「ちむどんどん」の脚本家と出演俳優に聞いた、彼らの作る貧困や愛の物語をどう受け止めたらいいか
朝ドラこと連続テレビ小説「ちむどんどん」(NHK総合 月〜金 あさ8時〜 土は総集編)が独特の世界を築いて注目を集めている中、脚本家・羽原大介さんの演劇プロデュースユニット・羽原組の旗揚げ公演「DOWN TOWN STORY」の稽古場を訪ね、羽原さんと「ちむどんどん」にも出演している俳優・田久保宗稔さん(賢秀を何度も騙した我那覇役)としるささん(鶴見のあまゆの店主の娘・金城トミ役)にインタビューを行った。奇しくもその舞台も借金が題材になっていて、沖縄の話も出てくるもので。どうやら、これらの題材には思い入れがあるようなのだ。
正義の役ではなくても朝ドラ出演は親孝行になった
――田久保さんとしるささんが「ちむどんどん」に出たきっかけを教えてください。
羽原大介(以下 羽原):田久保としるさは僕が主宰していた劇団・昭和芸能舎の劇団員で、その解散公演「モスクワ1980」(20年7月)のとき、「ちむどんどん」の準備に入っていまして。関係者が観に来てくださって、合いそうな役があるので出演しませんかと声をかけてもらいました。
――田久保さん、しるささん、朝ドラに出ていかがでしたか?
田久保宗稔(以下 田久保):朝ドラに出るのははじめてで、貴重な体験でした。我那覇は決して正義の味方ではなかったですが(笑)、親が喜んでくれて、ほんとうに孝行ができました。
しるさ:「マッサン」に続いて2度めで、今回もほんとうに嬉しかったです。「ちむどんどん」のあまゆはメインの出演者の方々が集まるシーンが多く、経験豊富な役者さんたちと共演できて刺激になりました。
――羽原さんの劇団で活動してきた田久保さんとしるささんは羽原さんの作品の魅力をどこに感じますか。
田久保:マイノリティや陽の当たらない者たちに焦点を当てる作品が多く、世間一般では売れない役者もそういう部類に入ると思うので、自分のセリフに限らず、色々とセリフが刺さります。僕にはそれがとても魅力的に感じます。今回の舞台「DOWN TOWN STORY」も登場人物が突然高額の借金を負い、その返済方法を巡って言い争い、罵り合ったり慰め合ったりしながら明るい未来を模索するという物語だと思うのですが、ご覧になっていただければ誰もがある種のカタルシスを感じていただける内容になっていると思います。
しるさ:誰もが明日からまた頑張ろうと思う舞台にしたいと羽原さんがずっとおっしゃっていて。そこが一番の魅力と思います。それと、作品がなまものといいますか、舞台の場合、稽古から本番、初日から千秋楽までどんどん進化していくところがすごく好きです。
地方から東京に出て来て苦労している人たちの話
――田久保さんの言う陽の当たらない者たちというと、人生にしくじって、軽視されがちな人たちの側に立つということでしょうか。
羽原:年収や偏差値が平均よりやや低めの人物が多いかもしれません(笑)。
――権威、富裕層、知的エリートはあまり出さない?
羽原:仮に高学歴高年収の人物が出てきたとしても、実は誰もがコンプレックスや心に傷をもっている。一見恵まれている人を描く場合でも、短所や弱点といった人間的に弱い部分を描き人物造形をしていきたい。それは舞台に限ったことではなく、ドラマや映画作りにおいてもプロデューサーや監督と相談しながらキャラ設定やストーリー展開を進めていきたいと心がけています。
田久保:僕は「ちむどんどん」の我那覇のようなクセのある役を演じることが多いですが、悪い人をいかにも悪く演じると必ずダメ出しされます。「DOWN TOWN STORY」で借金取り役を演じるにあたり、最初、単なるチンピラみたいに演じたら違うと言われました。この人はこの人の正義をもって生きていて、それが正しいと思って生きているのだから単純に悪人を演じて欲しくないと。羽原さんの作品は勧善懲悪に見えてそうじゃないんですよね。それぞれの考え方や正義、価値観の違いがぶつかり合うことでドラマが生まれる、そこに魅力があります。
――「DOWN TOWN STORY」にも沖縄出身の登場人物が出てきます。出演者の方は沖縄の方ですか。
羽原:東京出身です。頑張って沖縄ことばを練習してもらいました
――仲間由紀恵さんの主演で、琉球王国を題材した舞台「テンペスト」(11年)の脚本のほか、これまでも沖縄を題材にした作品はありますか。
