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1年越しに中東での騎乗を果たした藤田菜七子が、初めて感じた感覚とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
サウジアラビアで4鞍に騎乗した藤田菜七子騎手

1年越しのサウジアラビア騎乗

 現地時間2月19日、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場で藤田菜七子騎手が4レースに騎乗した。同競馬場でインターナショナルジョッキーズチャレンジと題したこのイベントが大々的に行われるのは昨年に続きこれが2回目。昨年は武豊と共に招待されていた藤田だが、直前に怪我をして遠征を出来ずに終わっていた。その後、6月には前年に優勝していたスウェーデンの女性騎手招待レースが予定されていたが、そちらはおりからの新型コロナウィルス騒動で秋へ延期。結局、秋になってもコロナ騒動は収束をみなかったため中止となった。

 「海外遠征は一昨年のイギリス以来だと思います」

 藤田はそう言って目を輝かせた。現在も世界中がまだコロナ禍にある中、海外へ遠征すれば帰国後、2週間は自主隔離。当然、その間、競馬には参戦する事は出来なくなる。だから、招待を辞退しても良かったが、彼女にその選択肢はなかった。ジョッキーとして少しでもスキルをアップするために必要な経験を求め、充分な対策をとった上で、遠征に踏み切った。14日の日曜日の東京競馬が終わり次第、成田へ移動し、機上の人となった。カタールのドーハを経由し、サウジアラビア入り。PCR検査を終えてホテルにチェックインした時には出発してから丸一日が過ぎていた。水曜日には森秀行厩舎のピンクカメハメハと地元馬でコパノキッキングと同じスプリングアットラスト産駒の牡馬ライアージの調教に跨った。

 「競馬場は大きくて、これならレースも乗りやすそうです」

 1年越しで辿り着いた競馬場の印象をそう語った。

調教にも騎乗したライアージはコパノキッキングと同じスプリングアットラスト産駒だった
調教にも騎乗したライアージはコパノキッキングと同じスプリングアットラスト産駒だった

最初の2レースは出遅れるもリカバリー

 インターナショナルジョッキーズチャレンジはこの日、行われた8レースのうちの半分にあたる4レースが該当。午後4時15分にスタートを切る第3レースが最初の該当レースで、以降、第4、第6、第7レースに行われた。出場騎手は日本でもお馴染みのクリスチャン・デムーロやウィリアム・ビュイック、シェーン・フォーリーに、昨年、イギリスで大ブレイクした女性ジョッキーのホリー・ドイルら13人に加え、我らが藤田菜七子の計14名。着順に応じたポイントの合計で覇を競う。

 「競馬が甘くないのは分かっていますけど、出来たらスウェーデンの時のような好結果を残したいです」

2019年のスウェーデンでは2勝を挙げて見事にシリーズ総合優勝を決めた
2019年のスウェーデンでは2勝を挙げて見事にシリーズ総合優勝を決めた

 スウェーデンで行われた招待競走で2勝を挙げて総合優勝した藤田は、今度は中東で「勝ちたい」と力こぶ。しかし、最初のレースはいきなり騎乗予定だった馬が回避して補欠馬に変更となった。結果、この代替馬は出遅れてしまう。

 ところが禍福は糾える縄の如しである。「仕方ないのでジッとして末脚に懸けた」騎乗が奏功する。勝ち馬を捉え切る事こそ出来なかったものの大外から最も目立つ末脚で追い上げて2着に善戦。アメリカの名手マイク・スミスをして「格好良く追うじゃないか?!」と言わせてみせた。

アメリカの名手マイク・スミスは藤田の事を「格好良く追うね」と褒めた
アメリカの名手マイク・スミスは藤田の事を「格好良く追うね」と褒めた

 続く第2戦。こちらもスタートこそ今一つだったが、インの経済コースを回って最後は5着まで上がった。

 「最内枠ということもあり、馬群から出せるシーンがありませんでした」

 悔しそうにそう語ったものの、よく追い上げた事でポイントを稼ぎ、この時点でスミス、フォーリーに続く3位。次の第3戦はそれまでとは一転して好スタートを決めたが、残念ながらポイントは稼げず。それでもこの段階でまだ3位に粘っていた。

マスクをしているが、リラックスした表情である事が分かる
マスクをしているが、リラックスした表情である事が分かる

勝てない中でも初めて感じた感覚とは?

