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あのオールブラックスから「5トライ奪う!」は、そんなにすごいことなのか? 

永田洋光スポーツライター
世界選抜戦に続き攻守で世界トップレベルで通用することを示した福岡堅樹(写真:つのだよしお/アフロ)

 このオールブラックスから5トライ奪ったことがそんなにすごいのか?

 ジャパンがオールブラックスに31―69と敗れた試合を見て、素直にそう思った。

 確かにこれまで日本がニュージーランド代表と戦って5トライ奪ったことは一度もなかった。

 でも、みんな忘れていないか?

 これまで戦ったオールブラックスがもっと強い「本物」だったことを。

隙だらけのオールブラックスを追い込めなかったジャパン

 3日に味の素スタジアムのピッチに現れたオールブラックスは、先発15人の代表キャップ数が170。

 対するジャパンは、堀江翔太、真壁伸弥、立川理道、松島幸太朗といった15年W杯を知る主軸が抜けていたとはいえ、15人のキャップ数は314。対戦相手は、黒いジャージーを着て試合前に「ハカ」を踊りはしたものの、可能性を試された若手メンバーに過ぎなかった。

 ハカでジャパンが前に出て闘志を見せたことよりも、このオールブラックスが立ち上がり早々の3分にPGで3点を取りに来たとき、私は本当に驚いた。

 日本を相手に手堅く戦う姿勢を見せたことこそ、まさに史上初めてだったからだ。

 続くキックオフでジャパンに攻め込まれると、圧力を受けたFBジョーディー・バレットが、ジャパンのLOアニセ・サムエラにキックをチャージされてトライを許す。

 オールブラックスが集中力を高めきれずにW杯で敗れた試合を、私は99年大会準決勝フランス戦と03年大会準決勝オーストラリア戦で目撃しているが、世界最強チームの“二軍”メンバーが立ち上がり5分間に見せたドタバタ劇は、彼らが敗れたときと同じ空気感を漂わせていた。

 しかし、ジャパンはフランスでもオーストラリアでもなかった。

 8分に、オールブラックスSOリッチー・モウンガがペナルティキックをタッチに出そうとしてしくじり、ジャパンボールのスクラムとなったように展開に恵まれながらも、そのスクラムでアーリー・エンゲージの反則を取られ、続いて挑まれたスクラムでもコラプシングを取られて、マイボールをキープできなかった。

 相手が手堅く入る→ジャパンが思い切ってプレッシャーをかける→相手に信じられないようなミスが出る。

 15年W杯南アフリカ戦もそうだが、日本ラグビーが格上を倒すときにはこうしたいい流れを着実にスコアに結びつけ、相手に僅差で食い下がることが何よりも重要だ。

 そのためには、前述の矢印の流れに最後の項目を付け加えなければならない。

 「ミスで得たセットプレーから一発でトライを奪う」ということだ。

 けれども、ジャパンはそれを果たせなかった。

 15分にWTBネヘ・ミルナースカッダーのラインブレイクからHOデーン・コールズにトライを奪われると、13分間でさらに2トライを奪われて7―24と引き離される。

 それでも、ジャパンが防御で圧力をかけると、若いオールブラックスは自陣で軽いプレーからボールを失い、ツイ・ヘンドリックがトライを奪う。

 こういう相手に勝ってこそ、ジャパンがW杯8強に向かって順調に強化を重ねていると言えるのに、35分にはタッチライン際で「ハンズ」と呼ばれるクイックパスでボールをつながれ、38分には「1タテ」の名で知られるバックスの基本的なプレーで、連続トライを奪われた。

 前半終了間際にジャパンがトライを追加したので4万3千751人の観客は溜飲を下げたが、ジャパンが勝つための鉄則「トライの奪い合いにしない」は早くも破綻していた。

「成果」を出さないヘッドコーチに優しい日本ラグビーの不思議

 後半、立ち上がりにニュージーランド陣内に攻め込んだジャパンは、ラインアウトのチャンスをつかむが、そこから2回続けてマイボールを失ったあげく、逆にトライを奪われた。

