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マンション上階の住人が深夜に工具で作業を! 怒り心頭のあなた、それ違うかもしれませんよ

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:イメージマート)

夜中に騒音を出す作業をするな! と怒鳴り込まれた家族

 最近、よく似た相談を幾つか受けました。一つは、苦情を受けている側からの相談でした。4人家族でマンションに暮らす主婦の方からの相談でしたが、下階住人からの執拗な騒音苦情に3年間も苦しめられているという話でした。下階の苦情者の主張は、夜中の2時、3時頃に80~90デシベル(筆者注:これは実際には考えられません。測定ミスと考えられます)の騒音が発生し、その騒音源は上階住人の主婦のところであると特定しているということでした。電動工具などを使っている音であり、重低音のブーンという音が聞こえ、最近では一日中聞こえる時もあるとの主張で、直接苦情を言いに押しかけられたり、管理組合の総会の場で非難されたり、マンション内に主婦家族を糾弾する多数の貼り紙をされたりしており、精神的にまいっているという状況でした。

 主婦はこれらの苦情に一切身に覚えがなかったので、作業などしていないと説明しても、相手は言い逃れの嘘をついていると確信しており、騒音の測定も行っているので記録もある、裁判をして徹底的に闘うと宣言されたとのことでした。建物はかなり古く、築47年の7階建てマンションで、主婦の住戸はその5階に位置していました。苦情者はその直下に住む60代後半の夫婦でしたが、夫婦ともに騒音を聞いており、騒音の記録もあるということですから、何かしらの音が発生していたのは間違いないでしょう。

 これとは別の事例でも、下の階から真夜中に電動ドリルを使って作業をするなと怒鳴り込まれたという事例がありました。苦情を言われた側は、そんなことはしていないと全否定したのですが、それが相手を刺激してトラブルが急激にエスカレートし、その後、いきなり裁判所から損害賠償を求めた訴状が届き、困惑しているというものでした。証拠として、騒音の発生時刻を詳細に記録した書類と、その時の騒音レベルを表示した騒音計を写した大量の写真記録も添えられていたということです。

深夜、早朝の作業騒音に悩まされ続けた夫婦

 騒音を聞かされた側からの相談もあります。築29年のマンションの8階に竣工時から住んでいるという60歳代のご夫婦ですが、早朝6時前後から響く上階からの作業音に2年以上も悩まされ続けているという状況であり、騒音はドリルでの作業音や物を叩く音などということでした。深夜に音が発生することもあり、睡眠にも影響が出て健康も害しているということでした。しかし、上階の住人は、そんなことはしていないの一点張りであり、決して認めようとしないので困っているが、解決のためにはどうしたらよいかという相談でした。既に4点セット(既往記事参照)を実施済みのようであり、上階の住人には数十通の手紙を投函しましたが改善せず、管理組合はとりあってくれず、弁護士会が主宰する調停センターや簡易裁判所の民事調停へも申立てをしましたが、相手は出席拒否と完全否定で不調に終わったということです。多分、役所の市民相談課や警察にも相談していることでしょう。調停の際には、騒音の計測データーを証拠書類として提出しましたが、裁判所には状況の酷さを分かってもらえなかったと残念がっていました。

これらの騒音トラブルの共通点とは

 これらの騒音トラブルの状況には3つの共通点があります。1つ目は、騒音の種類が、ドリルなどの工具を使っている時のような低音の音だということです。そして2つ目は、騒音の発生が深夜だったり早朝だったりすることであり、3つ目は、騒音源と思われる住人側は、騒音の発生するような工具を使った作業などは一切行っていないと否定していることです。ただし、これについては、虚偽の発言をしている可能性はゼロではないため確定的ではないものの、深夜、早朝に作業をしなければならない必然性は小さいため、多分、真実ではないかと考えられます。しかし、苦情者の部屋では確かに騒音が発生し聞こえているらしく、苦情者は何れも騒音の記録をとっています。正確さには疑問が残りますが、これらが全くの偽造とは考えられません。

 このような状況を苦情者側から考えれば、導き出される結論は一つです。それは相手に悪意があり、わざと騒音を発生させているというものです。音を出していながら、全くそんなことはやっていないとしらばっくれるのは、嫌がらせでやっている証拠だと感じてしまいます。そのため、相手に対する敵意がふくらみ、トラブルがエスカレートしてゆくのです。実際に音は発生し、それは上の階から響いてくるのですから、そう考えても仕方のない点はあります。ただし、室内での音の方向感覚は殆どあてにならない事は理解しておく必要があります。下の階から伝わってくる音を上の階からの音と誤解した例さえあり、上の階が音源だと確信すると、あたかも上から聞こえてくるように錯覚してしまうのが人間の耳の聴感だと思って下さい。

 最初に示した3件の事例は、このようにして騒音問題から騒音トラブルにエスカレートしていったと思われますが、実は、騒音トラブル状況の3つの共通点を満たす答えは、他にもあるのです。それは、人間とは全く関係のない物理現象です。

