義務教育で性交を教えないのは「性的同意年齢13歳」と矛盾しませんか(七生養護学校事件を振り返りつつ)
東京都足立区の区立中学校で今月行われた性教育の授業について、自民党の古賀俊昭都議が、不適切な授業と問題視。近く、区教委を指導する予定という。
3月23日の朝日新聞デジタルに掲載された記事「性教育授業を都議が問題視、都教委指導へ 区教委は反論」によれば、問題視されたのは、中学の保健体育の学習指導要領には記されていない「性交」「避妊」「人工妊娠中絶」といった言葉を使った説明が行われた点。
区教委の担当者らは「10代の望まぬ妊娠や出産を防ぎ、貧困の連鎖を断ち切るためにも、授業は地域の実態に即して行われ、生徒と保護者のニーズに合ったものだ」と反論し、授業内容をブラッシュアップしつつ性交や避妊は引き続き教えていく予定という。
区教委の姿勢に賛同するとともに、古賀都議の指摘に大きな疑問を抱く。都議は、性教育をどのような授業だと考えているのだろうか。少し長くなるが、2003年に起こった都立七生養護学校事件を振り返ってみたい。
■都立七生養護学校事件とは
日本の性教育が委縮するきっかけになったと言われる都立七生養護学校事件では、古賀都議が他の2名の都議とともに行った行為が、「教育の自主性を阻害」するなどの「不当な支配」にあたると認定され、原告である教員らに賠償金を支払うよう命じられている(平成21(2009)年東京地裁、その後高裁で確定)。
事件の発端は2003年7月。定例都議会で土屋敬之民主党都議(当時)が、七生養護学校の性教育を問題視。当時の石原都知事も「あきれ果てる」と答弁し、2日後の7月4日に土屋都議、古賀都議ら6人の議員が視察を行った。
『かがやけ性教育! 最高裁も認めた「こころとからだの学習」』に、当時の視察の様子が記されている。
この視察には産経新聞記者が同行し、翌日、7月5日の産経新聞には「過激性教育 都議ら視察 「あまりに非常識」口々に非難」の見出しで写真付きの記事が載った。
記事では、性器付きの男女の人形が11体あったことや、女性人形は“子宮付き”だったこと、男性器の模型が7つあったこと、小学部の児童に男性器と女性器の名称が歌詞に盛り込まれた「からだうた」を歌わせていたことなどが、さも大問題であるかのように取り上げられている。
この後、同校の校長は教諭への降任処分を受け、翌年には希望していない10人近くを含む30人以上の教員が異動となった。また、他の盲・ろう・養護学校長37名、教員ら65人、教育庁関係者14人に戒告・厳重注意・文書訓告などの処分があった。
■2005年には国会答弁も 「教えられなくても自然に覚える」
前述した通り、その後2009年に、七生養護学校への都議らの行為は「不当な支配」にあたるとされた。しかし2003年以降、性教育へのバッシングは強まる一方だった。
2005年3月4日には、山谷えり子参議院議員が「過激な性教育」を強く問題視する国会答弁を行い、小泉純一郎首相(当時)が答えている。
山谷議員は2003年の七生養護学校事件以前の2002年にも、性教育教材の中で「避妊ピル」の記述が不適切という問題提起を行っていた。2005年4月からは、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が発足している。
■どのような理由で授業が行われていたのか
2009年に東京地裁で原告側勝訴の判決が出た後も、産経新聞は「性教育 過激な内容正すのは当然」と社説を出している。
山谷議員の国会答弁にしても、この産経新聞の社説にしても、性器のついた人形や「からだうた」の歌詞を感覚的に「問題」と決めつけるだけで、なぜ教員たちが性教育を行うに至ったのかや、実際にこの教育を児童・生徒がどう受け止めていたのかについての考察はない。
当時の教員たちの証言が載る『かがやけ性教育! 最高裁も認めた「こころとからだの学習」』によれば、七生養護学校で性教育「こころとからだの学習」が始まったきっかけは、学校・福祉園の内外で起こった性的事件だったという。
子どもたちからの聞き取りで、さまざまなかたちで性的な問題行動が起こっていることに気付いた教員たちが、「自分の体や心との向き合い方」「他人との接し方」を、わかりやすく伝えるために始めたのが「こころとからだの学習」だった。
