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日本の教育は「時代遅れ」との調査結果 明日も生き残るための学習の考え方

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(提供:イメージマート)

 9月18日、フランスの世論調査会社イプソスによる、世界30カ国における教育に関する意識調査「イプソス 教育モニター2024」の結果が公開された。

 「あなたの国における教育システムの全体的な質をどう評価しますか」という問いに対し、「良い」と回答した日本人は19%であり、調査対象の30カ国中24位という結果となった。30か国平均は33%であるから、実態はさておき印象としては、他国よりも教育システムへの満足度は低いようだ。

 一方で、PISA(OECD生徒の学習到達度調査)のスコアと教育システムに対する評価とは、ほとんど相関関係がない。調査結果にも書かれているように、PISAでは「数学、読解力、科学の成績でシンガポール、日本、韓国がトップ3にランク」されているが、自分らが好成績を収めていることを認識しているのは、シンガポールの人びとだけのようである。

 それでは何が、日本の人びとにとって問題と思われているのか。「あなたの国の教育システムが直面している最大の課題は何だと思いますか?」との質問に対して、全体として「教員教育が不十分」との回答が36%で1位。「時代遅れのカリキュラム」が31%で2位の結果となった。ことZ世代においては「時代遅れ」が1位との結果である。

 注目に値するのは「自国の高等教育や大学のシステムでは、学生たちは将来のキャリアのための準備が十分にできるか」との質問に対し、「そう思う」と回答したのは30%で、30か国中最下位の結果となった点だ。また「自国における学校のカリキュラムは、学生の将来のキャリアに十分に備えた内容となっているか」との質問に対しては29%。30か国中27位の結果である。

 対して「キャリアに関する指導をすること」に関して「教師や学校と保護者のどちらが主に責任を負うべきだと思いますか?」の質問には、「主に教師や学校の責任である」と回答したのは52%。これは30か国中最も低いのだが、「主に保護者の責任である」との回答も23%に留まり、無回答者は25%と30か国中最も多くなる。

 これらの結果から解釈すると、日本の人びとは教員の質向上を望んでおり、また学校教育には将来のキャリアを拓くための教育を望んでいる。しかし現状、キャリアに関する指導は学校や教師には期待できず、かといって保護者が行うのも難しいと感じている。そのため、誰がキャリアに関する教育を行うのかについて、日本の人びとは答えをもたない状態ということになる。

 変化の激しい時代において、改革を躊躇している時間はない。学校とくに高等教育において、いかなるキャリア教育が今後必要となるかを考え、ただちに実行に移さねばならない。

いま求められるキャリア教育

 まずキャリア教育とは「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」をいう。したがって、実社会の現状や今後の変化を捉え、いかなる能力を育むことが必要となるかを、まずは検討する必要がある。

 二つの潮流を取り上げたい。一つはAIやロボットなどのテクノロジーの変化である。周知のとおり、2015年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーンは、以後10年から20年において、日本の労働人口の約49%がAI等により代替可能となると試算した。技術の浸透は、肉体労働の分野のみならず思考の分野にまで及ぶ。

 キャリアの観点からみれば、残存するのは「AIやロボットよりもコストが低い仕事」であり、また「AIやロボットには代わることのできない高度な、あるいは人間にしか担うことのできない仕事」となる。前者は労働コスト、つまり給料が低いことを意味する。後者は希少価値が高いがゆえ、給料も高い。よって経済格差は、今後ますます広がっていく。

 それでは給料の高い仕事とは何であろうか。与えられた問いに対する答えの導出や、既成の仕組みやプロセスの運用はAIやロボットの得意領域であるが、新たな問いの創出や意志決定、人間同士の協調や交渉が必要な仕事は、こなすのが難しい傾向がある。例えば事業創造や事業開発、組織改革などの仕事であり、これらは理想や「べき論」の提示よりも、人間同士の営みの中で徐々に具体策が導き出され、実現されていく要素が大きい。

 言い換えれば、理論や論理上の正しさよりも、試行錯誤と社会的妥当さが求められる仕事である。既にソフト面ではプログラミング等の専門技術でさえ、AIが高度に実行できるようになった。しかし何を創造すればよいのか、どう実行すれば創造に至るのかといった、社会価値の創造や事業運用の方法に関する知見は、ますます重要となるのである。

