韓国でのマンション騒音トラブルは悪化の一途、大胆な社会的防止対策が功を奏すか、瀬戸際の状況が続く

なぜ韓国の騒音トラブルの話か、それは我が国より遥かに悪い騒音トラブル状況の中で、社会的にどのような対応がなされているのかを確認し、それを将来的な情報として参考にするためである。
韓国は国土面積が小さく人口密度も高いことから、ソウル市に代表されるような高密度の都市計画政策が推し進められ、多くの人が集合住宅に居住している。集合住宅に居住する世帯の割合は、日本の場合は40%程度であるが、韓国全体では65%になり、大都市では80%を超えているといわれている。そんなお国柄で深刻な社会問題となっているのが、マンションでの騒音問題、特に上階から響く足音などの問題、いわゆる床衝撃音問題である。状況は悪化の一途を辿り、今では国を挙げて対策に取り組む社会的重要課題にまでなっている。様々な取り組みがなされているが、それらが功を奏すことになるのか、今回はその内容について解説を行う。なお韓国では、床衝撃音を層間騒音とか、上下階間騒音、あるいは床間騒音などと呼んでいるが、床衝撃音の呼称も一部では使われているので、我が国同様にここでは名称を床衝撃音に統一して記述する。
凶悪事件が5年で10倍に増加
なぜ、マンションでの騒音問題が韓国では社会問題となっているのか、それは騒音トラブルが凶悪犯罪の発生原因になっているからである。朝鮮日報によれば、床衝撃音が原因となった殺人や暴力事件、放火などの凶悪犯罪が、2016年から2021年の5年間で10倍に増えたと報告されている。
韓国環境公社が主管する「近隣センター」には、2020年からの3年間で約2万8千件の床衝撃音に関する苦情相談が寄せられ、警察にも毎日100件以上のマンション騒音に関する苦情が寄せられているが、その90%以上が繰り返しの苦情だといわれている。このような繰り返しが数か月に亘って続き、その挙句に悲惨な殺傷事件に繋がるという状況である。幾つか具体例を紹介しよう。
ソウル市道峰区のマンションで、下階の住人が以前に上階に住んでいた男性と騒音問題で口論となり、男性を刺殺した。刺された男性は、下階の住人とトラブルになったため、2年前に妻や子どもを連れて別の住戸に引っ越していたが、当日は亡くなった父親の祭祀のために元の家に住む母親を訪ねた所、下階の住人と鉢合わせとなり事件に発展したものだった。(2014年5月)
ソウル市銅雀区で、自治会の集まりで口論となり、2階住人が1階住人である男性と母親を刃物で刺し、母親は重体、男性は死亡した。刺した男は1年半前に被害者の上階に引っ越してきたが、それ以来、下の階の住人と騒音問題でトラブルとなり、当日も、日頃から音がうるさいと抗議され、とっさに刃物を手にして凶行に及んだとのことだった。(2015年6月)
京畿道河南市のマンションで、20階に住む男性が上階に住む夫婦を刃物で刺して逃走、妻は死亡、夫も重症を負った。刺した男は10年近くマンションに居住していたが、一年程前に被害者夫婦が入居し、それ以来、孫たちが訪ねて来て騒がしいと度々抗議し、1か月前にも騒音を巡って激しい口論があったとのことだった。(2016年7月)
このほかにも多くの殺傷事件が報道されているが、これらの事件の中でも、特に社会に強い衝撃を与え、この床衝撃音問題に対する社会的対応の必要性を広く認識させる一つの切っ掛けとなった事件がある。麗水(ヨス)市で発生した殺傷事件である。
床衝撃音トラブルが生んだ凄惨な事件
2021年9月27日、韓国・全羅南道の東部にある麗水市のマンションで、深夜0時過ぎ、騒音トラブルによる殺傷事件が発生した。犯人は被害者の下の階に住む34歳の男で、上階に住む6人家族の部屋に押しかけ、夜遅いのに足音が響くと苦情を言い、いきなり隠し持っていた登山ナイフで家族に襲い掛かった。男は応対に出た40代の娘夫婦2人をナイフで刺し殺し、その両親(60代)にも襲い掛かり2人に重傷を負わせた。娘夫婦には10代の2人の娘もいたが、騒ぎに気が付き寝ていた部屋に鍵をかけて難を逃れたという。報道によれば、容疑者は5年前から上階の住人と騒音を巡ってトラブルになっており、事件の2週間前にも上階からの騒音がうるさいと警察に通報していたとのことである。

