ヤマト運輸はなぜ書類送検されたのか? 人事課長、支店長すら36協定を知らない実態
「働き方改革」の最中、ヤマト運輸はなぜ書類送検されたのか?
ヤマト運輸において、人手不足・労働条件の改善のための取り組みが、このところ連日のように報道されている。
「ヤマト運賃、経済指標と連動へ 法人向け、新方式導入」(9月27日、朝日新聞)
「残業半減の方針 宅配便のヤマト 採用大幅に増やす」(9月28日、NHK)
「夜間配達専門ドライバーを1万人配置」(9月29日、日本経済新聞)
こうした取り組じたいは、ヤマト運輸が進める「働き方改革」が前進として、評価するべきだろう。一方で、これらの「社内改革」の考課をまっっこうから疑わせる事件が発生していた。
賃金未払いと、36協定で定めた時間外労働の上限を超える月100時間の時間外労働という労基法違反によって、労働基準監督署にヤマト運輸が書類送検されたのである。
有名大企業における労基法違反での書類送検は珍しい。刑事手続きである書類送検は、労基署による是正勧告が繰り返されても改善がなされない企業に対して行われる。報道によれば、福岡県内において、過去数年間に複数の支店で同様の違反で是正勧告を受けていたことが経緯としてあるとのことだ。
同社の「働き方改革」がはじまったのは、今年2月からだ。なぜ、積極的に労基法違反の改善を標榜しているはずの同社が、書類送検されてしまったのだろうか?
私はその原因の一つとして、現場単位で労基法を遵守する意識が周知徹底されていないのではないかと推測している。現場の労務管理、特に管理職の意識については、はほとんど知る機会がない。
実は今回、その一端を、同社と団体交渉を行っている「ブラック企業ユニオン」の情報で知ることができた。同ユニオンは、関西のヤマト運輸の現役ドライバーAさんの労働相談を受けて、今年8月に同社に団体交渉を申し入れ、9月から団体交渉が始まっている。そこで明らかになったのは、今回の書類送検に直接つながる、現場の管理職の労働問題に対する意識のあまりの低さであった。
本記事では、現場の労働時間管理の実態に着目しながら、ヤマト運輸の「働き方改革」の現場における課題を検証していきたい。
「働き方改革」後も、過労死ライン越えの長時間労働
まず、ドライバーAさんの労働問題について説明しよう。彼は今年でヤマト運輸の勤務がちょうど20年になるベテランドライバーで、関西の営業所に勤めている。数年前から同社の違法行為を告発していたが改善されず、今回の「働き方改革」においても労働時間が減っていないことから、「ちゃんとした改善」を求めて同ユニオンに加盟したという。
具体的には、「働き方改革」が始まった2017年2月以降も、1ヶ月の半分程度は1日約11〜14時間の労働をしており、特にお中元シーズンの7〜8月は、月の半分以上が約12〜15時間労働だったという。
1ヶ月あたりの時間外労働も長く、やはり今年7〜8月が長く、7月は70時間で、8月は過労死ラインである月80時間を超えていたという。なお、Aさんの勤務する支店の36協定の時間外労働の上限は、2016年は月80時間だったが、2017年3月からは月90時間になっている。
ほかにも、1日1時間の休憩がなかなか取れず、8月ごろからようやく、30分と15分を2回、15分を4回に分けるなどで、取ったことになっているという。
長時間労働や過密な業務を解消することで、自分だけでなく、職場の同僚や、さらには他者のドライバーたちが安心して働けることを目指して、Aさんは団体交渉に取り組んでいる。
人事課長が、36協定の時間を把握していない
では、団体交渉でどのような労務管理が明らかになったのだろうか。
まず、ヤマト運輸の社内の簡単な組織構成を確認したい。同社には東京支社、関西支社など10の支社があり、その下に全国約100の「主管支店」がある。主管支店はその下に数十の支店を束ねており、その支店の下に「センター」と呼ばれる複数の営業所を抱えている。
本社がいくら働き方改革の音頭を取っても、この主管支店がその意識を持っていなければ、現場に行き渡らない構造になっている。
ところが今月20日に行われたブラック企業ユニオンとの団体交渉の席で、この主管支店の人事担当の課長が、「36協定の時間を知らない」と発言したというのだ。