 こうして迎えた最終第4戦は戸崎圭太に、コロナ禍を意識したかと思われる控え目なグータッチで送られて、調教にも乗ったライアージに騎乗。ここもスタートを決めた。しかし、残念ながらポイント圏内とはならず、中東での初勝利は次回以降にお預けとなってしまった。

最終戦は戸崎にグータッチで送られてパドックへ向かったが……
最終戦は戸崎にグータッチで送られてパドックへ向かったが……

 4回の騎乗の負担重量は1レース目が58・5キロで、残り3鞍は全て61・5キロ。「日本から重めの鞍を用意して来ました」と語る彼女だが、さすがに毎レース、鞍を運ぶだけでもいかにも重そう。勝てなかった事により、なおさら重みを増し、疲れも倍増したのでは?と思いつつ、レース後「そんな時に申し訳ない」という気持ちで声をかけると、語り出しこそ硬い表情だったものの、意外にもすぐに表情を崩して答えた。

 「ゲートが開くタイミングが日本とは少し違うので、最初の2レースは出遅れてしまいました。でも、3レース目からしっかり対応出来て好スタートを切る事が出来ました」

「出遅れてしまいました」と語る第1戦だが見事な末脚を発揮させて2着まで追い上げた(手前青帽)
「出遅れてしまいました」と語る第1戦だが見事な末脚を発揮させて2着まで追い上げた(手前青帽)

 何事もそうだが、上達する事に特効薬はない。薬代わりのモノがあるとすれば“経験を積み、それを糧に考える”事だけだろう。彼女の言葉は正にそれを裏付けている。藤田は更に続けて言う。

 「勝ちたかったのでもちろん悔しさはあるけど、今回は楽しく乗れました!!」

 2016年にデビューすると、半年もしないうちにイギリス遠征のチャンスをもらった。希望を胸に乗り込んだ競馬発祥の地で、騎乗を予定していた馬がパドックで放馬。海外初騎乗は幻に終わった。以降、マカオやスウェーデン、改めてイギリスでも騎乗した。私も出来る限り現地へ応援に駆けつけさせてもらったが、確かに今回は最も柔らかい表情で乗っていたように感じた。

2016年、初の海外遠征となったイギリスでは終始緊張した面持ちだった
2016年、初の海外遠征となったイギリスでは終始緊張した面持ちだった

 「最初に海外で乗った頃は緊張の方が大きかったけど、たくさん経験出来て、勉強になったので、初めて楽しく乗れたと感じました」

 日本では関係者もファンも、応援する対象者に向かって「頑張って!!」と声掛けするのが常套句になっている感がある。しかし、私は藤田に対し、そう言った事はない。その時点で男しかいなかったジョッキーという世界に飛び込んで来ただけで“頑張っている”のが分かっていたからだ。だからいつも「楽しんで」とか「幸運を」と声を掛けて来た。楽しみながら乗って勝てれば、それが最高と思えるからだ。

 しかし、実際にはそれが容易でない事は分かっている。かなりの余裕とスキルがないと「レースを楽しむ」事は出来ないからだ。そんな中、目をキラキラさせて「楽しめた」と語った藤田菜七子に、また成長を見る事が出来た。3月にはJRAにもう2人の女性ジョッキーが誕生する。彼女達には“ナナコスマイル”を大きな目標とすべきランドマークとしてほしい。

イギリスのH・ドイル騎手と並び、小さくガッツポーズ。マスク越しにも爽やかなナナコスマイルがうかがえる。
イギリスのH・ドイル騎手と並び、小さくガッツポーズ。マスク越しにも爽やかなナナコスマイルがうかがえる。

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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