犯人は1人暮らしで引きこもり状態だったが、頻繁に上階を訪れて苦情を言っていたという。上階が6人暮らしの家族だったことから、足音などの騒音は確かに発生していたと考えられるが、その苦情は執拗で、40代の娘夫婦は知人に対し、犯人からの抗議が本当につらい、敏感すぎると嘆いていたという。犯人は3か月前に凶器を購入しており、犯行時は、ドアを叩いて苦情を言った後にいきなり襲い掛かっていることや、飲酒や薬物使用などはない状態だったことから、予め準備をした計画的な犯行であると断定された。
最悪は6人の死傷者が出たかもしれない騒音トラブルであったことから、この事件の社会的な反応は大きかった。SNSでは「騒音トラブルを経験した人にはよく理解できる悲劇だ」、「殺人はいけないことだが、騒音被害に遭ってみるとそのつらさがよく分かる」など騒音トラブルに関する意見の他、「ここまで来ると、政府レベルの対策が必要ではないか」などの声も寄せられ(「レコードチャイナ」より)、この騒音問題に対する社会的対応の必要性を感じる国民意識が一気に高まった。
韓国における床衝撃音問題に対する社会的対応の変遷
韓国において、集合住宅での床衝撃音問題は、隣人同士の紛争の最大の原因となっている。そのため、「集合住宅の上階騒音解消」は、「土地住宅公社革新」や「鉄道地下化」などと並んで韓国・国土交通部(省に相当)の4大重点課題の一つにもなっている。韓国ではそれほど深刻な問題と認識されており、これに対しなされた社会的対応、主に建築関連の内容と変遷を見てゆこう。
なお、韓国の床衝撃音問題では我が国と大きく異なる点があり注意が必要である。韓国では集合住宅に居住する世帯の比率が高いことは既に述べたが、それ以外に、集合住宅の建物構造に関しても違いがある。我が国では、殆どの集合住宅はRCラーメン構造、すなわち、鉄筋コンクリートの柱や梁で建物を支える頑丈な構造であるが、大きな地震のない韓国では、殆どの集合住宅は壁式構造で建てられており、一説によれば85%に上ると言われている。壁式構造は柱や梁がなく、壁で建物を支えるシンプルな構造であり、建設費は抑えられる。しかし床衝撃音に関しては、壁式構造はRCラーメン構造に較べて不利な構造であることは留意を要する。
床衝撃音に関する社会的対応の変化は以下の通りであり、時代とともに対応の厳しさが急速に進んでいくことになるが、これらの変化を時系列で示す。なお、参考までに和暦の年代も併記した。
1991年(平成3年) 床衝撃音に関する大統領令の発令
「住宅建設基準に関する大統領令」が発令され「集合住宅の床は各層間の床衝撃音を十分遮断できる構造にしなければならない」と規定された。しかし、具体的な数値基準や規制内容はまだ示されてはいなかった。
2004年(平成16年) コンクリート床スラブの厚さ基準の公表
住宅建設基準により、共同住宅のコンクリート床スラブの厚さを壁式構造は180mm以上、RCラーメン構造では120mm以上を標準とすることが規定された。
2005年(平成17年) 騒音被害の認定基準制定、床衝撃音の性能基準制定、スラブ厚さ基準の引き上げを発表
床衝撃音に関する本格的な基準が導入され、各項目の具体的な数値が明示された。
1) まず、上階からの騒音被害を認定する基準(後に改正)が示され、5分間の等価騒音レベルで、昼(6:00~22:00)は55dB、夜(22:00~6:00)は45dBとされた。
2) また、床衝撃音の性能基準(後に改正)を新たに設け、レベル1~レベル4までの値を下表の通りとした。

ここで示されている数値は、騒音レベルではなく、韓国基準で決められている床衝撃音の評価方法により算出される数値であり、その評価方法は日本の場合のL値などとは異なる独特のものである。逆A曲線を用いる方法であり、詳細は、韓国基準KSF2863-1およびKSF2863-2に示されている。
なお、この性能基準は3dB~5dBピッチが入り混じっていて根拠がないとして、2022年に改正される。
3) スラブ厚さの基準も引き上げられ、壁式構造は210mm以上、RCラーメン構造では150mm以上とすることが規定された。
2013年(平成25年) 騒音被害の認定基準の改正
8年ぶりに上階からの騒音被害の認定基準が改正された。これまでは5分間の基準だけだったが、上階からの直接衝撃音(固体伝搬音)と空気伝搬音の区別毎に基準値が示され、直接衝撃音に関しては、新たに1分間の基準が追加され、その値は等価騒音レベルで昼は43dB、夜38dBとされた(後の2023年に改正)。また、最大値の基準も導入され、昼は57dB、夜5dBとされた。
2022年(令和4年) 床衝撃音性能の事後点検制度の導入、床衝撃音性能基準値の改正
1) 大変に大きな制度改革が行われた。それは床衝撃音性能の事後点検制度の導入であり、事業者が建物完成後、建物の使用承認を受ける前に床衝撃音性能を確認し、その検査結果を検査機関に提出するよう義務付けられたのである。基準を満たさない場合は、補修工事を行うよう指導が行われるが、業者へのペナルティーというものはなかった。しかし、それまでは努力義務だったものが、性能の検査を義務付けたのであるから、これは大きな変化といえる。
2) 併せて、床衝撃音性能基準の値も下記の通り改正された。ここでは軽量床衝撃音も重量床衝撃音も同じ数値となっており、各レベルの段階も全て4dB刻みに変更された。これは聴感との対応を良くしたものであるとされている。
ここで示されるように、床衝撃音性能の最低値はレベル4の49dBとなり、これは日本式のL値に直せば、周波数特性により異なるが、概ねLH-50~55の値となる。日本の場合の重量床衝撃音の最低値はLH-60であるから、この値はかなり厳しいものであることが分かる。

