史上最大の「フェルメール」展 アムステルダム国立美術館から現地レポート
フェルメールはお好きですか?
「真珠の耳飾りの少女」「牛乳を注ぐ女」といった作品がとても有名ですよね。
その画家の一大展覧会「VERMEER(フェルメール)」がアムステルダム国立美術館ではじまりました。
17世紀、オランダの黄金時代に生きた画家ヨハネス・フェルメール(1632ー75年)。彼の史上最大の展覧会と言われる所以は、展示作品の数。今回は28点が一堂に集められているのです。
(え? 28点で史上最大?)
と、思われた方もいらっしゃるかもしれません。
けれども、この数が実はとてもすごいことなのです。
そもそもフェルメールは、寡作の画家と言われますが、フェルメールの真作とされる現存作品は37点(アムステルダム国立美術館の見解)。
それらは文字通り世界中に散っていて、それぞれの美術館で収蔵品の代表作。つまり美術館きってのお宝となっています。そうなれば、作品が美術館の外に出ること、さらに言えば、海を越えてはるばる外国に貸し出されるというのは滅多にないこと。そのため、世界各地の美術館を巡ってフェルメールの全作品を観る「全点踏破」という現象まで起きているくらいなのです。
そういう状況での28点。つまりフェルメールの現存作品のうち4分の3を一気に観られるというのは、おそらく生きている間に一回きりのチャンスと言ってもけっして過言ではありません。
ちなみに、過去の特筆すべきフェルメール展は、1995〜96年。アメリカ・ワシントン(ナショナルギャラリー)とオランダのデン・ハーグ(マウリッツハイス美術館)での巡回展として21点(22点という説も)が展示されたのが画期的なことでしたから、28点が一堂にという今回の展覧会が、いかに歴史的なものであるかがわかります。
ところで、この展覧会が可能になった最大の理由は、ニューヨークの美術館「フリック・コレクション」が現在改装工事のために閉館中であること。
この美術館はフェルメール作品を3点しています。画家の母国オランダでの所蔵点数が、アムステルダム国立美術館に4点、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館に3点ということを思うと、「フリック・コレクション」の3点の重要性がわかります。
しかも、これらの作品はほぼ門外不出。ニューヨークに行かなければ観られないはずですが、閉館中ならば、話は別。というわけで、改装計画が発表された後、2015年から、この史上最大の「フェルメール」展の準備が進められることになりました。
「大きな挑戦でした」と、アムステルダム国立美術館のTaco Dibbits(タコ・デイビッツ)館長はプレス発表のスピーチで繰り返しました。
「フェルメール自身でさえ、これらの作品が一堂に会するのを観たことがないはず」とも語る館長。
ベルリン、ドレスデン、ダブリン、エジンバラ、フランクフルト、ロンドン、ニューヨーク、パリ、東京、ワシントンなど、世界各地の美術館、そしてコレクターとの交渉から実現までの道のりは決してたやすいものではなかったことでしょう。
門外不出の「フリック・コレクション」3点が海を越えたばかりでなく、7点の作品が200年以上ぶりに母国へ里帰りすることになりました。
そうして幕を開けた史上最大の「フェルメール」展の会期は、2023年2月10日から6月4日まで。
アムステルダム国立美術館の開館時間は毎日9時から18時ですが、「フェルメール」展の期間中は特別に、木曜、金曜、土曜の開館時間が22時まで延長されます。
デイビッツ館長によれば、展覧会開始前、2月7日の時点で、チケットはすでに20万枚以上売れてるとこのこと。どれほどの注目度かがわかります。
一般公開に先立って行われたプレス公開に参加することができましたので、その時の様子をこちらの動画でご紹介します。
展覧会場のデザインをしたのはフランスを代表する建築デザイナー、Jean-Michel Wilmotte(ジャン=ミシェル・ヴィルモット)。
会場は11のセクションに分けて、28作品がゆったりと並んでいます。空間を仕切るのは、高い天井から床まで美しいドレープを描くベルベットのカーテン。深緑、茄子紺、そしてブルーと、静謐なフェルメールの絵の舞台を、静かな劇場のように演出しています。
カタログをはじめグラフィックデザインを担当したのは、オランダが誇るブックデザイナーのIrma Boom(イルマ・ボーム)。