羽原:「テニアン~歌の翼にキミを乗せ2011~」(11年)などがそうです。沖縄に限らず、地方出身者と都会の人、外国人と日本人など、文化や習慣が異なる人同士の触れ合いや対立、和解、異文化交流モノは、取材の段階で新しい発見があって学ぶことも多く、刺激も受けるので嫌いではないです。
すれ違うからこそ恋愛なんだ
――舞台の通し稽古を見せて頂いて、沖縄出身の設定の人物が沖縄が抱える問題を熱く語ったあと恋愛感情を高ぶらせていきます。「ちむどんどん」でも似たようなシチュエーションがありました。社会問題と恋愛というフェーズが違うものが混ざった世界観も意識的なのでしょうか。
羽原:いま指摘されて、初めて、そういえばと思いましたが、そうだという自覚はないです。人はみんな多面的で、恋愛中は他のことを考えないわけではない。政治や経済を職業にしている人、環境問題に取り組んでいる人も恋愛する時は恋愛する。そういった人間の多面性は大事にしたいと思っています。
長年羽原さんと仕事をしている制作スタッフ:舞台のほうが恋愛ものが多いかもしれません。得意かどうかはさておき(笑)。
――田久保さんとしるささんは羽原さんの恋愛ものには出ていますか。
しるさ:あります。「パッチギ!」の舞台版でヒロインキョンジャをやらせていただきました。30歳過ぎてたのに女子高生の役をやれて、嬉しい反面不思議な気持ちで演じました。
羽原:舞台ならではのキャスティングで(笑)。映像ではさすがに難しい(笑)。
しるさ:でもあれは、恋愛というかすれ違いですよね。
羽原:いや、あれを恋愛っていうんだよ。恋愛はすれ違うからこそ恋愛なんだ。
しるさ:たしかに(笑)。
田久保:僕はつかこうへいさん原作の「ストリッパー物語」に出ました。あれは屈折した恋愛もの。羽原さんの恋愛は世の中に起きていることのあくまでもひとつだとされることが多い気がします。
――舞台のなかで、つじつまが合うことについて疑問を呈するセリフがありました。それは興味深かったです。
羽原:ありがとうございます。
師匠・つかこうへいの演出から受け継いだもの
――稽古場で田久保さんやしるささんが音響作業もしていました。
田久保:稽古中は俳優が手分けして音響のオペレーションも行います。これが羽原さんの演劇のスタイルなんです。
羽原:僕はつかこうへい劇団で音出しをやっていました。運転手兼大部屋俳優兼の音出しです。予算の都合上、音響スタッフさんに稽古初日から入ってもらうわけにいかないという理由が主ではありますが、具体的な舞台美術を使わない関係上、音楽に依るところが大きく、音楽一曲で一気に場面転換する場合もあります。ですからできるだけ阿吽の呼吸で、音楽と演技がハマるように、その場面に出ない役者が代わる代わる音を出すというスタイルで進めています。
――つかさんの音はがーーっと音量を上げて盛り上げるという特徴的なものです。
羽原:僕は音のきっかけをはずしたり、音量を上げすぎて、つかさんに「おまえはおれを殺す気か!」と言われたことが何度もあります(笑)。
――俳優として、音響操作もすることはいかがですか。
田久保:リズムを体になじませることは絶対に芝居に生きますし、どこでどうフェーダーを上げるのか下げるのかどこでカットアウトなのか、なぜその音が出るのかというと、演じている人の気持ちそのものなのだという演出的な部分を理解することができて有効だと僕は感じています。
しるさ:私、最初の頃は何度も羽原さんに注意されていました。途中から田久保さんの言うように音が登場人物の誰かの感情を表しているものだということがだんだんわかってきました。
田久保:役者として稽古している時より音出しのほうが緊張します(笑)。
羽原:僕の舞台の場合、音はつねに誰かの気持ちで鳴っています。ゆっくり音が入ってきたり潮が引いていくように小さくなったりするのは感情のグラデーションです。それはつかさんから学んだことの一つです。
日々形を変えていくのはお客様のため
――舞台の本番に向けてのお気持ちをお聞かせください。
羽原:見に来て下さるお客さんはもちろん、出演してくれている役者さん、スタッフ、関係者、誰にとってもハッピーで前向きになれる芝居を目指しています。みんなで色々試行錯誤して、今の我々にできる一番いいものをお届けしたいと頑張って作りますので、ぜひ劇場に見に来て頂けたら嬉しいです。
田久保:羽原さんの稽古はつねにハイペース。稽古したところまで通すことを繰り返し、毎日が通しみたいなものです。千秋楽を迎えるまで変化して、固まることがまずない。初日に見た人が千秋楽見にまた見てくださって「ずいぶん変わりましたね」っていうくらいで。まだまだこれからが濃くなっていくところと思います。
