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日本の性的同意年齢は13歳 「淫行条例があるからいい」ではない理由

小川たまかライター
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 3月初旬、フランスで性行為の同意年齢を15歳に設定すると決まり、日本でも比較的大きく報じられた。一方、日本の刑法では「性的同意年齢」は13歳。これは明治時代に設定された年齢だ。国連は2008年に日本に対し、性的同意年齢の引き上げを勧告する所見を採択。性暴力の被害当事者団体や支援団体も引き上げを求めているが、昨年の性犯罪刑法改正で、引き上げは見送られた。

 性的同意年齢の引き上げを求める声に対して、児童福祉法や各自治体の淫行条例で18歳未満との性行為が処罰対象であるため、実質的には18歳未満との性行為は禁じられているという意見もある。なぜ、性的同意年齢の引き上げを求める声があるのだろうか。

■仏・11歳と性行為を行った30歳男性が「無罪」に

 フランスではこれまで性行為の同意年齢について規定がなく、報道によれば、昨年11月に11歳の少女を強姦した罪に問われた30歳の男性が強姦罪には問われず、未成年に対する性的虐待のみでの処罰となったことをきっかけに、いわゆる「性的同意年齢」の設定を求める声が上がったという。

【参考:同意年齢設定の記事】

フランス、性行為の同意年齢を15歳に設定へ(CNN.co.jp/2018年3月6日)

フランス、性行為の同意年齢を15歳に 15歳未満相手は強姦扱い(BBC/2018年3月7日)

【参考:事件について昨年の記事】

11歳少女と性交の28歳男を起訴、「合意」の有無めぐり物議 仏(AFP BBニュース/2017年9月28日)

 性的同意年齢とは、性行為の同意能力があるとみなされる年齢の下限のこと。つまり、性行為がどのような行為かを理解し、自分が性行為をしたいかしたくないかを判断できる年齢とされる。

 性的同意年齢に達しない児童と性行為を行った場合は、全て罪に問われる。性的同意年齢に達している場合は、強要があったかどうかが分かれ目となる。強要の定義は国によって異なり、日本の場合は「暴行・脅迫」があったかどうか、フランスでは日本より定義が広く、暴力や脅迫のほか、「束縛」や「不意打ち」によって性行為を行った場合も罪に問われる。

 上述した、フランスで性的同意年齢設定のきっかけとなった事件の場合、捜査当局は「男と少女の間に同意がなかったと判断する証拠は不十分」と述べ、児童保護団体が「未成年のレイプ被害者に(性行為の)同意があったか、なかったかを問うなど決してあってはならない」と声明を出していた。

※フランスの性的同意年齢や性犯罪刑法の詳細については別記事を予定。

 

■日本・13歳に課せられる「抵抗の証明」

 日本でも年齢こそ違うが、類似した裁判例がある。

(大阪地方裁判所 平成20年6月27日判決)

本件は、成人の被告人が出会って2日目の14歳の少女を姦淫した事件である。裁判所は、少女が被告人による姦淫行為に対して、「やめて」と言って被告人の肩や腕を手で押さえたり、両足に力を入れて閉じたりしており、被害少女が性交に同意していなかったことを認めながらも、暴行の程度は反抗を著しく困難にする程度のものとは認められないとし、また、被告人に被害少女が受け入れていたとの誤信もありえたとして、無罪とした。

出典:「性暴力と刑事司法」

 日本の性的同意年齢は13歳であるため、13歳以上の場合、被害者が「暴行・脅迫があったこと」や「どの程度抵抗したか」を説明しなければならない。被害者にとって、この立証のハードルが非常に高いと指摘されている。

『性暴力と刑事司法』(2014年)
『性暴力と刑事司法』(2014年)

■「淫行条例があるからいい」は加害者目線では

 一方、淫行条例(もしくは児童福祉法)で裁かれるのは、「18歳未満との性行為」だ。加害側にしてみれば、刑法の強制性交等罪(旧・強姦罪)であっても淫行条例違反であっても「性行為が裁かれる」ことに変わりはないかもしれないが、被害者にとってはそうではない。

 上述したケースの場合、恐らく「成人の被告人」は淫行条例違反では罪に問われている。しかしそれは、「18歳未満との性行為」が裁かれただけであり、「強姦」ではない。被害者にとって「暴行・脅迫」を証明できなかった場合は淫行条例違反でしか裁かれないことになり、その場合、自分が「同意の性交をした」ことになってしまう。

 また、淫行条例違反の罰則は、ほとんどの都道府県が「2年以下の懲役または100万円以下の罰金」もしくは「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」と規定している。強制性交等罪(懲役5年以上)と比べるともちろん軽く、被害者視点からしてみれば、「性的同意年齢が13歳であっても、淫行条例違反があるからいい」とは言い難いだろう。

 繰り返しになるが問題は、13歳になると、被害者は成人の場合と同様に「暴行・脅迫があったか」「どの程度抵抗したのか」を説明する責任を持たされる点だ。12歳と13歳では、性被害に遭ったときの法的な扱われ方が違う。子どものいる多くの家庭で、この事実は知られているのだろうか。

■「暴行・脅迫の認定が問題の原因」

 性的同意年齢引き上げの議論は、「暴行・脅迫要件」と切り離せない問題だ。

 性犯罪被害を含めた犯罪被害者支援に詳しい上谷さくら弁護士は、こう指摘する。

「これは若年者だけの問題ではなく被害者が18歳以上でも同様ですが、やはり裁判所の暴行・脅迫の認定が問題の原因のように思います。

特に14歳、15歳であれば、性交の意味や起こりうるリスクを正しく理解していなかったり、恐怖や驚愕で体が固まって何もできなかった、という程度は非常に著しいだろうと思います。現在でも、暴行・脅迫や抗拒不能については、裁判所は被害者の年齢や加害者との関係性も吟味して事実認定していますが、そこの認定が不適切だと、被害者は全く救われないことになります」(上谷弁護士)

