観光船沈没、なぜ素人の社長が「運航管理者」になれたのか? 海上運送法を解説
知床半島沖で観光船が沈没してからあすで3週間。事故の遠因として運航会社のずさんな安全管理体制が浮き彫りとなりつつある。問題は、なぜ海や船舶の素人であるはずの社長が「運航管理者」になれたのかという点だ。
海上運送法違反は明らか
観光船に多数の観光客を乗せ、クルーズ事業を行おうとする場合、国土交通大臣の許可を受けるなど、海上運送法の規制を受ける。
特に重要なのは、安全確保に向けた事業の運営方針や実施・管理体制、その方法などを定めた「運航管理規程」を作成し、「運航管理者」などを選任したうえで、国土交通大臣に届け出ることだ。もちろん、日々の運航ではこの規程を遵守しなければならない。
今回の運航会社の場合、経営トップである社長が全体の責任者である「安全統括管理者」と陸の現場に詰める「運航管理者」を兼ね、国交省にもその旨の届出が行われていた。しかし、事故当時、社長は規程に反して営業所におらず、航路上の各地点の通過時刻なども全く把握していなかった。
これだけでも海上運送法違反は明らかだ。法人ともども、最高100万円の罰金に処されることになる。ここまでの大惨事を引き起こした以上、国交省も事業許可を取り消すはずだ。
3年以上の実務経験を要する
ただ、こうした形だけの選任が可能だったのは、届出のシステムそのものに原因がある。法令が定める資格要件のうち、主要なものを挙げると次のとおりだ。
【安全統括管理者】
● 事業運営上の重要な決定に参画する管理的地位にある。
● 事業の安全業務の経験期間が通算で3年以上あるか、地方運輸局長がこれと同等以上の能力を有すると認めた。
【運航管理者】
● 次の(1)~(4)のどれか1つに該当する。
(1) 運航管理を行おうとする旅客船のうち、最大のものと同等以上の総トン数を有する旅客船に船長として3年または甲板部の職員として5年以上乗り組んだ経験がある。
(2) 同等以上の規模の事業における運航管理の実務経験が3年以上ある。
(3) 百トン未満の旅客船一隻のみを使用する場合、その旅客船に船長として乗り組むことができる資格を有する。
(4) (1)~(3)と同等以上の能力を有すると地方運輸局長が認めた。
今回の社長は、船舶免許を保有していなかった。運航会社の関係者らの話でも、日々の運航は船長やスタッフにほぼ丸投げで、ほとんど営業所に来ず、海や船舶の素人だったという。記者会見からも、自社の安全管理規程すらろくに把握していない様子が見て取れる。
紙1枚で自ら証明OKという制度
しかし、国交省北海道運輸局には、事業の安全業務や運航管理の実務経験が3年超あるという内容で届け出ており、そのまま受理されている。というのも、運航会社が自ら発行する「安全統括管理者資格証明書」や「運航管理者資格証明書」を提出すれば足りるとされているからだ。
例えば後者の場合、先ほどの(1)~(4)のうち該当する資格要件の欄に「○」を付け、業務経験について部署や主な業務、在職期間を簡単に記載すれば十分だ。その「経験」を具体的に証明する資料の添付までは不要であり、たとえ「書きっぱなし」であっても、紙1枚で自ら証明すればOKという制度となっている。
海上運送法が「運航管理者」などの選任について認可や許可の対象とせず、「届出」にとどめている点も大きい。形式上の要件に適合していれば、国交省としても受理せざるを得ないからだ。
しかも、海上運送事業の場合、「運航管理者」などに関する公の検定制度や資格証明制度がない。運航管理者技能検定がある航空事業や、公の資格者証の交付を要する自動車事業とは対象的だ。
国交省は事故対策検討委員会を立ち上げており、今後、事業者に対するチェック体制の強化など、再発防止策の検討を進めるという。遅きに失した泥縄的な対応と言わざるを得ないが、この機会に問題点を総ざらいすべきだろう。(了)