Yahoo!ニュース

【緊急提言】ハリルホジッチ新監督の就任で風化させてはいけないアジアカップの記憶と教訓

河治良幸スポーツジャーナリスト

3月12日に日本サッカー協会の理事会でバヒド・ハリルホジッチの監督就任が承認され、本日いよいよ日本代表の新監督が誕生する。霜田正浩技術委員長はハリルホジッチを招聘した理由に豊富な代表監督の経験と勝者のメンタリティをあげた。そして日本代表に新たなオプションをもたらしてくれることを期待している。

確かにダークホースのアルジェリアをブラジルW杯のベスト16に導き、王者となるドイツを敗戦寸前まで苦しめた手腕は評価に値するし、日本に勝負強さを植え付ける期待も大きい。だが、アジアカップの準々決勝での敗退を招いた問題が監督の就任で一気に変えられると見るのは甘い。

ハリルホジッチの戦術と情熱が日本に刺激を与えたとしても、選手が、協会が、ファンが、メディアがしっかりと受け止め、推進力にしていかなければ世界での躍進はおろか、アジア予選の突破も難しい。

3月14日に刊行する『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)では「はじめに」の中でアジアカップの日本×UAEを題材に、なぜ日本は延長PK戦に持ち込まれ、敗退に追いやられたのか。立ち場を変えればなぜUAEは日本を相手にジャイアントキリングを起こせたのかを分析してまとめ、本書の冒頭を飾っている。その主要部分を抜粋記事として掲載する。

■アジアカップ2015準々決勝(2015年2月26日)

日本1−1(PK 4−5)UAE

『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』「はじめに」より

15年1月、当時のハビエル・アギーレ監督が率いていた日本代表はオーストラリアでアジアカップを戦った。グループリーグで3連勝を飾った日本が準々決勝で対戦したのはUAE。中東では珍しい モダンなパスサッカーを掲げ、12年ロンドン五輪を率いた若いアリ監督がそのまま昇格し、選手も若手が中心だった。

似たスタイルであれば、当然ながら日本が有利と思われたが、いざ試合が始まってみると、UAEはシステムを4−2−3−1から4−4−2に変更し、右SHに司令塔のオマール・アブドゥラフマンを配置。サイドから縦に速い攻撃で日本の意表を突いたのだ。

前線で2トップを組むのはポストプレイヤーのハリルとスピード自慢のマブーフト。ハリルをター ゲットとしながら、鋭く裏を突くマブーフトに日本のDFラインは戸惑い、立ち上がりから続けざま に背後を取られた。そして前半7分、前からのプレスがズレたところからロングクロスを入れられると、 ハリルと交差するように飛び出したマブーフトに、DFラインの中央を守る吉田麻也と森重真人の合間を破られてしまった。

そして一瞬、予備動作の遅れたGK川島永嗣をあざ笑うかのように、脇を抜けたボールがゴールネットを揺らした。 左ウィングで先発し、ちょうど目の前からクロスを入れられた乾貴士は試合後に「立ち上がりはふわっと入ってしまった」と悔しそうに語った。中盤の遠藤保仁はそうした攻撃を想定はしていたようだが、チームとして共有できず。守備が噛み合ないまま、まんまと先制ゴールを奪われたのだ。

さらに守備を固めるUAEに対し、日本は高い位置で起点を作りながらゴールを狙うが、あと一歩 のところで跳ね返され、シュートもDFのブロックやキーパーのセーブに防がれた。しかし、後半の 途中から入ったMF柴崎岳が後半36分に本田圭佑とのワンツーから目の覚めるようなミドルシュートを放ち、殊勲の同点ゴールを決める。

その後、UAEの危険なカウンターをしのぎながら何度もチャンスを作った日本だが、逆転のゴールを割れないまま延長戦に突入。そして延長戦前半の途中には、長谷部誠のサイドチェンジパスを受けようとした左SBの長友佑都が太ももの裏を負傷してしまう。

すでに3枚の交代枠を使った状態で長友をプレー続行させるという、苦しい立場になりながら攻撃の姿勢を止めない日本だったが、アジア屈指の守護神ナセルが構えるゴールマウスを再びこじ開けることができず、PK戦に突入。1人目の本田、さらに6人目の香川真司が外してしまい、日本は早すぎる敗退を迎えた。

大きなショックとともに、メディアやファンの間でさまざまな敗因論が飛び交った。35本ものシュートを記録しながら1点しか取れなかったこと。4試合続けて先発メンバーを固め、 疲労の影響が出てしまったこと。4試合目にして初失点した守備陣が実は組織としても個人としても 問題を抱えていたこと、などなど。

ただ、日本側としては不覚を取った形でも、UAEからすればジャイアントキリングを成し遂げたことになる。アリ監督は試合前に「たまには美しいサッカーよりも結果にこだわろうじゃないか」と選手たちに伝えたという。

それまで披露してきたポゼッション型のスタイルから堅守速攻に切り替え、選手の配置も工夫した。言い換えれば、日本をそれまでの相手と違う“格上”として認識し、その日 本に勝利するための対策をしっかり立ててきたということだ。

サッカーの勝負には力関係というものが存在するが、力のある側が必ずしも勝つとは限らない。ジャイアントキリングの可能性は常に潜んでいるのだ。そこには必ず何かの理由がある。その可能性を見出し対戦相手に挑んでいくことこそが、試合で力関係を逆転させ、ジャイアントキリングを引き起こす力になるのだ(続く)。

(『サッカー番狂わせ完全読本 ジャイアントキリングはキセキじゃない』東邦出版)

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

河治良幸の最近の記事