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子どものアレルギー「妊娠中の食事も影響」は科学的根拠なし、「母親たちを追い詰めないで」と当事者の声

中野円佳東京大学特任助教
(写真:アフロ)

私が運営しているカエルチカラ・プロジェクト(目の前の課題を変えるための一歩を踏み出せる人を増やすことを目指す)言語化塾では、女性たちに日頃感じているモヤモヤを言葉にして整理してもらっている。子育てに関して、世の中には母親に責任を求める発言が溢れているが、時には科学的に誤りだとの結果がでていることが、あろうことか専門職の口から出てしまうこともある。河野実穂さん(32)は子どものアレルギーについての認識を広めたいと訴える――。

※本記事はBLOGOSからの転載です。以下は言語化塾参加者の方の文章です(編集:中野円佳)。

アレルギー児を持つ母親の苦悩と追い打ちかける発言

私の3歳になる長男は小麦・卵・乳・ごま・ナッツ類に食物アレルギーがある。幸いアナフィラキシーショックになったことはないが、エピペン(症状を緩和するための自己注射薬)を所持し、完全除去の食生活を送っている。

食物アレルギー児の子育ては手抜きが難しい。毎日3回の食事の支度では、加工品はもちろん、調味料の原材料にまで配慮しなければならない。安心して外食できる先はまだまだ少なく、市販品も限られる。離乳食はアレルギー対応のレトルトもあるが、月齢を重ねるに連れ、それでは物足りなくなる。

外食先で食べられるものがない場合は持参するしかない。だが、多くの飲食店は持ち込みを歓迎しない。原材料の詳細を確認するだけで、クレームと勘違いされることもある。安心して食事をしたい。単純なことだが、それが叶わないときはやるせない気持ちになる。

母親にのしかかるプレッシャーを改めて認識

長男がはじめて食物アレルギーと診断を受けたのは、生後8ヶ月頃。初めて食べたうどんで目元が腫れ上がるアレルギー反応を起こした。その後の小児科での血液検査で卵・乳にも強い反応を示したことで、しばらくはこれらも除去するよう指導を受けた。

1歳を過ぎた頃、再度血液検査を受けた結果、前回以上に数値も高くなり、新たな除去食物も加わった。そしてエピペンを処方された。

「もし誤食を起こしてしまったら・・命に関わるような強いアレルギー反応を起こした時に、私は応急処置や救急搬送の手配といった適切な対応がとれるのか・・」

そのことを考えると、夜も眠れないほどの恐怖と重圧を感じ、子どもの食物アレルギーに関して病的なほど神経質になっていった。

2歳半頃、都内の認可保育園に入園した。それまでは完全な家庭保育であったため気がつかなかったが、他者に食物アレルギーを説明すること、理解を求め、協力を仰ぐこと…こういったことの難しさに初めて気がついた。そして、その責任やプレッシャーを改めて認識した。

「母親がすべてを把握すべき」という風潮

通っている保育園では、代替食の提供や誤食を防ぐための取り組みをして頂いている。ただでさえ手のかかる乳児の世話に加え、特別な配慮をお願いすることは心苦しい。それでも毎月の献立確認を始めとする日々の確認・依頼を欠かすことはできない。我が家は夫も比較的育児には参画しているが、そういった役割の多くは母親である私に重くのしかかっている。

家庭保育の期間もその後の保育園生活も、身近に相談相手がおらず、オンライン上のコミュニティに参加して日常の小さな悩みや対策を共有した。そしてその中でも悩み、情報を求めるのは母親が大半を占めることに気がついた。どうして母親ばかりが悩むことになってしまうのだろうか。

アレルギーに関しては離乳食期に判明する場合が多く、母親が担ってしまう面もあるかもしれない。しかし、それ以上に、じわじわと影響を及ぼしていると感じるのが、保育園や医療機関など、なくてはならないサポートを提供してくれる場所での日々のやりとりだ。

保育園の先生たちも病院のスタッフの方たちも、「お母さん、あのね」と必ず母親に対して説明する。保育園の先生たちは、日常的に送迎している夫に対しても「お母様に伝言なんですが…」と言って確認事項を説明することがある。

