「ネットフリックスアニメ」が示した可能性と課題
派手な広告も目についたが……。
日本上陸からまもなく7年になるNetflix(ネットフリックス)。日本では特にアニメに力を入れ、派手な屋外広告、印象的な動画広告も記憶に新しい。
特に「ネットフリックスオリジナル」と呼ばれる世界独占配信の対象となる新作には、制作費が賄えるほどの配信権料を支払うことで、アニメビジネスにも新たな可能性をもたらしてきた。ところが、その一方でオリジナル作品が果たしてどのくらい視聴され、巨額の投資を行っているであろうネットフリックスにどのくらい貢献しているのかは謎に包まれていた。
ネットフリックスに限ったことではないが、配信事業者はどの作品がどこでどれくらい見られているのかといった視聴データをほとんど開示してこなかった。観客動員数、興行収入といった指標が提示される劇場映画や、視聴率が示されるテレビ、売上本数がある程度分かるビデオグラムなどとの根本的な違いで、「アニメ産業レポート」の配信分野の執筆を担当する筆者にとっても、実に悩ましい状況にある。
そんな中、1つのヒントとなるサイト top10.netflix.com がネットフリックスの公式サイトとして開設された。 その名の通り、ネットフリックスでの10位までの視聴時間数を元にしたランキングが確認できるものだ(親切なことに作品のタイトル画像やExcelデータもダウンロードできる)。ところがそこで日本のアニメを頻繁に見つけることは難しい。「テレビアニメ 鬼滅の刃 無限列車編」がなどがTV(Non-English)に入ることはあるが、ネットフリックスオリジナルの新作アニメが10位以内にランクインしたことはそれほど多くはない。
そこで気になってくるのが、ネットフリックスのようなグローバル配信サービスとアニメは相性がよいのか? そして、潤沢な資金をもって作品を調達しようという動きはこれからも続くのだろうか? という点だ。
ロングテールの優等生「アニメ」
海外で日本のアニメがどのように楽しまれているのか、についても実際のところデータがあまり無いというのが実情だ。もちろん、海外のアニメイベントに(コロナ前は)多くの来場者があったとか、日本と同じようにコスプレやライブを楽しむ様子が見られる、あるいは日本の劇場アニメが上映され好評だったといった好ましいニュース(単発の出来事としての「点」の情報)は頻繁に報じられるのだが、グッズやビデオグラムなどの商流が確立されないなか人気はあれども大きな商売にはなっておらず、海外でアニメが全体としてどの程度のビジネスになっているのかといった「面」の情報は推計しにくいというのがこれまでの状況だった。
しかし供給サイドから見ると、ここ数年明らかに市場は拡大している。
「DVDバブル崩壊」のさなかの2010年に2867億円と推計されていた海外市場(グラフでのオレンジ色の箇所)は2020年には1兆2394億円にまで膨らんでいる。グッズ・ビデオグラムの商流を巡る状況はさほど変化していない(むしろ悪化している部分も少なく無い)中、配信がその大きな要因であることは間違いない。ネットフリックスやAmazonプライム・ビデオといった海外大手配信プラットフォームが、独占配信を条件に日本のアニメを貪欲に高く調達する動きが続いたお陰、と言い換えることもできるだろう。
一方で、前述のとおりランキング上位には日本のアニメが登場することはほとんどない模様だ。もしこれが期待先行で思ったような視聴時間数につながっていないのだとしたら、これからこの「調達バブル」は下火になってしまうのではないか、という懸念は当然出てくる。
このあたりどう捉えればよいか、筆者は先日アニメジャーナリストの数土直志氏との対談番組(アニメの門DUO https://youtu.be/4erPkoaGVF8?t=1006 )で、テーマとして取り上げてみてもいる。
この配信動画のなかで数土氏が指摘するように「世界的なブランド」となっている大手スタジオやそれを擁するコンテンツグループ企業(アニメ産業のなかでは超大手といっても良いだろう)にとっては、まさに売り手市場で歓迎すべき状況だ。しかし、それは逆にいえばごく一握りであり、これからもそのような状況が続くかどうかは予断を許さない。
一方でこれも数土氏の指摘したところだが日本のアニメのジャンルとしての優秀さ――つまり絶対数としてはマジョリティではないもののSNS等で情報を共有しながら細く長く作品を支持し、視聴を続けてくれる確固たるファン層を獲得していること/過去の蓄積も含めタイトル数と話数が多く視聴時間数の積み上げに貢献すること――は、日本のアニメがこれから世界の配信市場でどのように位置づけられていくかを決定づけるように思える。
つまるところ、日本のアニメは(やや古めかしい言い方かも知れないが)ロングテールの優等生であり、配信サービスにとって必ずしもトップバッターではないけれど欠かせない存在ということなのだ。
「全員4番」を求めるネットフリックス
グローバルな配信サービスのなかで1タイトル、各話エピソードで見れば、超大型作品のような成績(視聴時間数)にはならないけれど、シリーズやジャンルとしての蓄積としては、長期間にわたり堅実な成績を残している(であろう)日本のアニメ。一方で、オリジナル展開にもこれまで力を入れてきたネットフリックスは、大きな裁量と権限を与えつつも、ナンバーワンの成績を社員に求める、あたかも「全員4番」な社風でも知られている。
「求められる役割が終わったらクビ」ネットフリックス社員の“出張旅費と経費”に関する唯一の指針とは https://bunshun.jp/articles/-/52142
早くからネットフリックスの取材を続けてきたITジャーナリストの西田宗千佳によるこの記事は以下のように締めくくられている。
実際、筆者の知る範囲でもアニメ関連業界からネットフリックスに移った人は数名いるが、その全てが既に退職してしまっている。転職直後は大きな裁量をフル活用して、国内大手スタジオとの提携をまとめ、オリジナル作品を発表したりと大活躍するのだが、ここまで述べてきたように、それらがホームランを量産するものではない、と分かると即その居場所が無くなる、ということが繰り返されているようにも外からは見える。
西田氏が言うようにネットフリックスは技術を基盤としたIT企業であることは間違いないが、そのことが作品あるいは取り組み単体では当たり外れが大きいアニメをはじめとしたコンテンツ=ロングテールの優等生との相性が果たしてどうなのかは気になるところだ。
[FT]米ネットフリックス、インドで1億人加入作戦が苦戦: 日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB281360Y2A220C2000000/
もちろん作品ジャンルとしての貢献と、人事を巡る社風・ルールとは直接関係づけられるものではないが、このことが意外に最近聞こえるようになった「ネットフリックスの苦戦」の背景にあるように思えるのは筆者だけであろうか。
ネットフリックスをはじめとした外資系大手配信サービスは、それまで配信からはほとんど収益をあげられず、その上海賊版・DVDバブル崩壊という危機が襲った日本のアニメ産業に、新しい可能性を提示したと言える。一方で、ITプラットフォーム企業としての文化・方法論と、アニメのみならず各国それぞれのコンテンツを巡る環境との間では、もう少しすり合わせの時間が必要なのかも知れない。