Yahoo!ニュース

政治家に必要なのは地盤か、世渡りか、信念か。混迷する今の日本に強烈に響くドキュメンタリー。監督に聞く

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』より、左から2人目が衆議院議員の小川淳也

新型コロナウイルス問題などで揺れる国会審議のなか、一人の議員の、説得力のある質疑が話題を呼んでいる。もちろんその主張には論議されるべき部分もあるかもしれない。しかし発せられる言葉には、単に原稿を読み上げるだけでない、強い「信念」が宿っていることは、誰が見ても明らかだ。

衆議院議員、小川淳也

無所属(立憲民主・国民・社保・無所属フォーラム)なので基本的に野党側ではあるが、その意識はあくまで「中道」。日本という国の未来に何が必要なのか。真剣に向き合おうとする姿勢と苦闘を見つめたドキュメンタリー『なぜ君は総理大臣になれないのか』(6/13公開)は、タイトルが示すように、信念と気骨、才能だけでは政治の世界で生きていけない難しさに迫るのはもちろん、日本の選挙についての問題にも肉薄する。そして多くの人が観ながら、あるいは観終わった後、小川淳也のような人がもっと現れてほしいと感じるはずである。とくに新型コロナウイルスなど問題が山積みで、政治が混乱気味の今の時期には……。

日本では、このように一人の、現役の政治家に迫ったドキュメンタリー映画が作られることは珍しい。なぜ可能になったのか。小川議員との長年の信頼関係があったからだと、大島新(おおしまあらた)監督は次のように語り始めた。

「これは偶然なんですが、小川議員の奥さんと私の妻が高校(香川県立高松高校)の同級生で、小川議員も同じ学年だったのです。高校時代、野球部の好青年で、誰からも好かれていた彼が、総務省の官僚を辞め、家族の猛反対を押し切って選挙に出るらしい。そんな話を聞いて興味をもち、妻を介して会いに行きました。それが2003年、衆議院の解散の日だったのです。何か作品にならないかと考え、フジテレビの『ザ・ノンフィクション』に売り込んだところ、小川さんを含めて国政選挙初出馬の3人を追うならばとゴーサインが出て、『地盤・看板・カバンなし』というタイトルで放送しました。それがすべての始まりですね」

優秀だからといって、活躍できるわけではない現実

その2003年の選挙で民主党公認候補の小川さんは落選するものの、それから友人としての関係が続いていたという大島監督は、時折、重要なタイミングでカメラを回し続けた。「僕がメディア側に近い人間だったことで、いま政治がどう見られているのかなど、小川さんの側に聞きたいことも多く、話しやすかったのかもしれません」と、この間の付き合いを大島監督は振り返る。

文字どおり地盤ナシで、家族の力も借りて衆議院選挙に出馬した小川淳也。香川1区には、地元の四国新聞や西日本放送のオーナーの一族である、平井卓也という強力な相手がいた。
文字どおり地盤ナシで、家族の力も借りて衆議院選挙に出馬した小川淳也。香川1区には、地元の四国新聞や西日本放送のオーナーの一族である、平井卓也という強力な相手がいた。

やがて2005年、小川淳也は衆議院選挙で初当選(選挙区では敗れ、比例復活当選)。2009年、民主党の政権交代が起こったときは、選挙区でも当選を果たし、総務大臣政務官の地位にも就く。しかし2012年、再び政権は自民党に移り、小川議員はその後、民進党、希望の党と所属を変えることになった。

そのさなかの2016年、大島監督は小川淳也議員で一本の映画を作ることを本気で決意する。

「それは電撃的な決意でした。たしかに民主党政権は批判される部分もありましたけれど、その後、安倍政権が『1強』として盤石のようになり、魔の2回生問題や数々の失言問題があったにもかかわらず、野党が頑張っても倒せない空気が漂っていました。その頃、小川さんからいろいろと忸怩たる思いを聞き、なぜ、この人はここまで優秀なのに……と、すぐに映画の企画書を作成したのです」

「この人で映画を撮りたい」という大島監督の思いは、すでに企画書段階で決めたタイトルにも込められた。そこには「彼に総理大臣になってほしい」という気持ちと、「やはり無理ではないか」という相反する感情が交錯する。

「2003年に初めて会ったとき、小川さんは『総理大臣になりたい』という目標を明言していました。僕はそんなに簡単ではないと思いつつ、可能性はなくはない。『こういう人に総理大臣になってほしい』という気持ちも心の隅で抱いたのです。しかし2016年の頃には正直言って、もう難しい状況でした。でも彼と『あの時、(総理大臣に)なると言ったよね』なんて話すうちに、なぜなれないのかを追い求めようと考えたのです。野党の政治家という視点はミクロかもしれない。ただ、そこから見えてくるものもあるかと」

