闘うチョウ研究者 米軍基地から沖縄の森の生き物を守る
沖縄本島北部に広がるやんばるの森。亜熱帯の照葉樹林に空を飛べない鳥ヤンバルクイナや、木に穴を掘って巣を作るノグチゲラ、日本最大の甲虫類と言われるヤンバルテナガコガネなど世界でもこの地域にしかいない固有種や希少な生き物たちが数多く暮らし、「奇跡の森」とも呼ばれる。この森は今、日本政府が世界自然遺産の候補地として推薦していて、早ければ来年夏の登録を目指している。
やんばるの森は美しいチョウが舞う蝶々の楽園でもある。このチョウたちに人生全てを捧げる人がいる。チョウ類研究者の宮城秋乃さん、通称アキノ隊員。沖縄本島中部の浜比嘉島出身で、子供の頃から昆虫が大好き。高校卒業後は県内の博物館や大学院大学でチョウの研究をしていたが、現場主義の彼女はやがてフリーランスの研究者となり、今はやんばるの森で毎日のように調査を続けている。彼女が特に力を入れているのが、体長1センチで日本最小のチョウのひとつとされるリュウキュウウラボシシジミ。2011年、アキノ隊員は東村高江にこのチョウがたくさん生息していることを発見する。その後は高江を主なフィールドに調査を行い日本蝶類学会にその知られざる生態について論文も発表し高い評価を受けた。
そんな“奇跡の森”は実は、“軍事基地の森”でもある。豊かな自然環境ゆえに1950年代からアメリカ海兵隊の北部訓練場(正式名:ジャングル戦闘訓練センター)が置かれてきたのだ。ここでは兵士たちに密林での戦闘を想定した過酷な訓練が行われる。2016年、その北部訓練場7500haのうち4000haが日本政府に返還された。返還に伴い、返還地にあったヘリパッドを東村高江周辺に移設することになり、住民の反対の声をよそに工事が強行されたことは記憶に新しい。
さっそく返還地にチョウの調査に訪れたアキノ隊員はそこで意外なものを目にする。銃弾や照明弾、野戦食の袋やタイヤ、鉄板やドラム缶など、アメリカ軍が残していったとみられる大量の廃棄物である。こうした廃棄物は本来自然界には存在しないものであり、森の生き物への影響が懸念される。アキノ隊員は見つけたドラム缶周辺の土壌の分析を名桜大学の田代豊教授に依頼。すぐに生物に影響を与えるほどの濃度ではないものの、有害物質のPCBやDDTなどが検出された。こうしたドラム缶は意図的に土壌に埋設されていて、何らかの目的で使用されたものと考えられる。返還地のあちらこちらに存在すると考えられるが、全てを特定するのは至難の業だ。ドラム缶を設置したアメリカ軍は情報を持っているはずだが、軍事機密という特殊性のためにその開示には大きな壁がはだかる。また本来廃棄物の処理などはアメリカ軍が行うべきものだが、日米地位協定によってアメリカ軍は返還地の原状回復の責任を負わない。これもまた日米地位協定の抱えるひとつの大きな問題である。結果的に返還地の現状回復に関しては沖縄防衛局の責任となるのだが、沖縄防衛局は「北部訓練場の返還地全域を対象とした調査を行ったうえで土壌汚染調査や廃棄物処分を行い、適切に支障除去措置を行った。新たに廃棄物が確認された場合には関係機関などと調整のうえ適切に対応したい。」との認識で、アキノ隊員の調査で実際に大量の廃棄物が残されている事実に関しては「確認できていない」として対応する意向はないようである。
ちなみに北部訓練場の返還地は世界自然遺産の推薦地に含まれている。アキノ隊員は、「廃棄物が大量に残されている状況で世界自然遺産に推薦するのはおかしい。全てを除去することは難しいにしても、せめて危険物など撤去可能なものは日本政府の責任で処分するべき。」と語る。彼女は今、チョウの調査の時間を割いてアメリカ軍廃棄物の回収作業をたったひとりで続けている。銃弾など危険物に関しては警察に通報し、警察官と一緒に往復3時間ほどの山道を歩き回収してもらう。しかしこうした手弁当の作業もそろそろ限界に来ているのではないだろうか。
やんばるの森には今も3500haにおよぶアメリカ軍北部訓練場が残され、上空にはオスプレイなどの米軍機が昼夜を問わず爆音を響かせながら飛び交っている。ウルトラマンに憧れるアキノ隊員は、やんばるの森の生き物たちを守るために巨大な力と闘い続けている。その姿は地球を守るために戦うウルトラマンにも重なる。最近ではこうしたアキノ隊員の活動を応援する市民も県内外を問わず増えつつある。
やんばるの森は梅雨の季節を迎えた。
小さな命に思いを寄せるアキノ隊員は、今日も森の奥深く足を踏み入れる
クレジット
監督・撮影・編集 新田義貴
撮影助手 知花あかり
制作著作 ユーラシアビジョン http://blog.livedoor.jp/eurasian/