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テストをクリアした中量級スター候補、エロール・スペンス Jr.は誰に挑戦すべきか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Ryan Greene / Premier Boxing Champions

4月16日 ブルックリン バークレイズセンター

ウェルター級10回戦

エロール・スペンス Jr(アメリカ/26歳/20勝全勝(17KO))

5ラウンド48秒TKO

元WBO世界スーパーライト級王者

クリス・アルジェリ(アメリカ/32歳/21勝(8KO)3敗)

タフガイを初めてKOした男に

その戦いぶりをテストのように採点するなら、“満点”に近かったのではないか。

スーパーライト級の元タイトルホルダーのアルジェリに対し、スペンスは第4ラウンドに1度、第5ラウンドに2度の痛烈なダウンを奪ってストップ勝ち。タフなアルジェリを強烈な左で弾き飛ばす迫力満点のパフォーマンスだった。ブルックリンの大アリーナに集まった7628人のファンの前で、サウスポーの新星はその能力の高さを改めてアピールしたと言って良い。

「ストップできたことには大きな意味がある。マニー・パッキャオ、アミア・カーンができなかったことをやったんだからね。自分がウェルター級でどの位置にいるかを示せたと思う。実績あるボクサーを相手に僕に何ができるかをみんな見たがっていたけど、その選手を吹き飛ばして見せたんだ」

試合後、リング上でスペンス本人がそう語った通り、アルジェリは過去にマニー・パッキャオ、アミア・カーンとの対戦時にも判定まで粘っている。26歳の若武者は、その相手を実に手際よく片付けてみせた。

スパーリングでフロイド・メイウェザー、エイドリアン・ブローナーと対した際の武勇伝もあって、スペンスのポテンシャルが高く評価されてきたことは先月のコラムで記した通り。これまでは対戦者の質が疑問視されてきたが、ここで元王者を完璧KOしたインパクトは大きかった。試合後にはインターネット上でも多くのファン、関係者が即座に反応したことは言うまでもない。

“スパーリングの伝説”から“真のスター候補”へ エロール・スペンス Jrが迎える初のテストマッチ(先月のプレヴューコラム)

PBCの新たな顔に

また、このKO劇を地上波NBCでプライムタイムに放送されたPBC興行で見せたことにも、極めて大きな意味がある。

昨年3月に華やかにスタートしたPBCだが、最近ではその先行きを危ぶむ声が早くも出始めていた。この日はNBC 生中継の大舞台にも関わらず、ファイトマネーはスペンスが22万5000ドル、アルジェリが32万5000ドル(セミのグロワキは15万ドル、スティーブ・カニンガムが22万5000ドル)とこれまでと比べて遥かに割安。円盤型の巨大なスコアボード、クラシック音楽の選手入場も廃止され、ギャラの高額な実況のマーブ・アルバート、解説のシュガー・レイ・レナードも中継スタッフに名を連ねていなかった。

これだけ明白であればもう隠しようがない。開始後しばらくは派手に散財を続けたPBCが、方向転換を迫られているのは事実なのだろう。

PBCの弱点の1つとして挙げられているのが、多くの著名ボクサー、有力プロスペクトを抱えていても、シリーズの顔にできるスーパースターが不在なこと。キース・サーマン、ダニー・ガルシアはややインパクトが薄いし、期待のエイドリアン・ブローナーは迷走し、最大の目玉候補であるデオンテイ・ワイルダーも未知数の部分が多い。

そんな状況下で、ここで即戦力になり得るスペンスというスター候補が飛び出したことの価値はPBCにとって計り知れない。

「彼がやり遂げたことには恐ろしさを感じるほどだった。これほどの才能、伸びしろの大きさにはしばらくお目にかかっていない」

プロモーターの大言壮語はいつものことだが、16日の興行後のルー・ディベラの言葉もやはり大袈裟だった。

ただ、実際に今後に大きな期待を持たせる勝ち方だったことは紛れもない事実。これまでスペンスのスター性、カリスマ性には疑問が呈されてきたが、アルジェリ戦のような鮮烈KO劇が見せられるなら人気面も付いてくる。

正直、PBCが数年後まで続いているかはもう定かではないが、存続するとするならば、スペンスはそのカギを握る選手の一人になっていくのではないか。

階級最強の呼び声高いブルックに挑戦?

ここでポイントとなるのが、このスペンスを次に誰にぶつけるかというところだ。

テストをクリアすれば、次はタイトル戦。現時点でスペンスはIBF1位であり、本来であればIBF世界ウェルター級王者ケル・ブルックを標的とするのが自然な流れである。

「僕はIBF1位なんだから、もちろんブルックに挑戦したい。僕が勝つよ。ケル・ブルックは良いファイターだけど、僕は自分自身を信じている」

スペンス本人は当然のように自信満々で、ブルック挑戦のためなら渡英も辞さない覚悟を述べていた。この指名戦が実現すれば、ファン垂涎の好カードと目されるだろう。

ただ、ここまで36戦全勝(25KO)、29歳で年齢的にも今まさに脂が乗ったイギリス人王者は危険な相手である。バランスが良く、パワー、スキルもあり、2014年にはショーン・ポーターに判定勝ちした俊才へのアメリカでの評価は高い。筆者も現在のウェルター級でNo.1選手はブルックだと認識している。

いかに勢いに乗っているとはいえ、キャリアのこの時点でスペンスをブルックにぶつけるのはリスキー。筆者も含め、今ならまだブルック有利と見る関係者が多いだろう。それよりも、WBA王者サーマン、WBC王者ガルシアはどちらも同じアル・ヘイモン傘下だけに、スペンスとしては、この2人への対戦機会を待つのも悪くはないはずだ。

こういった状況下で、PBCの陣頭指揮を執るヘイモンがどんなマッチメークを選ぶかに興味は注がれる。待望の“金の卵”の力を信じ、ブルックとの大勝負に真っ直ぐ向かわせるか。リスクは大きいが、スペンスが勝ってこのギャンブルに成功すれば、米英両方で知名度の高いニュースターが一躍誕生することになる。

あるいはスペンスを6月25日のサーマン対ポーターの勝者、またはガルシアにぶつけ、アメリカのファンを喜ばせると同時に、手元に確実にタイトルホルダーが残る方を選ぶか。このラインに進めば、“PBCは傘下選手が潰し合う好カードをほとんど組まない”と批判する一部のファンを黙らせることもできる。

いずれにしても、スペンスの台頭のおかげで、楽しみなウェルター級マッチアップが遠からず実現することになりそう。そのマッチメークの選択から、ヘイモンとPBCの今後の方向性がうっすらと見えてくることになるかもしれない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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