しかし大島監督が本格的に撮影を開始した2017年、総選挙で小川議員は、ある意味で屈辱的で無残な運命にも見舞われる。このあたりは映画の中で描かれているが、信頼していた大島監督が相手だからこそ、選挙前に思わずもらした本音など貴重な瞬間が収められている。小川議員の家族が切実な思いを吐露するシーンは、大島監督も、いま思い出しただけで涙が出そうになるそうだ。

安倍政権のうちに、ぜひ観てもらいたかった

そして完成した『なぜ君は総理大臣になれないのか』は、コロナ禍で、かつてないほど政治への関心が高まってきたタイミングで公開される。大島監督にとっても、この状況は予想外だっただろう。

「ドキュメンタリーというものは、撮り始めることは簡単ですが、終わらせ方が難しい。今回は引退していない政治家ですから、なおさらです。2017年の選挙で終わらせてはあまりに救いがないので、ある程度、小川さんが現状を総括できるまで撮りたかったのと同時に、安倍政権のうちに映画を公開したいという気持ちが強かったですね。次に総選挙が起こったら、また状況が変わる可能性がありますから。2019年、小川さんが『統計王子』(※注)と世間で話題になりましたし、当初、予定されていたオリンピックの前の世間が浮かれた時期に公開したいという気持ちもありました。劇場側も、コロナが起きた今だからこそ、ぜひ公開したいと言ってくれています」

小川淳也議員の17年間を追った、大島新監督。父は、あの大島渚である。(撮影:筆者)
小川淳也議員の17年間を追った、大島新監督。父は、あの大島渚である。(撮影:筆者)

公開のタイミングはたまたまとして、もしかしたら、この作品を「現政権への批判」と思い込んでいる人もいるかもしれない。しかし作品を観れば、そこがテーマではないことが明らかであるし、大島監督も次のように力説する。

「小川さんは総務省の官僚出身で、国家の運営にリアリティをもって向き合ってきた人で、超リベラルな思想ではありません。右でもなく、左でもなく、真ん中を行きたい人。自民党のハト派にいてもおかしくない人材です。ですから、自民党支持者の人がこの映画を観て、『こういう人がいてくれたらいい』と思ってほしい。そんな気持ちもあります。

 やはり政治家には誠実さが必要です。使命感があり、無私であることが最低条件でしょう。『社会を良くしたいという思い』を建前でもいいから持ち続けてほしいのです。この映画を撮って、僕は『なぜ私たちは、君のような人を総理大臣にできないのか』という思いにもかられました。日本の選挙では世襲が有利であり、優秀な人材だとわかっていても不利になり、発言権も少なくなる。でもそれは結局、われわれ有権者に跳ね返ってくる問題なんですよ」

「君のような人を総理大臣にできないのか」と胸の内を明かす大島監督だが、小川淳也総理大臣が誕生するというのは、やはり夢の話なのだろうか。

「これは半分冗談で、半分本気で話しますが、この映画の第2弾があるとしたら、『まさか君が総理大臣になるとは』というタイトルを想像しています(笑)。万が一、それが現実になったら、もう一本、小川さんの映画を撮る意味も生まれるでしょう。その時は、友人ではなく、いちばん厳しい批判者として接し、カメラを向けたいと思います」

どんな人間が、一国のトップにふさわしいのか。この問題は、単純な回答が出せるものではないだろう。しかしこの『なぜ君は総理大臣になれないのか』を観た多くの人は、大島新監督と同じように、『なぜ君のような人を総理大臣にできないのか』と、素直に感じるのではないか。そして日本の政治の未来に、一筋の明るい光を見つけることができるかもしれない。

※)統計王子:2019年の国会の質疑で、小川が綿密な調査によって統計不正を質し、SNSでこう呼ばれて話題になった。

大島新(おおしま・あらた)

1969年神奈川県藤沢市生まれ。フジテレビ「ザ・ノンフィクション」、毎日放送「情熱大陸」など数多くのテレビドキュメンタリーを手掛ける。映画監督作品に『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』(2007)、『園子温という生きもの』(2016)。プロデュース作品に『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018)など。

画像

『なぜ君は総理大臣になれないのか』

6月13日(土)よりポレポレ東中野/ヒューマントラストシネマ有楽町でロードショー。ほか全国順次公開

製作・配給:ネツゲン

画像すべて:(c) ネツゲン

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

斉藤博昭の最近の記事