 10月26日の世界選抜戦と同様に、後半立ち上がりに先に失点したのだ。

 その後、田村優のキックパスからヘンリー・ジェイミーが、福岡堅樹の快走からラファエレ・ティモシーが、トライを返して、それなりに盛り上がって試合が終わる。

 けれども、繰り返して言うが、スコアは31―69だ。

 確かにジャパンの選手たちは、個々の局面で身体を張った。

 強さを、それなりに身につけたことも見て取れた。

 しかし――1人ひとりがレベルアップして培った力を、チームとしての強さに結びつけられない。それが、今のジャパンを巡る致命的な欠陥なのである。

 オールブラックスとW杯前年に日本で戦うという予めわかっていた大一番に、主軸メンバーを揃えられなかったことまで含めて、これは現コーチングスタッフの責任だ。

 個人的にあまり好きな言葉ではないが、「成果主義」全盛の世の中で、2年にわたって成果を出していないのに、日本ラグビーフットボール協会からヘッドコーチ(HC)の責任を問う声が聞こえてこないことを不思議に思う。

 アイルランド、スコットランド、サモアといった難敵からW杯本番で勝利をもぎ取ることをミッションとしたHCが、格上相手にまったく勝っていないにもかかわらず、だ。

 そして、10トライを奪われたことより、5トライ奪ったことが「手応え」として報じられる。

 ジェイミー・ジョセフのような勝率で代表HCに厳しい批判が降り注がないのは、日本人の「優しさ」故なのか。

 もしかすると、日本のラグビー界はW杯で「勝つ」ことではなく、「善戦」することをミッションにしているのではないか――そんな疑いまで生じてくる。

 事実はこうだ。

 ジェイミー・ジョセフは、アイリッシュ&ブリティッシュ・ライオンズのニュージーランド遠征に主力を取られたアイルランドに連敗。HC交代劇でゴタゴタしていたフランスに引き分け。主力がごっそり抜けたオールブラックスの実質的な二軍にトライ数5―10と惨敗。

 これで、来年のW杯でロシア以外のチームに勝てるのか?

 私にはどう考えても勝てるとは思えないし、またどうやって勝つのかも見えにくい。

 だからこそ、HCの資質を厳しく問うて欲しいのだ。

来年のW杯で勝つために何が必要なのか。今こそ歴史の検証を!

 15年W杯で南アフリカを破ったとき、日本のラグビーファンは、自分たちの代表が持つ可能性を再認識した。

 相手と同じ土俵に上がらず、日本という国が営々と築いてきたラグビー文化を現代流にアップデートして戦った代表チームの知性に、多くの日本人が溜飲を下げた。

 3日のジャパンも、後半30分にようやく日本らしいトライを挙げている。

 田村がラファエレを飛ばして途中出場の松田力也にパス。松田がほんの少し間を作って福岡にボールを託し、福岡が相手防御を引きつけて松田にパスを返す。最後は、飛ばされながらも忠実にサポートしたラファエレがトライに仕上げた。

 しかし、このプレーで素晴らしい働きを見せた松田の背番号は22番だ。

 HCの頭には、こういうラグビーではなく、キックを使い、ニュージーランドのように戦うジャパンというイメージしかないのだろう。

 わずか3年で、南アフリカ戦と同じジャージーを着たジャパンが、黒いジャージーを着た相手と同じようなラグビーをやろうと試みて惨敗した――そんな事実に、過去の苦い記憶がよみがえる。

 99年W杯ウェールズ大会でジェイミー・ジョセフその人をNO8に起用し、ニュージーランドのように戦おうとしたジャパンはどうなったか。

 サモア、ウェールズ、アルゼンチンを相手に3連敗したのではなかったか。

 成果を出さないHCをずるずると雇い続けて、来年のジャパンが同じ轍を踏んだとき、果たして誰がその責任を取るのか。

 ニュージーランド戦の5トライを喜ぶ前に、W杯の歴史を見つめ直そう。

 たとえ1%でも勝利の可能性を高めるために、今こそ、冷静な検証が求められる。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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