ここには「母親がすべてを把握しているはず・べき」という隠れた思い込みが潜んでおり、母親たちもそれに従わなくてはならないような気になっているのではないか。

母親に様々な責任を求める「思い込み」の極めつけは、二人目が生まれ、下の子どもにも食物アレルギーがあることがわかったときのことだった。次男は長男と同じ保育園に生後4ヶ月で入園し、6ヶ月から離乳食を開始した。そしてまた、初めてのうどんでアレルギー反応があった。

長男のアレルギーが判明したときは、未知への不安でいっぱいだった。除去食作りには慣れ、食物アレルギーに関する知識も一般人としては豊富な方であると自負している。それでもショックだった。その苦労をわかっているからこそ、次男に待ち受けている現実に直面し、その現実を前向きに受け止めることは出来なかった。

そんなときに保育園の看護師がなにげなく口にした。

「お母さんの妊娠中の食事もね、影響あるっていうし・・」

この発言に、私は、それまで堪えていた感情が抑えきれなくなった。

「妊娠中の食事が影響」は間違った情報

アレルギーに関しては日々研究が進んでいる。たとえば、妊娠中の母親の食事による影響について厚生労働科学研究班による「食物アレルギーの診療の手引き2014」には、「妊娠中、授乳中にアレルギー性疾患発症予防のために食物制限を行うことは十分な根拠がないため通常勧められていない」とある。

また、新たな予防・治療法としては、日本小児アレルギー学会の発表した「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」がある。この提言では、「鶏卵アレルギーの発症を予防するために、離乳食での鶏卵摂取を遅らせるのではなく、むしろ早期に微量摂取を開始することを推奨」している。

これまでも「食物アレルギーの発症予防のために特定の食物の摂取開始時期を遅らせることは、発症リスクを低下させることにはつながらず、推奨されない」とされていたが、早期摂取で効果が確認されたとした画期的な研究結果がでたことになる。

数年前の常識が180度転換するような、新たな予防・治療法の研究も進められている。少なくとも妊娠中の母親の食生活に関しては、生まれてくる子どものアレルギーに影響を与えない、ということが確認され、不必要な除去はしないよう指導が進められている。

にもかかわらず、専門職である看護師から、こういった発言がでてくるのはいったいどういうことなのか。ただでさえ自分を責めている母親たちをどれだけ追い詰めるのか。

私は、保育園にはとても感謝している。アレルギー疾患対策基本指針の元、対応マニュアルが整備され、保育士の先生もエピペン講習を受けていたり、業務フローは事故のないように考えられていると思う。

「子どもの食物アレルギーに関する相談です」と予告をして対応をお願いする分には、保育園側も誠意ある対応をしてくださっていて、そこに不満はない。日々きめ細かな対応をして頂いている他の先生たちの言動を萎縮させるようなことも望まない。

結局、件の看護師の発言に関しては、保育園の管理職への相談という形で、これまでの感謝を伝え、クレームと捉えられないよう慎重に報告を行った。その後も改善提案や要望をお願いしつつ、日々悩みながらコミュニケーションをとり続けている。

既に自分を責めている母親たちの気持ちに理解を

食物アレルギーへの認知・理解は進んできたとはいえ、まだまだ不十分である。食物アレルギー児の就園・就学には園・学校との調整が不可欠だが、それを母親一人が担うには荷が重い。相手はプロであり、情報の古さや知識不足を指摘することが容易ではないといったこともある。

アレルギー児がいる家庭には何らかの公的なサポートがあってもいいかもしれない。アレルギー児の生活のコーディネーターのような第三者がいれば、就園・就学前のサポートや、その後のフォローアップ、何か問題が発生した場合の仲裁の役割等が期待できる。

また、医学的に否定されているとはいえ、子どもに食物アレルギーがあることで私たち母親は自分自身を責め続けている。いつ治るのか、あるいは治らないのか、何かいけなかったのかもしれない、何か見落としているかもしれない…。

子どもたちに何かあったらという、片時も頭を離れない不安、自分だけしか頼れない不安、先の見えない不安、そういった不安に押しつぶされそうな、社会から感じるプレッシャーを抱える母親たちを保育士、医師、看護師…専門職の方々にはどうか支えてほしい。

参考資料:

厚生労働科学研究班「食物アレルギーの診療の手引き2014」

日本小児アレルギー学会「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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