昨年の刑法改正前に制作された「ここがヘンだよ日本の刑法(性犯罪)」(性暴力と刑法を考える当事者の会)より
昨年の刑法改正前に制作された「ここがヘンだよ日本の刑法(性犯罪)」(性暴力と刑法を考える当事者の会)より

 

■運用による対処は被害者の負担を増やす

 しかし、年齢の規定はそのままで運用によって対処すればよいのかと言えば、そうではないという。

「年齢は現状のまま、事案に応じて正しく処罰できればいいではないかということになると、被害実態を被害者から根掘り葉掘り聞かなければならず、被害者の負担が大きいという問題は残ったままになります」(上谷弁護士)

 現状でさえ、取り調べの際の「二次被害」は大きな問題となっている。

「特に子どもが被害者の場合、司法面接の徹底や、そこでの録画DVDをどのように裁判で使えるようにするのかなどの問題をクリアしなければなりません」(上谷弁護士)

■性犯罪は身体の侵害? 性的自由の侵害?

 一方で、年齢引き上げの議論に慎重にならざるを得ない理由について、上谷弁護士はこう説明する。

「刑法の強制性交等罪(旧・強姦罪)については、保護法益が性的自由となっており(※)、この観点から、若者同士の性的自由を全面的に制限していいのか?という議論が必ず出てきます。

 性交だけではなくて、わいせつ行為も同様に考えるので、(たとえば性的同意年齢が16歳に引き上げられた場合)14歳と15歳のカップルがキスしたことについて、二人とも被害者と加害者の立場を併せ持つというのは、いかにも不自然かと思います」(上谷弁護士)

(※)性犯罪の保護法益は、「性的自由」であり、強制性交等罪や強制わいせつ罪は「性的自由に対する罪」と定められている。傷害罪や暴行罪と同じく「身体に対する罪」と規定し直すべきではないかという議論があり、昨年の刑法改正でも「刑法における性犯罪に関する条文の位置について」が検討されたが、この項目の改正は見送られた。

■児童福祉法でカバーされる範囲は?

「刑法での年齢引き上げが難しいということを前提とすると、児童福祉法の罰則を引き上げるか、強制性交等罪と並行的に考えて、量刑基準を上げていくか、ということが現実的かもしれません」(上谷弁護士)

 児童福祉法の罰則は10年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金となっており、現状でも「軽いとは言えない」と言う識者もいる。ただ、改正後に強制性交等罪(旧・強姦罪)の下限は3年から5年に引き上げられており、上谷弁護士の言うとおり年齢引き上げが難しいのであれば、児童福祉法の罰則引き上げが検討されるべきなのかもしれない。

 しかし一方で気になるのは、児童福祉法で裁かれるのは「児童に淫行をさせる行為」であり、強姦の加害者が裁かれるケースにおいては加害者が児童の意思決定に影響を与える立場(教師など)である場合以外では適用されづらい可能性があることだ。取材でも、被害者が「強姦」を訴えた事件が淫行条例の罰金刑のみだったケースを目の当たりにしたことがある。

 13歳から17歳までが性被害に遭ったと訴えたケースにおいて、刑法、淫行条例、児童福祉法が現状でどのように適用されているかを細かく見ていく必要がある。

性暴力と刑法を考える当事者の会が作成した「ここがヘンだよ日本の刑法(性犯罪)」
性暴力と刑法を考える当事者の会が作成した「ここがヘンだよ日本の刑法(性犯罪)」

■13歳でいいのか 広く議論を

 昨年の性犯罪に関する刑法改正では、性交同意年齢を引き上げるべきと主張する人の中でも、何歳まで引き上げるべきかについて議論が分かれたことも、引き上げが行われなかった理由の一つと考えられているという。

 現行刑法で性的同意年齢が13歳(※)に設定されている理由は、一説には「13歳になれば初潮が来ていると考えられていたからでは」と言われる。引き上げについては根拠が必要とされ、「14歳(刑法によって責任能力があると認められている年齢)」「16歳(女性の婚姻可能年齢)」など複数の案が出ている。

 いずれにしても、日本では「性的同意年齢」が13歳に設定されていることとその意味について、一般に広く理解されているとは言い難い。

 たとえばドイツでは14歳から18歳まで段階的に規定が設けられている。また、性的同意年齢が16歳のスイスでは16歳以上18歳未満の場合には「依存関係の悪用」があったと判断された場合も処罰対処となる。

 さまざまな観点から議論を深めるためにも、まずは「日本の性的同意年齢は13歳」であること、被害者視点においては「淫行条例や児童福祉法があるからいい」わけではない現状のあることが、広く知られればと感じている。

(※)旧刑法では12歳、明治39(1906)年に13歳に引き上げられた。この際の記録には「12歳を13歳と改めましたのはなるべく淫猥の所為に染まらせないという希望と、一つは生理上、12歳以上というよりも13歳以上という方が適当であろう」とある。また、昭和36(1961)年の「改正刑法準備草案」、昭和49(1974)年の「改正刑法草案」では、「刑事責任年齢との調和と図るのが望ましい」「諸外国の立法例においても、14歳ないし16歳未満の者を特別に保護しているものが多い」ことを理由に14歳への引き上げが検討されている。参考資料:いわゆる性交同意年齢に関する議論の経緯等 (法務省サイトより)

【参考動画】「君の体をどうするかは君が決める」 同意とは何かを子どもに教える「Consent for kids (日本語音声)」

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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