2023年(令和5年) 騒音被害認定基準の1分間の値を改正
騒音被害の認定基準のうち1分間の基準値が厳格化され、昼、夜ともに4dB強化された。その他の数値と併せて整理すると、現時点での認定基準値は以下の表の通りとなる。なお、騒音被害の申請をするためには、自治体に騒音計の貸し出し制度があるため、それを用いて測定を行うことが必要である。

2024年(令和6年) 住宅建設基準の改正(性能不十分の建物は入居不可に!)
2024年7月17日、床衝撃音に関する大変大きな制度改革が行われ、新たな住宅建設基準が施行された。その内容は、事業者の責任を強化するものであり、床構造に関して次の条件を満たさなければ、自治体の完工承認を与えないというものである。すなわち、性能が悪い建物は、完成しても入居させないというものである。
床構造に関する条件とは以下の2つである。
『第14条の2(床構造)[要約]
共同住宅の世帯内の層間床は、次の各号の基準を全て満たさなければならない。
1.コンクリートスラブの厚さ[注:壁式構造]は210ミリメートル(ラーメン構造の共同住宅は150ミリメートル)以上とすること。
2.床衝撃音遮断性能は、軽量床衝撃音および重量床衝撃音がそれぞれ49デシベル以下の性能を備えた構造であること。』
1番目は以前からある条件であるため特に問題はないと考えられるが、問題なのは2番目である。建物が完成した後、床衝撃音の測定を行い、もしその性能が49dBを超えていたら、入居させないという法律である。49dBというのは、もちろん床衝撃音性能基準の最低値である。自治体の完工承認が得られず入居できない場合は、その遅延損害金や賠償金は事業者に負担義務が発生する。これは事業者にとって大変な脅威である。もし性能不十分の場合は、対策を行って基準を満たさないといけないため、様々な床衝撃音低減工法の開発が行われているということであるが、重量床衝撃音に関しては完成後の対策はなかなか困難であり、今後、どのような状況になるのか不明な点も多い。
我が国では、建築設計での正確な性能確保体制をつくることが重要
韓国における床衝撃音に対する社会的な対応の変遷を示したが、近年になって急速に対応の厳格化が進んでいる。それだけ、騒音トラブルの状況が悪化し、危機意識が強くなっていることを示しているが、社会的な対応はもちろん建築的な内容ばかりではない。騒音トラブルに対する相談体制の整備や社会的な啓蒙活動も積極的に行われている。しかし、それだけでは限界があるとの判断で、根本的対策として、床衝撃音に関する建物性能の向上を確実化させる政策に舵を切ったといえる。
我が国の集合住宅の床衝撃音性能に関しては、既往記事「新築なのになんでこんなに煩いんだ! マンション上階問題の恐るべき現実、その責任は一体誰にあるのか」で示したように、重量床衝撃音遮断性能がLH-50以下を満足しているのは1/3程度しかない。もし、我が国でも韓国同様の厳しい建設基準が導入されたら、社会的な大パニックとなることは必定であるが、将来的には可能性が全くない訳ではない。大事なことは、韓国社会での床衝撃音問題を他山の石として、建築設計において十分な床衝撃音遮断性能を確保できる体制を作ってゆくことである。関連する建築技術者がこの社会的責務をしっかりと果たしてくれることを祈念している。
最後に、これからも韓国の騒音トラブル事情にコミットしてゆくつもりだが、何分、不慣れなハングル語を通しての情報収集となるため、多少、不正確な点や間違いがあるかも知れない。この点はご容赦頂くとともに、もし、韓国の建築事情や床衝撃音事情に詳しい人がいれば、是非、ご協力をお願いしたい。弊所(騒音問題総合研究所)のメールアドレスは以下の通りである。
noiselabo@snow.plala.or.jp