前述のとおり、Aさんの支店では2016年度の時間外労働の上限として、月80時間が36協定で定められていた。働き方改革が進められ始めた今年3月に36協定が更新されたが、その数字は月80時間から月90時間に「拡大」されていた。
そこで同ユニオンが交渉で、「長時間労働の実態を変えずに上限を引き上げているのではないか」と問いただしたところ、人事総務課長は「ドライバーの36協定の時間外労働の上限は変わっていない」と、事実と異なる回答をしたという。
昨年と今年の36協定を入手していたユニオン側は、人事総務課長に昨年の36協定を見せると、「認識不足だった」と36協定の月の上限時間が変わっていることを把握していなかったことを認めたという。意図的に嘘をついたのではなく、実際に知らなかったようなのだ。
滑稽な話だが、これはどこかの中小企業の人事担当者の発言ではない。日本を代表する大企業、しかも「働き方改革」に取り組むと発表を続けているヤマト運輸で、数十の支店を率いる人事総務課長の発言である。さらに言えば、数年前の出来事ではなく、「働き方改革」真っ最中の今年9月である。
管理職レベルでの働き方改革の意識が広がっていないことがうかがい知れるだろう。
36協定を数字を確認しないまま締結?
さらに、同ユニオンが「数字を確認していないのに、36協定はどのように締結されているのか」と人事総務課課長に疑問をぶつけたところ、説明は以下のとおりだった。
本社で決定された36協定の数字が主管支店の人事総務課に降りてくるので、人事総務課は特に数字を確認せず、それを全て一律の数字で傘下の各支店に降ろして、それをそのまま各支店の支店長が労働者代表と締結するのだという。
なお、この団体交渉には、これまでも使用者側として何度も36協定を締結してきた現役の支店長も出席していたとのこと。この支店長も昨年の36協定の上限時間を記憶していなかったことを認めたという。
それどころか支店長は、これまで使用者側として36協定を締結する際に、現場で時間外労働の数字について検討や議論をしたことは一度も記憶にないという事実まで認めた。
36協定は本来、現場の労働者と使用者側が話し合って決めるものであるが、それが「形骸化」していることがよくわかる。書類送検されるほど36協定違反が蔓延していた背景には、こうした管理職のずさんな労務管理の実態があったのである。
「働き方改革」をかけ声だけのものにしないために
以上のように、ヤマト運輸の書類送検の背景には、本部のかけ声が先行し、現場の声を軽視しているところにあると考えられる。
付け加えれば、団交申し入れ以降のドライバーAさんに対する対応も誠実とは言い難いという。
職場全体の労働時間削減を訴えるドライバーAさんが8月に団体交渉を申し入れると、会社はその次の勤務初日から、Aさんの残業だけを一方的に廃止し、その負担をAさんの同僚のドライバーたちに押し付けることにしたのである。
これは職場の改善を求めるAさんが最も恐れていたことで、団交の申し入れの際にも本社の人事戦略課の係長に「一人だけ改善はしない」と約束させていたという。同僚が「自分のせい」で苦しむ姿を見たAさんの辛さは、想像するにも痛ましい。
人事課長も支店長も36協定の時間を知らず、不満を言ったドライバーにだけ個別に対応する。いくら本社が「働き方改革」の旗を振っても、現場レベルでの意識改革なくしては、改善は進んでいかない。
ヤマト運輸に限らず、さまざまな企業で「働き方改革」の音頭がとられるようになって久しい。そうした風潮自体は歓迎すべきものである。
しかし、今回見たように、改革が社内全体に行き渡るためには、より厳しい管理が必要だ。私はそのような徹底した管理を実現するためには、今回の労基署が行ったような、強い社会的措置が不可欠だと考える。さらに、現場からの直接の訴えが、これと重なっていくことが必要だ。
現在でも36協定に違反した場合には厳格に法による罰が下され得る。職場単位で労働者・労働組合が交渉を粘り強く行うことで、各社の取り組みはより確実なものとなるだろう。
そのためにも、「働き方改革」進まない職場で働く労働者の方々には、労基署や外部のユニオンに相談することをお勧めしたい。
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