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アイルランド戦の大敗が突きつけた、ジャパンのテストマッチ絶対数不足というハンディは克服できるのか?

永田洋光スポーツライター
勝利への執念を燃やして必死の形相でタックルする稲垣啓太(写真:ロイター/アフロ)

前半40分間に感じた「もやもや」の正体

 6日のアイルランド戦、前半の40分間。

 立ち上がりに先制トライを奪われて以降、有効なアタック場面をなかなか作り出せないジャパンの元気のなさが気になった。しかし、それ以上にずっと何かが頭に引っかかっていた。

 0―29で迎えたハーフタイム。

 何が引っかかっているのか、もどかしい思いを抱えながらコーヒーを淹れたところで、正体に思い当たった。

 19年W杯後のジャパンは――正確に数えれば19年W杯準々決勝南アフリカ戦から――すべての試合で前半40分をビハインドで折り返している。

 いや、それだけではなく、19年南アフリカ戦から今年6月のサンウルブズとのウォーミングアップマッチも含めた6試合すべてで、試合の最初のトライを相手に奪われている。田村優のPGで先制した7月3日のアイルランド戦も、8分にトライを奪われてスコアをひっくり返されているのだ。

 以下に、対戦相手→試合で最初のトライ→ハーフタイムのスコア→最終スコアの順で整理すると、こんな具合だ。

 南アフリカ代表 4分マカゾレ・マピンピ 3―5 3―26 

 サンウルブズ 19分荒井康植 3―14 32―17 

 ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ 12分ジョシュ・アダムズ 0―21 10―28

 アイルランド代表 8分クリス・ファレル 17―19 31―39

 オーストラリア代表 7分トム・ライト 13―17 23―32

 アイルランド代表 4分ジェイムズ・ロウ 0―29 5―60

 もちろん、W杯における輝かしい金星である15年大会の南アフリカ戦も(この試合はジャパンがPGで先制した)、19年大会のアイルランド戦勝利も、どちらも最初のトライは相手が記録したものだったし、どちらも前半はリードされて僅差を追う展開だった。だから、前半劣勢だったとしても、それがそのままジャパンの敗北に直結するわけではない。

 ただ、この6試合で、ジャパンが立ち上がりから主導権を握って進めたゲームは一つもなかった。「試合の入り」の善し悪しで言えば、すべて入りが悪く、常に追う展開を強いられた。しかも、ジャパンが、W杯でのボーナスポイントの条件となる4トライ以上を挙げたのは、サンウルブズ戦を除けば、7月のアイルランド戦のみ。終了3分前まで4点差に迫った10月のオーストラリア戦も、トライ数で見れば、オーストラリアの5に対してジャパンは2だった。

 これでは、いわゆる「ティア1」の代表チームを相手に、勝利をもぎ取る可能性が低くなる。

 現在のジャパンの姿は、たとえ善戦した場合でも、先頭の背中を終始追い続け、必死の思いで並びかけたところでスパートされて引き離されるマラソンランナーのように映るし、6日のアイルランド戦に至っては、スタート直後から一気にスピードで引き離されて惨敗したように見えた。

 大丈夫なのか、23年W杯は。

 それが、率直な感想だった。

強豪チームとの対戦経験の少なさが強化の停滞を招いた?

 23年に向けて不安が膨らむ背景には、ジャパンの試合数の少なさがある。

 アイルランド戦では、攻防の接点で圧力をかけられず、アタックを仕掛けてはブレイクダウンの位置を押し下げられ、ディフェンスでは逆に、タックルしたにもかかわらず相手を倒しきれずにずるずると後退した。こうした「接点での非力さ」が不安を増大させる要因だが、それはトレーニングの問題というより、ホームで万全の準備をした強豪との対戦経験の少なさに原因があるように思える。

 ポストW杯のテストマッチ日程が、世界的なコロナ禍で大幅に変更を余儀なくされたとはいえ、アイルランドはこの日までに16試合のテストマッチを戦っていた。対するジャパンは、これが4試合目だった。

 6~7月と10~11月の「ウィンドウマンス」にテストマッチを戦う以外に常設の大会を持たないジャパンとは違って、アイルランドは、それに加えて毎年1月から3月にかけてシックスネーションズ5試合を戦う。23年W杯で同組のイングランドも同様だ。同じく23年W杯で大一番を戦うアルゼンチンも、ウィンドウマンスに加えて、ザ・ラグビー・チャンピオンシップで毎年ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカと2試合ずつ戦っている。

 テストマッチという貴重な試合機会の絶対数が、そもそも違うのだ。

 19年W杯に至る過程では、サンウルブズにジャパンの選手や候補を集め、テストマッチではないものの、スーパーラグビーという大舞台で厳しい試合を数多く戦い、それがテストマッチの少なさを補って着実に経験値を積み増した。しかし、サンウルブズがスーパーラグビーから除外された今は、そうした強豪との対戦経験が圧倒的に不足している。

 それがゲームのさまざまな局面に影響を及ぼしているのだ。

23年W杯に向けて新たな可能性を試したアイルランド

 6日は、アイルランドがホームのダブリンでほぼベストといっていい布陣で臨んだだけではなく、キャプテンでゲームを司るSOジョナサン・セクストンの100キャップ目を記念する試合でもあった。当然、非常に高いモチベーションで臨んでくることが予想された。

