新型コロナと降圧薬に関する「患者不在」の議論
先日、フランスのヴェラン保健大臣がツイッターで「新型コロナウイルス感染症に罹ったらイブプロフェンなどの薬を飲まないように」という趣旨の発言をしました。
それに関連して、医学誌で新型コロナと降圧薬に関する議論が巻き起こっています。
ACEIとARBという降圧薬に関する(やや不毛な)議論です。
高血圧のある新型コロナ患者は致死率が高い
中国の約45000人のデータによると、心血管疾患、慢性呼吸器疾患、がん、糖尿病などの基礎疾患を持つ患者の致死率が高いことが分かっています。
これらの事実は特に目新しいものではなく、他の感染症、例えばインフルエンザなどでもこうした基礎疾患は重症化や死亡のリスクファクターになっています。
さて、これらの基礎疾患の中に「高血圧」が入っており、高血圧のある患者は致死率が6%と高くなっています。
これについては、私は「高齢者で死亡者が多い」ことと「高齢者では高血圧を持病に持つ人が多い」ためだろうと考えていました。
同じ論文の中で、年齢が高くなればなるほど致死率が高くなることが分かっています。
40代から徐々に致死率が高くなり、80歳以上では14.8%にも及びます。
高血圧という疾患は、年齢が高くなればなるほど有病率も高くなります。
こちらは中国ではなく日本のデータですが、年齢を追うごとに高血圧の頻度が高くなっています。
ですので、高血圧を持病に持つ新型コロナ患者で致死率が高いのは、単に高齢者が含まれるためだと思っていました。
降圧薬と新型コロナウイルスとの関係
前回も書きましたが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は肺や腎臓などの上皮細胞に発現しているアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を介して標的細胞に結合し侵入することが分かっています。
血圧を上げたり下げたりするのは、レニン-アンギオテンシン系と呼ばれる体内のシステムです。
このレニン-アンギオテンシン系を調整し血圧を下げる作用を持つのが、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)、アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB)と呼ばれる薬剤です。
これらの薬剤を内服している人ではACE2の発現が体内で増加することから重症化しやすいのではないかという議論が行われています(Lancet Respir Med. 2020 Mar 11. pii: S2213-2600(20)30116-8.)。
果たして本当にACEIやARBなどの降圧薬を飲んでいる人は新型コロナに罹患すると重症化しやすいのでしょうか?
一方で、新型コロナ患者にロサルタンなどのARBを慢性的に内服している患者では重症化リスクを高めるのではなく、むしろ急性肺障害から保護する可能性があるとする論説も出てくる始末です(Drug Dev Res. 2020 Mar 4.Drug Dev Res. 2020 Mar 4.)。
ARBを飲んでいる方が良い?話がよく分からなくなってきました。
この問題については、BMJという英文誌でも喧々諤々の議論が行われており、今もなお「あーだこーだ」の議論が続いています。
しかし、共通しているのはいずれも「仮説」であり実際の患者さんのデータから証明されたものではないということです。
そしてついには欧州高血圧学会(European Society of Hypertension; ESH)、国際高血圧学会(International Society of Hypertension; ISH)、欧州心臓病学会(European Society of Cardiology; ESC)が相次いで声明を出すに至ります。
以下はESCの声明です。
要するに、ACEIもARBも新型コロナを悪化させる証拠はないから、内服中の患者はこれまで通りで良いという話です。
今後、これらの薬剤を内服している患者としていない患者とで重症化の頻度や致死率が異なるかが検討されれば、実際のところはどうなのかが明らかになると思いますが、それまでは特に気にする必要はないでしょう。
私もオッサンなのでテルミサルタンという降圧薬を飲んでいますが、友人の循環器内科医の意見も聞いた上で、テルミサルタン内服を継続しています(塩分制限と運動療法も・・・頑張ります・・・)。
ご心配な方はかかりつけ医にご相談されても良いとは思いますが、欧州心臓病学会の見解が一番冷静かつ的確なものだと考えます。
※本投稿については友人の水野篤医師(ペンシルバニア大学客員准教授、聖路加国際病院循環器内科)(@atmizu)の助言をいただきました