を有してきたが、その筆頭であるアントノフを始め、軒並み今回のMAKSをボイコットした。
その一方、目立ったのが中国とイランである。
たとえば中国の中国航空工業集団公司(AVIC)や中国航天科技集団公司(CSATC)は展示パビリオン内にいかにも金の掛かった立派なブースを開設し、最新の旅客機や軍用機、ロケット等の模型を展示した他、飛行展示の行われる滑走路際にもVIP用の接待ブースを設置する等、目立った存在であった。
イラン政府もブースを出展し、同国がサルを載せて打ち上げたと主張する宇宙カプセルの実物やロケットの模型を展示した(もっとも、打ち上げたサルと帰還したサルの写真が異なるとの指摘もあり、イラン政府の主張には疑問も持たれている)。イランがMAKSでこれほど大規模な展示を行ったのは初めてのことだ。
もっとも、西側も完全にボイコットした訳ではない。軍は参加を見合わせたが、ボーイングやエアバスといった大手メーカーは平素通りブースを開設し、さらにエアバスは最新鋭旅客機A350XWBの実機を持ち込んで飛行展示を行った。一大旅客機市場であるロシアとの関係は簡単には切れないということだろう。
「航空宇宙軍」の設立
当のロシアでは、MAKSに先立つ8月1日、「航空宇宙軍(VKS)が設立されたことが注目される。
従来、ロシア軍には軍種である空軍と、独立兵科である航空宇宙防衛部隊(VVKO)とが存在していた。
VVKOというのはやや分かりにくいが、従軍事衛星の打ち上げ・運用部隊や弾道ミサイルの警戒・迎撃を担当する独立兵科「宇宙部隊(KV)」と、空軍の重要拠点防空部隊である「航空宇宙防衛作戦戦略コマンド(OSK VKO)」を合併して2012年に設立されたものである。
しかし、VVSとVVKOはともに同じような防空システムを運用するなど任務に重複が多く、両者を合併すべきであるとの意見は以前から見られた。
近年、核弾頭を搭載せずに運動エネルギーで目標を破壊する極超音速兵器の開発が米中で活発に行われていることから、航空と宇宙の境目が曖昧になり、その全体を防衛する兵力が必要であるとの意見が高まっていたことも背景の一つと見られる。
こうして設立されたのが前述のVKSであり、今回のMAKSはVKS設立後初の開催であった。
ちなみに、MAKSに先立って国防省の会議に出席したショイグ国防相は、VKS設立の狙いを次のように述べている。
「(VKSの)設立は、激しい軍事紛争の中心が航空宇宙領域に移ったことによるものである」
「今や、航空部隊、防空部隊、ミサイル防衛部隊、宇宙部隊、軍のその他の部隊がひとつの指導部の下に統一された」
ショイグ国防相によれば、VKS設立によるメリットは次の三つである。
・ 航空宇宙防衛に関わる全ての部隊の装備政策に関する全ての責任を一カ所に集約できる
・ より緊密な連携によってその運用効率を改善する
・ 国家の航空宇宙防衛システムの不断の発展を可能とする
いずれにしても、これによってロシア軍は従来の3軍種(陸海空軍)及び3独立兵科(VVKO、戦略ロケット部隊、空挺部隊)から、3軍種(陸軍、海軍、VKS)及び2独立兵科(戦略ロケット部隊、空挺部隊)へと移行することになる。
次世代の宇宙の翼
宇宙について言えば、今回のMAKSでは次世代宇宙船PPTSのカプセル部分が公開された。
現在、日本の宇宙飛行士が国際宇宙ステーションへのアクセス用に使用しているソユーズに比べて格段に大型化し、月への飛行も考慮されている最新鋭宇宙船である。このほかにも新型宇宙服や月探査機の模型等、単なる「航空ショー」ではなく航空「宇宙」サロンの面目躍如と言える展示内容であったと言える。
地味ながら筆者が注目したのは、先端技術工業団地スコルコヴォのブースに展示された超軽量ロケット、タイムィル-5の模型だ。今後、世界では超小型衛星の打ち上げ需要が増加すると見られ、間もなく採択されると見られるロシアの次期宇宙計画にもこうした超軽量ロケットの開発が盛り込まれると見られる。困難な状況下でも、ロシアの宇宙産業は「次」を見据えている証左であろう。
空振りに終わった戦闘機調達契約
ところで、MAKSは単なる航空ショーではなく、大規模契約を結ぶ見本市としての性格も有している。
MAKS主催者の発表によると、今回の期間中に結ばれた契約総額は3500億ルーブル(約6300億円)と「好ましからざる経済的・対外的環境にも関わらず」(主催者)好調であった。
その目玉はロシア国産のSSJ100リージョナル旅客機32機+オプション28機(1300億ルーブル)や、ベラルーシへのYak-130練習機及びトール-2MK防空システムなどである。
だが、ロシア航空宇宙軍向けに予定されていたSu-35S戦闘機の調達契約は結ばれず終いであった。
ロシア空軍は2009年のMAKSでSu-35S戦闘機48機の調達契約を結び、今年中にはそのすべてが完納予定となっている(すでに36号機まで納入済)。しかし、その後継機として予定されていた第5世代戦闘機T-50の調達が経済危機で当初予定の60機から12機に削減されたことを受け、Su-35Sの第二次調達契約(48機。約1000億ルーブル)を今年のMAKSで結ぶことになっていた。それが空振りに終わったことは前述の通りであるが、国防予算が逼迫するなかで調達価格等を巡って合意が結べなかった可能性が高い。
この意味でも今回のMAKSはロシアを取り巻く複雑な情勢を反映したものと言えるだろう。