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新型コロナにまつわるBCG、降圧薬、イブプロフェンのその後

忽那賢志感染症専門医
テルミサルタン(筆者撮影&筆者内服中)

新型コロナに関しては、いろんな治療や予防が効果があるのではないかと言われたり、ある薬を飲んでいたら危険ではないかと言われていたり、様々な噂が飛び交っています。

これらのうち、BCGや降圧薬など医学的なエビデンスが出てきたものがありますのでご紹介します

BCGワクチンと新型コロナ

BCG接種用の管針(写真はWikipediaより)
BCG接種用の管針(写真はWikipediaより)

4月4日の記事「BCGワクチンが新型コロナに有効」は本当か?で「BCGが新型コロナに有効説」について、その妥当性や注意点についてご紹介しました。

発端は、medRxivという査読前の論文を掲載するサイトに、BCGワクチンを定期接種にしている国と、新型コロナの症例数と死亡数が少ない国との間に相関関係が見られる、という論文が掲載されたことによります。

BCGワクチン定期接種と各国の感染者数(@AkshatRathi 氏の投稿より)
BCGワクチン定期接種と各国の感染者数(@AkshatRathi 氏の投稿より)

BCGワクチンを定期接種にしている国(日本、中国、韓国、香港、シンガポールなど)は感染者が少なく、接種をしていない国(イタリア、スペイン、アメリカ、フランス、イギリス)では感染者が多い、というものであり確かに相関関係がありそうに見えていました。

実際にオーストラリアなど複数の国でBCGワクチンによる新型コロナ予防効果をみる臨床研究を開始されていました。

しかし、先日英文誌JAMAに掲載された論文でこの論争について有力な根拠が示されました。

SARS-CoV-2 Rates in BCG-Vaccinated and Unvaccinated Young Adults

イスラエルでBCGを接種した世代と、接種していない世代、それぞれ約30万人を比較したところ、新型コロナに罹った人、重症化した人に差はなかった、というものです。

現時点では残念ながらBCG接種による新型コロナの予防効果に関する明確な根拠はありません。

一時期、大人がBCGワクチン接種のために病院に駆け込んで、本来BCGワクチンを接種すべき子どもたちのBCGワクチンが足りなくなるという由々しき事態が発生していましたが、予防効果を期待して成人が接種することは控えましょう。

降圧薬と新型コロナ

テルミサルタン(筆者撮影&筆者内服中)
テルミサルタン(筆者撮影&筆者内服中)

降圧薬についても新型コロナとの関連について激論が交わされていました。

筆者も高血圧患者を勝手に代表して、3/20の記事で以下のように紹介していました。

この時期は「ちょっと社会派な感染症医」を目指していたので、なんかタイトルがそれっぽい感じです。

新型コロナと降圧薬に関する「患者不在」の議論

もともと、中国の新型コロナ患者約45000人のデータでは高血圧のある患者は致死率が6%と高いことが知られていました。

基礎疾患ごとの新型コロナ患者の死亡率(doi:10.1001/jama.2020.2648より)
基礎疾患ごとの新型コロナ患者の死亡率(doi:10.1001/jama.2020.2648より)

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は肺や腎臓などの上皮細胞に発現しているアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を介して標的細胞に結合し侵入することが分かっています。

血圧を上げたり下げたりするのは、レニン-アンギオテンシン系と呼ばれる体内のシステムです。

このレニン-アンギオテンシン系を調整し血圧を下げる作用を持つのが、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)、アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB)と呼ばれる薬剤です。

これらの薬剤を内服している人ではACE2の発現が体内で増加することから重症化しやすいのではないかという議論が行われていました。

一方で、新型コロナ患者にロサルタンなどのARBを慢性的に内服している患者では、むしろ急性肺障害から保護する可能性があるとする論説も出ており。

これらは全く逆のことを言っていますが、共通していたのはお互いに仮説を述べているだけであり、実際の患者データに基づいたものではなかった、ということです。

そこについに実際の患者データによる検証が行われました。

新型コロナが重症化しやすい要因(DOI: 10.1056/NEJMoa2007621より) --●--が右にあるほど重症化リスク
新型コロナが重症化しやすい要因(DOI: 10.1056/NEJMoa2007621より) --●--が右にあるほど重症化リスク

こちらのNEJMという英文誌からの報告では、新型コロナで亡くなった方と生存した方を比較検討していますが、ACEI、ARBともに重症化リスクにはなりませんでした。

また別のLancetという英文誌では、新型コロナの患者と新型コロナではない患者とを比較したところ、ACEIまたはARBの内服は入院のリスクを増やさないことも分かりました。

というわけで、ACEI(レニベース、カプトリル、タナトリル、コバシルなど)またはARB(ニューロタン、ブロプレス、ディオバン、ミカルディスなど)を内服されている方は、そのまま内服を続けていただいて問題なさそうです。

イブプロフェンと新型コロナは?

イブプロフェンの構造式(Wikipediaより)
イブプロフェンの構造式(Wikipediaより)

イブプロフェンなどの非ステロイド系消炎鎮痛薬(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs;NSAIDs)も新型コロナの際に飲むと悪化するのではないかという話がありました。

これは、フランスのヴェラン保健大臣がツイッターで「新型コロナウイルス感染症に罹ったらイブプロフェンなどの薬を飲まないように」という趣旨の発言をしたのが発端です。

Lancet誌で「イブプロフェンが体内のACE2を増やし、これによって新型コロナウイルスの感染が増強されるのではないか」という仮説が掲載されました。

しかし、これに関してはまだ患者データも揃っておらず、結論が出ていません。

欧州医薬品庁(EMA)、WHO、米国国立衛生研究所(NIH)のCOVID-19治療ガイドラインは、現時点ではNSAIDsは必要時には使用を避けるべきではないというスタンスです。

新しい感染症では不明確なことが多い

新型コロナウイルス感染症は2019年12月に発生した新しい感染症であり、急速に解明に向かっているとはいえ、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。

当初は正しいと考えられていたことが後から覆されることもあります。

科学的に十分に検証されていない仮説については鵜呑みにせず、慌てずじっくりと検証を待つ姿勢が大事です。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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