広がる指名のストライクゾーン 新しいドラフトのトレンドを考える
狙われた高齢社会人投手
「こいつを取るか」「こいつも取るか」「こいつまで取るか」。そんなことを見ながらドラフト会議の行方を見ていた。
ドラフトには毎年のトレンドがある。例えばこの6,7年は「高齢社会人投手」に脚光が当たっていた。発端は攝津正の成功だろう。攝津は秋田経法大付属高からJR東日本東北に入社し、実に8年間にわたって社会人でプレーしていた。高卒は3年目から指名を受ける資格があるのでドラフト的には「5浪」したわけだが、彼は2009年に27歳でソフトバンク入り(ドラフト5位)して大成功。1年目と2年目は中継ぎでフル回転すると、3年目からは先発に転じて5年連続の二けた勝利を挙げた。
牧田和久も2010年に26歳で埼玉西武に入団し、そこからワールドベースボールクラシック(WBC)に二度出場する日本を代表する投手になっている。
プロ入りの「適齢期」は一般的に高卒、大卒と社会人の入社3年目まで。しかし強烈な成功例に影響されて「入社4年目以降」「25歳以上」の投手が盛んに指名されるようになった。12球団が「柳の下のドジョウ」を探すようになった。
翌11年には26歳の森内壽春(JR東日本東北/元北海道日本ハム)、25歳の佐藤達也(Honda/現オリックス)、2012年には27歳の山中浩史(Honda熊本/現東京ヤクルト)が指名された。その後も高木勇人(三菱重工名古屋/現巨人)、豊田拓矢(TDK/現埼玉西武)といった例が続き、実際に一軍で活躍している投手も多い。
新たな狙いは社会人の野手
今年のドラフトでも社会人から10投手が指名されている。中6日が標準になり、完投も減った現代野球において即戦力投手には根強い需要がある。一方で「野手はなるべく高卒」「大器をじっくり育てる」という球界のセオリーは残っていた。
しかし今年のドラフトは「社会人の野手・捕手」に指名が集中した。藤岡裕大(トヨタ自動車)が千葉ロッテの2位指名を受けると、岸田行倫(大阪ガス)、神里和毅(日本生命)、大城卓三(NTT西日本)、福田周平(NTT東日本)、田中俊太、菅野剛士(日立製作所)、西村凌(SUBARU)、塩見泰隆、若林泰弘(JX-ENEOS)宮本秀明(パナソソニック)、松本直樹(西濃運輸)、山足達也(Honda鈴鹿)らが続いた。大学生の野手・捕手は合計で8名しか指名されていないが、社会人は13名でそれよりもかなり多い。
背景は明らかで、社会人出身の野手・捕手が近年の球界で結果を出しているからだ。宮崎敏郎はセガサミーからドラフト6位でプロ入りした選手だが、5年目の今季に首位打者を獲得している。戸柱恭孝捕手はドラフト4位でNTT西日本からプロ入りし、そこから2年で236試合に出場している。この二人は横浜DeNAが日本シリーズに進出する立役者でもある。「下位にも当たりはいる」というはっきりした証明だ。
セ・リーグを制した広島も田中広輔の活躍があった。彼はJR東日本からドラフト3位でプロ入りし、16年・17年と連続して全試合に出場。今春はWBCに出場し、レギュラーシーズンでは盗塁王も獲得している。
またパ・リーグも今季はドラフト3位でトヨタ自動車からプロ入りした新人・源田壮亮(埼玉西武)がフルイニング出場を達成。難関ポジションのショートで驚異的な守備を見せ、37盗塁も記録している。トヨタでは下位打線を打っていた彼だが打撃も開眼し、打率.270、155安打と十分な成績を残した。
田中と源田は1年目から結果を出したが、宮崎は1年目、2年目とあまり出番を得られなかった。しかしコンディショニングと医療環境が整備され、選手寿命が延びた今のプロ野球では30代は働き盛り。ドラフトの段階で「若さ」を絶対的な条件にする必要がない。今ドラフトは社会人球界から主戦格、レギュラーでない選手もかなり指名されているが、即戦力としてでなくポテンシャルを評価したものだろう。
高卒の大器が軽んじられるわけではないが…
もちろん「高卒の大器」が軽んじられているわけでなく、それは清宮幸太郎や中村奨成、村上宗隆の1位指名を見ても明らかだ。ただ彼らのような180センチ以上の大型選手は希少だし、そういう選手は高卒や大卒の時点で自然とプロの「網」にかかる。しかしそこからこぼれた中にも人材はいる。ウエイトトレーニングなどが進化した中で、宮崎や田中のように170センチ前半の小柄な選手も、力負けせずにトップレベルでプレーできる。
今季は独立リーグも6名の本指名を出しているが、ドラフトの「ストライクゾーン」は今後も広がっていくだろう。一方でそういう人材の価値が着目されるようになることで、徐々に「お得」な選手は見落とされなくなっていく。特に今年のドラフトでは社会人の「これは」という野手が根こそぎプロに持っていかれた。球界は来年以降に向けてまた新しいトレンド、狙い目を見つける必要もあるのだろう。