Yahoo!ニュース

メキシコシティで戦う元日本スーパーウエルター級5位

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
撮影:筆者

 リズミカルに玉葱を刻む様が、修業時代を物語っている。彼がメキシコシティに和食レストランを構えて、間もなく10年になる。

 元日本スーパーウエルター級5位の井出智広(49)が、同店をオープンしたのは2012年12月3日。ビニー・マーチン、鈴木悟、小林秀一と、日本タイトルを獲得した男たちと拳を交えたスピリットは今も健在だ。

撮影:筆者
撮影:筆者

 「高校球児だった僕が、辰吉丈一郎をテレビで目にしたことがボクシングとの出会いでした。大ファンになりましたよ」

 182センチの長身から繰り出す直球を武器に、投手として神奈川県予選を戦った井出だが、東洋大学経営学部入学後、プロボクサーを目指して輪島功一ジムに入門。1995年のデビューから、およそ6年の間に19戦した。7つの勝利のうち、6度がKOである。

 「現役時代、僕は10敗しましたが、串木野純也さんのように負けても這い上がる、敗北から学ぶ選手を目指していました。鈴木悟とは2戦して1勝1敗。共にKOで決まりました。3戦目をやりたかったですね」

撮影:筆者
撮影:筆者

 2001年4月のラストファイトの後、メキシコに渡ってトレーニングを重ねた。

 「ボクシングって、なかなか止められないじゃないですか。環境を変えたかったんです」

 2度当地を訪れ、魅力を感じた井出は、2005年4月よりメキシコシティに住み始める。日本料理屋に勤務し、店のマネージメントを任された。

 「妻の父が持っている店でした。7年後に、独立したんですよ」

 コロナ禍で厳しい局面もあるが、オフィス街(AvPresidente Masaryk 101 Local 1 Col.Chapultepec Morales C.P 11570 Del.Miguel Hidalgo CDMX)で、<IDE Gourmet Oriental>の看板を守り抜いている。

撮影:筆者
撮影:筆者

 「ボクシングと同じで、店の経営も細かいことの積み重ねが大事だと感じています。毎朝6時に起床して、市場に通う。業者に任せずに自分の目で野菜や魚を選ぶ。当たり前のことですけれどね。

 お客さんが冷蔵庫の中の魚を見て選び、『半分はちらし寿司に、半分は握りで』なんていうリクエストに応えるようにしています。そこが特徴でしょうか」

撮影:筆者
撮影:筆者

 由美子夫人と切り盛りする姿からは、とにかく井出の真面目さが伝わる。

「メキシコ国内で、基本的に日本食は高いんですが、弊店は安さに拘っています。誰もが気楽にやって来て、美味しいと言って頂ける店を目指しているんです。このあたりに住んでいる方じゃなくても、来て頂きたいと思ってやってきました」

人気メニューの「スパイシー丼」 写真:IDE Gourmet Oriental提供
人気メニューの「スパイシー丼」 写真:IDE Gourmet Oriental提供

 彼が基礎を学んだ義父の店は、コロナの影響で今年2月に閉店を余儀なくされた。

「悔しかったです。その分も頑張らねば。『クオリティーは高く、値段は安く』が僕のモットーです。長くメキシコで愛される店にしていきたいですね」

同じく人気メニューの「焼き飯」 写真:IDE Gourmet Oriental提供
同じく人気メニューの「焼き飯」 写真:IDE Gourmet Oriental提供

 今日も<IDE Gourmet Oriental>で出される皿には、プロボクサー時代と同じ井出の闘志によって盛り付けられた料理がのる。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

林壮一の最近の記事