なぜこの時期に着手か 河井克行・案里夫妻、離党や秘書の有罪判決で今後の捜査は?
国会の閉会を受け、いよいよ検察が河井克行前法相と妻の案里議員に対する本格的な捜査に乗り出した。今後の捜査の行方は――。
解明すべき疑惑は?
事件は案里氏が初当選を果たした2019年7月の参議院議員選挙にさかのぼる。検察が真相解明を目指しているのは、次の3つの疑惑だ。
(1) 河井陣営の選挙運動員にその報酬として現金が手渡された運動買収
(2) 広島の有力議員や首長、地元有力者らに案里氏への投票や票の取りまとめを依頼する趣旨で現金が手渡された投票買収
(3) 自民党本部から河井陣営に対立候補である溝手顕正氏の10倍にあたる1億5000万円が交付された経緯やそれが(1)(2)の原資の一部か否か、その使途と残金の行方
(1)も(2)も法定刑こそ変わらないものの、(2)のほうが「票を金で買った」という色彩が濃く、情状も悪質であり、規模や総額によっては実刑が視野に入ってくる。(3)は政治資金規正法違反など別の疑惑に発展する話だ。
検察に「はずみ」
この点、すでに(1)(2)については、広島地検を捜査本部とし、東京や大阪の特捜部などから応援検事を受け、広範な捜査が進められてきた。
特に(1)の一部は、連座制の適用を前提とした「百日裁判」により、案里氏の秘書の公判が先行した。6月16日には懲役1年6か月、執行猶予5年の有罪判決も出ている。
まだ判決が確定したわけではないし、たとえ確定しても連座訴訟で案里氏の当選が無効になるまで時間もかかる。
それでも、河井陣営で組織的な運動買収が行われていたとか、克行氏の了承も得ていたといった事実が裁判所に認定されたわけで、検察に「はずみ」がついたのは確かだ。
また、(1)(2)とも、地元議員ら約100人の関係者の大半が河井夫妻による現金の提供を認めている模様だ。取調べはすべて録音録画されているという。
さらには、克行氏のパソコンから配布リストが押収されたとか、スマートフォンのGPS情報を分析して授受の日時や場所の特定まで進められているといった話まである。
ばらまかれた現金も、1人あたり数万~数十万円、総額で2000万円超に上るとみられる。
2019年4月の統一地方選における「陣中見舞い」「当選祝い」名目のものもあるが、定数2名で争われる激戦区で現職の溝手氏が自民党の公認候補となる中、新人の案里氏までもが公認を得た2019年3月以降の現金授受ということで、検察は投票やその取りまとめの依頼という趣旨も含まれると判断しているのではないか。
克行氏が「案里をよろしく頼みます」と申し添えて現金を手渡したといった証言もあるようだから、こうした固い事案を代表例として取り上げるということも考えられる。
捜査の主体は東京へ
これまで目立った政治的圧力もなく、比較的スムーズに捜査が進んだのは、東京から離れた広島の地が舞台だったことも大きい。
決裁ラインは広島地検・広島高検・最高検だから、官邸に近いとみられていた東京高検検事長の黒川弘務氏が出る幕もなかった。
ただ、今後、検察は(1)(2)で河井夫妻を立件し、次いで本丸である(3)の解明を目指すとみられる。
夫妻が自民党を離党したことで、(1)(2)について強制捜査を行う環境も整った。「河井陣営の暴走」という整理の仕方も可能になったからだ。
それでも、衆参の議員夫妻をそろって選挙違反で立件するなど憲政史上例がないし、法務行政のトップだった元法相をその配下だった検察が摘発するというのも前代未聞の事態だ。
「とかげの尻尾切り」で終わらせず、(3)をも視野に入れるとなると、政権中枢の関与にまで切り込んでいかなければならなくなる。
そこで、以後は、最高検、東京高検、東京地検特捜部が事件を引き取り、全国から応援検事を得たうえで、東京と広島に兵力を分散し、検察を挙げて徹底した捜査を行うということだろう。
国会議員、特に克行氏のような元法相クラスともなると、「格」の観点から特捜部でも逮捕後は副部長クラス以上が取調べを担当する慣例だ。特捜部は、当面の間、この事件の捜査に全力を注ぐことになる。
なぜこの時期に着手か
そもそも、河井夫妻の疑惑は前々から取り沙汰されていたことだった。
そうした中でコロナ騒動があり、検察としても大規模な強制捜査を自粛するムードとなった。緊急事態宣言により、4月の定期人事異動まで凍結されてしまった。
そうなると、感染対策に細心の注意をはらいつつ、地道に証拠固めを進めるほかなかった。
5月25日に緊急事態宣言が全面解除されたが、国会の開会中だと、逮捕には所属議院に対する許諾請求を要し、証拠の中身を説明するなど、(3)を含めて検察の手のうちを明かさなければならなくなる。
コロナ対策に向けた国会審議を一時的にでも中断させ、邪魔をしたといった批判が起こるおそれもある。
そこで、検察は、6月17日に国会が会期末を迎えるまで待ったというわけだ。
このタイミングであれば、(1)(2)を切り分けるなどして逮捕、再逮捕に及ぶ「40日コース」であっても、稲田伸夫検事総長の勇退に向けた花道には間に合う。むしろ、スケジュール的にはこれ以上引っ張ることができない。
すなわち、黒川氏の後任である東京高検検事長の林眞琴氏は7月30日の誕生日に63歳の定年を迎える。その直前に総長就任から2年となる稲田氏が慣例に従ってそのまま勇退し、意中の林氏にポストを譲るというのが検察のシナリオだろう。
検察には不退転の決意がうかがえる。全面否認のままでも河井夫妻を運動買収や投票買収で起訴まで持ち込む覚悟ではないか。(了)