しるさ:その怒涛のような流れに食らいついていくしかないという気持ちです。
羽原:お客様を第一にしているので楽しんでもらえたなと感じたところはさらに楽しんでもらえるように膨らましたり、ここは伝わりきらなかったと思うところはセリフを変えたりして、伝えたいことを際立つように変えていきます。
――日替わりのおもしろいことを言うコーナーということではないんですか。
羽原:おもしろいところが伝わらなかったら、セリフを変えてみるというような試行錯誤はします。日々、変えていくのは、つかさんのスタイルを踏襲しています。
――つかさんは舞台袖でふいに俳優に囁いたと聞きますよね。
羽原:僕、囁かれたほうです。
田久保:いま、僕、囁かれています(笑)。
しるさ:私は20年ほど前、はじめて羽原さんの舞台に出たとき、本番中に急に2行ほどのセリフの変更をされて、舞台上で頭が真っ白になったことがあります(笑)。
羽原:明るいニュースの少ない今、みなさんご苦労されたりストレスをためたりなかなか明るい気持ちになれないことも多いかもしれませんが、赤坂レッドシアターにいらした1時間50分だけでもイヤなことを忘れて元気になれる芝居を目指しています。
〜取材を終えて
拙著「みんなの朝ドラ」で、つかこうへいの劇団育ちである羽原大介さんの書いた「マッサン」(2014年度後期)には男の意地っ張りの美学のようなものがあり、そこにつかイズムが見えると書いた。いま放送中の、羽原さんにとって2作目の朝ドラ「ちむどんどん」はかなり自分の意思を決して曲げない人物たちが出てくる。それをどう受け止めるか新しく上梓した「ネットと朝ドラ」で「ちむどんどん」をどう書くか悩んだ。
そういう個人的な思いもあって、ちょうど、羽原さんと我那覇役の田久保宗稔さんと金城トミ役のしるささんが演劇をやるというのでお話してみたいと取材を申し込んだ。どういう人たちが何を考えてどんな演劇を作っているか知りたいと思ったのだ。
実際話を聞いてみて、羽原さんと田久保さんとしるささんが演劇を一緒にやって来た20年近い濃密な時間は確実にあってそれは尊重するべきことである。羽原さんがよく描くという地方から都会に出てきた人の苦労というものを東京生まれの筆者は少なくとも知らない。だから、そういう人たちのことをそうではないとは言い切れないと思ったが、そうではない、そうでなくあってほしいという筆者の気持ちも存在する。だからやっぱり対話をし続け相手を知るところからしかはじまらないのだと今回、改めて認識した。
ちなみにコロナ禍になって脚本を書き始めた作品はその前と変化があったのではないかと思って聞いてみたが、羽原さんは「全然変わりません。コロナがこんなに長く続くなんて思ってもいませんでした。『ちむどんどん』のオンエアのときには終わってると思いながらプロデューサーや監督と打ち合わせを重ね、自分のペースで書いていました」と答えた。
田久保さんは、羽原さんとのエピソードをひとつ教えてくれた。
ある舞台でミスばかりしていたとき、羽原さんは何も言わず、ちょっと高価そうな栄養ドリンクを手渡すと一緒に飲んで「今日もよろしく」とだけ言って立ち去った。10年経った今もその瓶をとってあるそうだ。
profile
羽原大介 はばらだいすけ 脚本家、演出家。1992年に脚本家デビュー。映画、ドラマ、アニメ、演劇と幅広く活躍する。映画「フラガール」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、「パッチギ!」で優秀脚本賞受賞。2001年〜2020年、劇団・昭和芸能舎(旧・新宿芸能舎)を主宰、22年から羽原組旗揚げ。主な脚本作に「マッサン」「昭和元禄落語心中」「ちむどんどん」など。
田久保宗稔 たくぼむねとし 千葉県出身 俳優・ナレーター 1990年俳優デビュー、主な出演作にSUBARU (CM) ナレーション、「フラガール 」(舞台)、「ナースデッセイ開発秘話~特務3課奮闘記~」 (WEB・円谷イマジネーション)、「ちむどんどん」など。
しるさ 東京都出身。在日韓国人三世。主な出演作に「パッチギ!」「パッチギ! LOVE&PEACE」「ゲゲゲの鬼太郎」「マッサン」「昭和元禄落語心中」「ちむどんどん」など。
羽原組 旗揚げ公演「DOWN TOWN STORY」
作、演出:羽原大介
2022年9月13日 (火) ~2022年9月19日 (月・祝)
赤坂RED/シアター
借金返済のために玉の輿に乗ろうと奮闘する下町の三姉妹の物語