「Suica」を中心とした鉄道のチケットレスの今後は? 熊本の鉄道・バス各社が交通系ICから離脱
日本の主要な鉄道・バスで、交通系ICカードが使用できるようになってきた。「交通系ICカード全国相互利用サービス」の各社だけではなく、その周囲にある事業者も自社の交通系ICカードのほかに、全国対応の交通系ICカードを利用できるように展開してきた。
札幌市交通局の「SAPICA」、富山地方鉄道の「ecomyca」など、独自のICカードを持つ事業者は、全国的に使用できる交通系ICカードへの対応も積極的だった。
広島電鉄を中心とする「PASPY」は、コスト削減のため「MOBIRY DAYS」という新サービスに移行するも、それでも相互利用可能な交通系ICカードへの対応は残すことになった。なお、これにともない広島エリアの公共交通事業者は、「ICOCA」に移行するところも現れた。
全国どこでも、キャッシュレスで交通系ICカードを使える、それが相互利用サービスの真の狙いだったはずだ。
ところが、そういったキャッシュレス社会のグランドデザインが、うまくいっていないのではないかという話が出てきた。
熊本県のバス・鉄道事業者が、交通系ICカードのサービス停止をするとの話が、先月末に出てきた。熊本市電も同様にするという。
熊本の交通系ICカード事情
熊本県内では、「SUGOCA」などの相互利用可能な交通系ICカードが、JRでも私鉄・バスでも使用できてきた。また、熊本電鉄など鉄道・バス5事業者は、「くまモンのIC CARD」を導入し、5事業者と市電で利用できるようになっている。なお市電には「でんでんnimoca」もある。西鉄の「nimoca」のシステムを使用している。
その熊本県内で、JR以外では相互利用可能な交通系ICカードを利用できないようにする。非接触式のICカードは、「くまモンのIC CARD」だけが残る。市電も「でんでんnimoca」をやめる。代わりに、クレジットカードのタッチ決済を導入するとのことだ。
理由としては、インバウンド対応やスマホ決済の利用増などの状況があり、クレジットカード決済などが対応可能な読み取り機器を導入することにしたとのことだ。また、既存の機器をそのまま更新することに比べ、約半分のコストで更新が可能になるという理由もある。
「くまモンのIC CARD」と交通系ICに対応した機器ならば、12億1000万円。「くまモンのIC CARD」とクレジットカードタッチ決済対応機器ならば、6億7400万円。
また九州エリアでは、多くの事業者がクレジットカードのタッチ決済に対応しており、こちらのほうが勢いはあるという状況だ。
交通系ICカードは高性能であることが特徴だが、高コストという問題もある。また、交通系ICカード用の半導体が不足しており、「Suica」や「PASMO」は新規のカード購入に条件をつけている。
また、「くまモンのIC CARD」は地元銀行の肥後銀行が運営に関与していることもあり、地元資本の中でお金を回せるという状況がある。
こういった状況から、地元のみのICカードと、クレジットカードのタッチ決済という組み合わせになった。
交通系ICカードでは機器更新にお金がかかる、かといって導入のときと違って補助もない、経営環境も悪化しているという状況の中で、新規導入なら補助もでるという理由もあり、交通系ICカードの利便性を捨てた、ということもいえる。
このあたり、全国的なキャッシュレス導入に与える影響は大きいのではないか?
王者「Suica」を中心とする交通系ICの覇権は
日本で、キャッシュレスの王者といえば「Suica」である。みんなが大好きなiPhoneにも搭載され、JR東日本エリアに暮らしていない人でも「モバイルSuica」を使いこなしている人も多いと聞く。
「Suica」を中心とする相互利用可能な交通系ICカードは、処理能力の高さから都市部の鉄道利用者に支持され、また鉄道以外でも多くのお店などで対応し、日本のキャッシュレスの中心になっていると言っても過言ではない。
この国でキャッシュレス社会を実現したのは、鉄道会社だということも可能だ。
どんな少額の決済でも、気兼ねすることなく交通系ICカードで払うようになり、現金の使用機会はどんどん減っていった。
「Suica」を中心とする交通系ICカードは、一種のデファクトスタンダードとなり、「地域連携ICカード」など「Suica」をバックにしたICカードも生まれた。
しかし、交通系ICカードのシステム自体が重荷になり、熊本県内のような事例も出現した。交通系ICカードの覇権に、陰りが見えてきた。自動改札機でのクレジットカードタッチ決済導入事例も増えている。
交通系ICカードは、どうしていくべきだったのか?
一時期、キャッシュレス社会を推進するということがよく言われた。そのときに注目されたのが、QRコード決済だった。日本にはすでにクレジットカードも交通系ICカードもあるのに、QRコードが最先端かのように言われた。おそらく、クレジットカードや交通系ICカードは手数料が高いという現実があるからだと考える。
この後、雨後の筍のようにさまざまなQRコード決済の規格が出てきた。しかし生き残ったのは、「PayPay」ばかりである。
このとき、交通系ICカードへの不満として、設備投資の負担や加盟店の手数料の高さなどが問題になった。
交通系ICカードは、ほかのキャッシュレス決済に比べ、処理速度が速い優れた規格である。「普及させよう」と「商売をしよう」の両方を追い求めているために、導入事業者の負担が大きくなるという問題が出てくる。
交通系ICカード事業者は、国内を制覇することをめざすべきだった。もっと普及してから、商売に力を入れるべきだ。
そもそも、JR東日本でさえ全線に「Suica」は導入されていないのだ。QRコード決済で、「PayPay」が強かったのは、まず普及という姿勢があったからだ。
交通系ICカードは、日本全体に通用する決済インフラになりえた。鉄道などの公共交通機関においてチケットレスが主流になる流れは続くものの、チケットレスにはクレジットカードのタッチ決済なども出現している。熊本エリアの鉄道やバスがタッチ決済を採用するのは、クレジットカード会社が強力にプッシュしている状況もあると見ていい。それゆえシステム費用などを安くできる。
タッチ決済の事業者は、鉄道に導入してもらおうと必死の売り込みを行っている。交通系ICカード陣営も、負けてはいられないのではないか。「普及」の姿勢をもっと強めるべきである。