 そのため二つ目の潮流として、リスキリングへの意識が高まっている。かといって、それらの知見を得るにはどうすればよいのか。大学教授は理論や抽象モデルは教えてくれるが、実務において遂行する際の考え方や進め方を知らない。実務家教員も増えてきたが、彼らもまた自身の成功事例を教えることはできるが、理論やモデルに疎く、かつ方法の一般化を目指してきたのではないため、生存者バイアスから逃れられない。よって現状、大学などの高等教育では学びの機会は提供されていないのである。

 実のところ筆者は、常々このような問題意識を抱えていたがゆえ、6年間務めた皇學館大学の准教授を辞任した。現在は特別招聘教授の役目を背負いつつ、東京の会社で共創・協業型の事業変革を行う事業のパートナーを務めている。ここでは実践メソッドの開発を目的とし、企業などで価値創造や事業変革を牽引している人との協業を通して、論文には書かれないプロセスや手法を見出し、蓄積している。あるいは、各種の学術理論を実地検証することで、実現可能性を高めている。

 新たに大学に必要となるのは、単に社会経験を積んできた人ではなく、誰もが実際に行えるようにすべく、手法やプロセスとして開発してきた人であろう。そのような人の提供する教育によれば、学生が実務の現場を知り、自ら将来のキャリアを描くことも、知識習得後の実践に滞りなく移行することも、できるようになる。

カリキュラムというパラダイムを変える

 高校までの基礎教育では、将来様々な仕事に就くことができるよう、広い領域における知識の習得が望まれる。しかるに大学などの高等教育において、とりわけ人びとの価値観が多様化したがゆえ、様々な価値の創造が必要とされる時代においては、各人が時々の目的に応じて習得する知識を選択することで、自らのキャリアを切り拓く必要がある。

 そうであれば、現在のようなカリキュラムという名の、大学側が考えた総合的な教育内容によっては、学生が必要とする知識を提供することは難しくなる。実際に社会で活動するには、特定領域の学問知識、特定領域の実務知識、特定領域の技術知識といったように、多分野の知識の組み合わせが必要となるからである。その他の知識が無駄とは考えないが、学生が直ちに必要としない知識習得にも多大な時間を費やすことになるのは事実である。

 特定の大学のみで、全ての知識を提供することは現実的に不可能である。そのため大学間の単位互換制度が存在するのだが、より現在のニーズに合致するためには、大学は学士や修士といった長期間の学習により習得できる学位プログラムではなく、学位取得の要件をブロックに細分化したプログラムとして提供し、履修証明できるようにと体制を整える必要がある。

 そしてプログラムの組み合わせにより学位取得が可能となれば、自大学のみならず他の複数大学によるプログラムの履修証明により、学位や修士といった学位が取得できるようになる。そのとき忙しい社会人でも、いま必要な知識習得のためにプログラムを受けるようになるし、結果として学位を取得することもできよう。つまり諸事情により高卒で就職した人にも、あるいは大学院進学の道を断念した人にも、学位取得の道が拓かれるのである。

 突拍子もない考えは述べていない。すでにマイクロクレデンシャルという考えは、世界的に知られている。マサチューセッツ工科大学のSCM関連の修士課程では、非営利団体のedX(エデックス)が提供するオンライン上のプログラムを履修することを、修士課程への出願および単位要件としている。また同プログラムは、ロチェスター工科大やパデュー大学、クイーンズランド大学などの修士課程にも利用されているという。

 同様のことはこれまでも述べてきたし、通信制教育の可能性に関しても示唆してきた。実際には、単にオンライン講義を聴講するばかりでは、実践的な力を育むには不十分である。一人ひとりの学生の諸事情をふまえて意見を交わし、各々の直面する問題の解決に向けて具体的に何を行うかまで検討しなければ、明確な成果に至るのは難しい。

 よって理想でいえばオンラインとオフラインの融合が望ましく、後者に身を置く大学が、現実には学位を取得する大学となるであろう。ドラッカーのいうように、知識は急速に陳腐化するため、専門性に関する継続教育が必要となる。その専門性は、変化に応じて各自の置かれた状況により、各自が見出すのである。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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