また、同校では隣接する福祉園から通ってくる児童がいるという特徴があったという。親からの虐待など「厳しい成育歴」を持っている児童の中には不安定さを抱えている子もいたことから、学習を通じて自己肯定感を育む意図があった。こういった背景や意図が顧みられることなく、「性器のついた人形を使っている」といった部分だけに焦点が当てられ、問題だとバッシングされた。
体の仕組みをわかりやすく子どもたちに教えるために、性器のついた人形を使うことの何が問題なのか、当時の資料を読んでも全く判然としない。
バッシングの中では、体の部位の名称を教える「からだうた」の歌詞の中で「ペニス」「ワギナ」が使われていたことが大きく問題視された。歌詞でこの言葉が使われた理由は、性器の名称は隠語や方言ではなく、科学的な用語を使用すべきという観点からだった。
判決でも、「ペニス」「ワギナ」の語が不適切という根拠はないと示された。また、性交の意味を具体的に教えることや、コンドームの使用方法が学習指導要領に違反するとは言えないとも述べられている。
「性」は卑猥なもの、いやらしいものではなく、大切なこと。だから子どもたちが偏見を持つ前に正確な知識を正面から教えよう。そう心を砕いた教員たちに対し、「そんな“いやらしいこと”を教えるな」とプレッシャーをかけたのが2003年からの性教育バッシングだったのではないか。
■義務教育で性交を教えないのは「性的同意年齢13歳」と矛盾しませんか
性教育に携わる人の中では有名だが、秋田県では中高生に対する性教育講座を行うようになってから、全国平均を上回っていた人工妊娠中絶率が減少したという結果がある。
性教育に関しては「寝た子を起こすな(子どもたちの性的な好奇心をわざわざ刺激するな)」という意見が依然として見られるが、『かがやけ性教育!』の執筆者の一人の言葉を借りるのであれば、世の中にあふれる性的なフィクションや広告によって、「子どもたちは『不適切に起こされている』」状態だ。
「学ばなくても自然に覚える」わけではなく、性的なファンタジーから「外出し(膣外射精)すれば妊娠しない」「処女膜は膜(※実際は膣口にある粘膜のヒダ)」といった間違った情報を得て、そのまま成人してしまうこともある。性的なファンタジーを子どもに与えるなということではなく、性的な情報の入り口はファンタジーだけではなく、教育にも必要なはずだと考える。
また、常々不思議に思うのは、日本の刑法では「性的同意年齢」が13歳と定められているのにもかかわらず、現在の義務教育では基本的に性交を教えず、今回の都議のように性交を教えることを問題視する議員がいることだ。
「性的同意年齢」とは、性交や性的な行為の意味を理解し、性行為を行うか行わないか、自分で判断できるとされている年齢のことだ。日本ではこれが13歳に設定されており、他国と比べて「低年齢」と指摘されている。【詳細は拙稿:日本の性的同意年齢は13歳 「淫行条例があるからいい」ではない理由】
刑法では、13歳は性交の意味を理解でき、性行為の同意について責任を課される年齢と示されている一方で、義務教育で性交を教えることは「まだ早い」と言われる。これは矛盾なのではないだろうか。
私は性的同意年齢は引き上げられるべきと考えるが、引き上げが当分難しいのであればなおさら、義務教育では性行為についてきちんと教えてほしいと思う。「性」は自分の人生を生きる上で、また人とのコミュニケーションの上でも大切なものであるが、一方で性的に人を傷つけてしまうことがある。それをきちんと教えてほしい。
子どもが性的な被害に遭うことも、性的な加害を行うこともある。その現実から大人が目を背けないでもらいたい。
■「からだうた」(作詞・作曲:元七生養護学校教員)
あたま あたま あたま の下に くび があって かた がある
かた から うで ひじ また うで
てくび があって て があるよ(もうひとつ!)
むね に おっぱい おなか に おへそ
おへそ の 下に ワギナ(ペニス)だよ
せなか は みえない せなか は ひろい
こし があって おしり だよ
ふともも ひざ すね あしくび
かかと あしのうら つまさき(もうひとつ!)
おしまい!
【性教育に関する参考動画】「Consent for kids (日本語音声版)」
「君の体をどうするかは君が決める」という言葉があります。
字幕はないですが、子どもの声のナレーションがとても素敵です。