作品の細部を大胆に切り取ったポスターなどは見事で、おそらく数センチ四方、あるいはもっと小さいのでは、と思われるディテールでも、それが十分にフェルメールとわかるところがさすが。さらに言えば、画家の息遣いが見えるような箇所を大画面にして見せることで、さらなるインパクトを鑑賞者に与えてくれるように思えます。
この歴史的展覧会プロジェクトでは、並行してフェルメール作品の研究も進められてきました。アムテルダム国立美術館、マウリッツハイス美術館、アントワープ大学が共同し、最新のテクノロジーを駆使することで、さまざまなことが明らかになっています。
たとえば、有名な「牛乳を注ぐ女」の背景は、何もない壁になっていますが、実は、そこには壺などが並ぶ棚のようなものが描かれていたことが明らかになりました。のちにそれは白く塗り込められたわけですが、この事実は、フェルメールがいかにして作品の完成度を増していったのかを今に伝えてくれます。
研究は今後も継続され、フェルメール没後350年にあたる2025年、アムステルダム国立美術館で開催予定の国際シンポジウムで成果が発表されることになっているようですので、ミステリアスなフェルメールの世界にまたさらなる光が当てられることになりそうです。
ところで、ここからは蛇足です。
展示作品のひとつ「地理学者」を観ていて、私は(おや?)と思いました。
(この人物の衣装は、日本製なのではないか)と。
以前、パリで開催中の「KIMONO」展の記事を寄稿しましたが、その中の展示品の一つと符合する、と思ったのです。パリで男性の「室内着」として展示されていた衣装は、日本からオランダ商人によってヨーロッパにもたらされたもの。
添えられていたフランスの銅版画の説明には、「身につける人の富、身分、洗練された趣味を示すもので、室内で格式ばらずに人を迎える時に着用されていた」とあります。
少し調べると、フェルメールのこの絵の中の衣装は、日本からもたらされた和服をガウンに仕立て直したもの、とあったりします。
けれども、まったくの私見ですが、表地だけでなく裏地にも日本の着物独特の紅絹(もみ)が使われていたり、裏地を縁からあえて見せる袷仕立ての具合をみると、これは欧州で仕立て直したのではなく、もともとこの状態で日本から海を渡ったものなのではないか、と思われるのです。
女性が描かれることが多いフェルメール作品の中で、「地理学者」は珍しく男性が主役。絵のモデルになったのは、フェルメールと同じ年、同じデルフトに生まれた科学者アントニー・ファン・レーウェンフックと言われています。
織物商でもあった彼は、歴史上初めて顕微鏡で微生物を観察し、生涯で500もの顕微鏡を製作。ロンドンの王立学会の会員にもなった人ですが、フェルメールの遺産管財人でもあったほど、フェルメールとの関係がとても深かったことがわかっています。
地球儀と海図のある部屋で、はるばる日本から渡来した着物を身にまとい、測量の道具を手にする男。天啓を得たような瞬間を描いたその絵には、東インド会社貿易による富、最先端の知識と文化といったような、時代を象徴する要素が盛り込まれていて、見れば見るほど、知れば知るほど、観る者を遥かなる探求の旅へと誘うような深みがあります。
ところで、今回の展覧会では、実際に会場に足を運べないという方にも朗報が。
フェルメールの世界にどっぷりと浸れるオンライン体験が用意されています。題して「Closer to Vermeer」。展覧会の28点だけでなく、フェルメールの真作37点を超高画質で微細なディテールまでクローズアップで見ることができます。その精度は展覧会で実物を観る以上、といってもいいくらいです。
加えて、英国俳優ステファン・フライのナレーションによって、フェルメールが生きていた時代の空気感までが伝わってくるので、あたかも旅するように絵を鑑賞することができます。ご自分のパソコン、スマホから無料で体験できますので、ぜひトライしてみてください。
2023年2月10日〜6月4日
アムステルダム国立美術館(通称/ライクスミュージアム)
※「真珠の耳飾りの少女」の展示は3月30日まで。
※2月22日現在、美術館の展覧会オフィシャルサイトでは、「フェルメール」展のチケットがすでに売れ切れとなってしまっています。ただし、追加発売の可能性がありますので、どうしてもこの機会に! とお考えの方は、サイトをこまめにチェックすることをおすすめします。