 ジャパンにとっても、19年W杯での勝利がフロックではなかったことを敵地で示す絶好の機会であり、ポストW杯のテストマッチで未勝利であることを考えれば、勝利への思いは強かったはず。だから、双方のモチベーションに、それほど大きな違いがあったとは思えない。

 しかし、ジャパンがこれまでの戦い方を基盤に準備を進めたのとは対照的に、アイルランドは、シックスネーションズで頭角を現した快足WTBジェイムズ・ロウをフル活用する形で、23年W杯に向けた戦い方を準備していた。もちろん、ジャパンの分析も周到に済ませた上で、だ。

 その結果、従来のキックを中心に試合を進めてFWの力技でPGを積み重ねるような戦い方ではなく、ボールを細かくつなぎ、積極的に防御の隙間にプレーヤーたちが走り込む戦い方に変えた。昨年から16試合戦った内容を分析して、23年に向けた新しい可能性を試したのだ。

 つまり、ジャパンがまだ、新しい戦い方を目指す際に必要な情報の整理――チームのどの部分に修正が必要で、どの部分がこれからの強みになるかといった見極め――の段階にあるのに対して、アイルランドは見極めを済ませ、そこで得た情報をもとに新しい戦い方の構築とテストにまで進んでいた。55点差というジェイミー・ジョセフHC(ヘッドコーチ)体制になってからの最大得点差で敗れた原因は、極論すれば、そんな「フェイズの違い」にあった。

 ジャパンは23年への準備で大きく遅れているのである。

ポスト福岡に悩むバックスリーの未整備

 試合経験の少なさは、アイルランドの先制トライの場面にも顔を出した。

 アイルランドのキック対策としてジョセフHCがWTBに起用したディラン・ライリーのポジショニングが少し遅れ、タッチライン際までの狭いスペースのディフェンス要員が少ないと判断して飛び出したFLベン・ガンターとの間にギャップができた。そこをアイルランドCTBバンディー・アキに走られて、最後はロウがトライに仕上げた。

 ギャップを作ってしまったガンターが懸命にロウを追走する姿は胸を打ったが、それ以前に、本来はアウトサイドCTBのライリーが不慣れなWTBに入ったために、防御におけるWTBの大切な役割――タッチライン際を守ること――を果たせなかった。厳しい言い方をすれば、組織防御の原則がこのレベルで通用するほどには落とし込まれていなかったのだ。

 開始4分に食らったこの手痛い先制パンチが、両チームの明暗をくっきり分ける分水嶺となったのである。

 この場面に象徴されるように、福岡堅樹が抜けた後のバックスリー(両WTBとFB)の連携が、チームとして定まっていないことも攻守に大きな影響を及ぼしている。

 人数が余った状態でパスをもらい、トライへと駆け抜けることについては問題がなくとも、相手からボールを奪い、あるいは相手がミスしたボールを拾うや、相手とすれ違って大きく抜け出し、ピンチをチャンスに変えるような動きがまだ見られない。だから、自陣から有効なアタックで抜け出すことができない。相手と競り合うはずのコンテストキックを蹴っても再獲得には至らないのが現状だ。

 アイルランド戦ではフランスから合流した松島幸太朗がFBで出場したが、バックスリーの連動でチャンスを作り出すような場面は見られず、孤軍奮闘といった印象だった。

 これが、冒頭に書いた「入りの悪さ」にもつながっている。

 自陣から相手の意表を突いたアタックを繰り出すことができず、繰り出したとしても精度が低く、相手を脅かすことができていない。世界中のどのチームも恐れるジャパンの意外性が最初から発揮できないのだから、相手は脅威に感じず、接点に圧力をかけて球出しを遅らせることに重点を置いた防御に集中できる。

 それが、勝利の朗報がなかなか届かない原因となっているのだ。

 このヨーロッパ遠征も、残すは13日のポルトガル戦と20日のスコットランド戦の2試合だ。

 格下のポルトガルに勝つことはもちろんだが、強豪との対戦が続いたこれまでの試合では試せなかった大胆な試みをすることが、この試合の大きなテーマとなる。

 たとえば、バックスリーを起点にした積極的なカウンターアタック。

 自陣からの崩し。

 そうした大胆な試みの中からスコットランドを倒すためのヒントをつかみ取ってこそ、テストマッチの絶対数不足という圧倒的なハンディが克服される。

 そう、ヨーロッパ遠征の残り2試合は、23年W杯への道筋をつけるための大切な大切なテストマッチなのである。

スポーツライター

1957年生まれ。出版社勤務を経てフリーランスとなった88年度に神戸製鋼が初優勝し、そのまま現在までラグビーについて書き続けている。93年から恩師に頼まれて江戸川大学ラグビー部コーチを引き受け、廃部となるまで指導した。最新刊は『明治大学ラグビー部 勇者の百年 紫紺の誇りを胸に再び「前へ」』(二見書房)。他に『宿澤広朗 勝つことのみが善である』(文春文庫)、『スタンドオフ黄金伝説』(双葉社)、『新・ラグビーの逆襲 日本ラグビーが「世界」をとる日』(言視舎)などがある。

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