揚水ポンプの圧力脈動による固体音

 マンションの給水システムには幾つか種類がありますが、最も一般的なのが高架水槽方式(高置タンク方式と呼ばれることもあります)です。下図にそのシステムを示しましたが、マンションの屋上に設置された給水用の水槽(高架水槽、または高置タンクと呼ばれる)から、各階住戸に重力で給水する方式です。この方式はシステムが簡単であり、停電の場合でもある程度は給水ができるという特徴があり、殆どのマンションで使われている方式です。

(高架水槽方式による給水システム(井戸ポンプドットコムのホームページより引用))
(高架水槽方式による給水システム(井戸ポンプドットコムのホームページより引用))

 この高架水槽方式では、高架水槽の水が少なくなると水を補充しなくてはいけませんから、そのために使われるのが揚水ポンプです。揚水ポンプは1階か地下にあるポンプ室に設置されており、高架水槽の水が少なくなると稼働を始めて、水を高架水槽まで送り上げます。したがって、ポンプの稼働は不定期であり、深夜、早朝でも稼働をする場合もあります。

 この揚水ポンプには何枚かの羽根がついており、その羽が回転して水を送り出しますが、水の流れが定常的に移動していれば問題ないのですが、回転体であるために羽根が水を送り出すたびに脈動が生じます。これが揚水ポンプの圧力脈動といわれるものです。

 この圧力脈動にはポンプの回転数と羽根枚数で決まる特定の周波数があり、脈動周波数といいます。例えば、ポンプの回転数が1440回転/分(1秒間で1440/60回転)で、羽根枚数が6枚の場合には

     (1440/60)×6=144

となり、144Hzの脈動周波数となります。一般的に、圧力脈動の周波数は125Hzから250Hzの帯域であり、圧力脈動は低周波数の帯域で発生します。

 この水流による圧力脈動は、当然、揚水配管を振動させることになりますが、脈動周波数が配管系統の固定条件などにより決まる配管の固有振動数などと一致すると、配管が大きく振動することになります。その振動が配管の支持部や建物床の貫通部などからコンクリート躯体に伝わると固体音となって室内に騒音が響くことになります。その音は、ドリルを使っているような低周波数の騒音であり、揚水ポンプのオン・オフに応じて時間に関係なく発生します。

 この圧力脈動により発生する固体音の大きな特徴は、どこで発生するか分からないことです。上記のような固有振動数の条件が成立する場所で発生しますが、それが何処かは分からないということです。筆者が実際に調査した事例では、ポンプ室は1階にありましたが、圧力脈動による固体音は5階住戸で発生していました。注目すべきは、その他の階、1階~4階のどの住戸でも固体音は発生していなかったということです。その他の事例を調べると9階で発生していた事例や17階で発生していた事例もありました。今まで騒音の発生がなかったのに、ポンプの老朽化や配管支持部の変化などにより、ある時から騒音が発生してくるという場合もあります。

 このような状況では、ポンプが原因の騒音だとは通常の人は想像できないでしょうが、原因を確定する方法があります。それは、発生している騒音のスペクトル分析(FFT分析)です。スペクトル分析とは、騒音の周波数成分を詳細に分析する方法であり、今ではスマホのアプリもでています。発生している騒音をスペクトル分析すると圧力脈動の場合には明確なピークがみられます。このピークの周波数が仮に144Hzだったとして、それがポンプの回転数と羽根枚数から求めた脈動周波数(上記計算式)と一致した場合には、圧力脈動による騒音と断定できます。なお、ポンプの回転数などはポンプのラベルに記載されていますので、直ぐに分かります。

 対策は簡単です。揚水ポンプの吐出側の配管にパイプサイレンサーというものを取り付ければよいだけです。これにより圧力脈動が押さえられ、10~20デシベル程度の騒音の低減効果がありますので、問題はほぼ解決します。

物理的な問題を人間の問題と誤解すると悲惨なトラブルに

 このように揚水ポンプの圧力脈動による固体音も、上記で示した3つの共通点を満たしています。すなわち、発生するのはドリルで作業をしているような低音域の騒音であること、深夜や早朝の時間帯にも発生すること、上階居住者は嘘ではなく騒音を発生させていないことです。

 最初に示した3件の相談事例では、筆者は実際に測定を行っていないので、真偽の程は分かりません。しかし仮に、トラブルの原因が揚水ポンプによる圧力脈動だった場合、騒音をめぐる激しい争いや、騒音の記録を取るための涙ぐましい努力、訴訟を提起するための様々な準備など、どれもこれも全く意味のないことに労力と神経を使い果たしていることになります。最悪の場合、この騒音を巡って殺傷事件などが発生したとすれば、これはもう目も当てられない悲惨な状況といえるでしょう。

 筆者は常々、騒音トラブルというのは、騒音の問題ではなく、人間の問題であると言ってきましたが、純粋に物理的な騒音の問題の場合もあるのです。それを人間の問題と感じてしまうのは、相手に対する無意識の敵意があるからです。

 最初に示した3件の騒音トラブルと同様な事例は他にも多くあるのではないかと思い、ここで詳細な解説を行いましたが、くれぐれも人間を敵視する立場で物事を考えるのは自重して下さい。マンション居住者はもちろん、管理組合の役員の方々は特に、今回の解説をしっかりと頭に入れて、冷静に騒音問題に対処して頂きたいと思います。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。我が国での近隣トラブル解決センター設立を目指して活動中。

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