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地方自治体の公務員採用試験で「同性に惹かれるか?」「女性に生まれたかったか?」などの質問は許される?

明智カイト『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

地方自治体による公務員・教員・警察官の採用試験のときに「適性試験」として、しばしば心理テストが用いられていますが、その一種であるMMPIという心理テストには「同性に魅かれるか?」「女性に生まれたかったか?」などのセクシュアリティに関する質問項目が多数あり、受験生は「はい」「いいえ」の2択回答を迫られています。

米軍の兵士採用試験において同性愛者を排除する意図で使われてきた試験

MMPIは、もともと1943年にアメリカで開発されたもので、米軍の兵士採用試験において同性愛者を排除する意図で使われた歴史を持っています。これは試験結果を分析するための心理的尺度の中に「男性性/女性性尺度(Mf尺度)」という項目があり、個人の性的傾向があらわれるためです。近年、アメリカでは人事選考に関してMMPIを用いたことを巡って裁判となり、試験を行った企業が敗訴しています(2005年アメリカ連邦裁判所判例)。

就職の際の面接等で、家族や出生地など本人に責任のない事項や、妊娠出産についての考え、思想信条など本来個人の自由であるべき事項を尋ねることは差別につながるとして、厚生労働省や文部科学省は企業等に対してこれらを尋ねないよう指導しています。性的指向などに関する情報もまた同様に取り扱われるべきですし、面接に限らず、適性試験の問題に不適切な設問が存在していることにも十分注意していく必要があるでしょう。しかし、日本は性的指向や個人のプライバシーについて、心理テストの形で質問することへの問題意識がまだまだ低いようです。

日本のLGBT当事者団体が改善を要求

私が共同代表を務める「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」では、レインボー金沢と連携して、このMMPIの問題について取り上げてきました。

「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」は主に国会議員や法務省へのロビイングを担当しました。その結果、2012年6月の衆議院法務委員会で民主党の井戸まさえ衆院議員(当時)が関東地方の公務員採用試験における問題について質問を行い、滝実法務大臣(当時)も「不用意な導入がどれだけ人を傷つけるか認識が薄かった」と答弁しています。

レインボー金沢は2011年に設立されたセクシュアル・マイノリティのための人権団体で、金沢市を中心に活動しています。適性検査の問題に関しては石川県議会議員・石川県教育委員会・石川県人事委員会等に対して、新しい動向の情報提供と改善への働きかけを行ってきました。その活動が、2013年3月の石川県議会での質問や、北陸中日新聞の記事掲載につながりました。

石川県議会、国会で相次いで問題視

2013年3月1日にレインボー金沢の方たちの働き掛けにより、石川県議会において盛本芳久県議会議員が教員採用試験、職員採用試験における改善を訴えて質問しました。

この石川県議会での盛本芳久県議会議員の質問が2013年3月14日の北陸中日新聞に「石川県などの採用試験 識者『人権尊重に逆行』」として掲載されました。

2013年3月15日には、林原由佳衆院議員(当時)が衆議院法務委員会において、北陸中日新聞記事を示して、「地方公務員の採用試験で性的指向を尋ねる適性検査が行われている問題」について質問し、谷垣禎一法務大臣が「法務省の人権擁護機関では、性的指向を理由とする偏見や差別の解消を目指して、啓発活動や相談、調査救済活動に取り組んでいる」という、法務省の基本的スタンスを答弁しました。

石川県の教育委員会による教員採用試験では、MMPIの縮小版である「MINI-124」が20年以上利用されています。この「MINI-124」には個人の性的指向を露骨に尋ねる質問や、ステレオタイプな「男性性」「女性性」を測る質問が散りばめられており、戸籍上の性と異なる傾向を示す場合、否定的な評価が下されます。性同一性障害の当事者や同性愛者などのLGBTの人権を侵害するだけでなく、現代の男女共同参画社会に反する試験となっています。

この試験については2013年5月29日の衆議院法務委員会でも、林原由佳衆院議員(当時)がその後の状況などを問いました。人権侵犯の疑いがある事案については法務省が調査救済手続きを行っていますが、この石川県の事案について法務省は調査救済手続きを行っていませんでした。

大学の教職員からも試験を疑問視する声

関東地区私立大学教職課程研究連絡協議会(関私協)は、教員志望学生支援のために私立大学間ネットワークとして設立された組織です。

関私協(2013:p.5.)が刊行した報告書によれば、2010年に「会員校の教員採用試験受験者から、試験において「適性検査」が実施され、その質問項目に不快感と不安をもったという相談を受けたという報告があった」のが発端でした。

報告を受けて「教育実習ハラスメント防止部会」が、ハラスメント防止の観点から、関私協事務局を通じて「適性検査」を実施した教育委員会に問い合わせた結果、以下のことが判明しました。

・適性検査として使用されている検査は「心理検査MMPI」であること。

・結果に問題がある受験生については臨床心理士が内容を確認し面接資料として利用していること。

・面接時には面接資料に基づいて質問を考えていること。

2012年12月には教員採用試験を行っている全県・全政令市の教育委員会に調査を行い、2013年春に報告書を刊行しています(関私協2013:なお翌年も調査を実施し報告書を刊行)。

専門家の関与:実施の33自治体のうち、判定に臨床心理士等の専門家が関わるのは12.1%、関わらないのは48.5%、無記入・非公表が24.2%、その他が15.2%でした。「心理検査は、適切な訓練を受けた専門家によって使用されるべき」として、結果の処理の自動化に安住した、安易な利用がないか、問題を指摘しています。

合否への影響:適性検査の結果が合否に関わるか否かを質問したところ、その他の回答が15自治体と多くありました。その他の回答を内容に応じて再分類した結果、合否に関わるのが72.7%、関わらないが12.1%、無記入・非公表が15.2%でした。合否にかかわるのであれば、「心理検査の使用の妥当性や信頼性について、十分検証しなければならない」。また合否に関わらないのであれば、「受験者に課すことにも問題はある」のではないでしょうか。

法務省の対応

2013年3月1日に法務省人権擁護局が発表した『平成24年中の「人権侵犯事件」の状況について(概要)』「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」が訴えてきた事例について掲載されました。

『平成24年中に法務省の人権擁護機関が救済措置を講じた具体的事例』

(差別待遇事案)

事例7 採用試験における不適切な取扱い事案

採用試験において,性同一性障害者に対する不適切な質問項目があるとの申告を受け,調査を開始した事案である。

専門家からの事情聴取を行うなどして検討したところ,当該質問を含む試験を実施するに当たっては性同一性障害者に対する配慮が必要と認められたことから,その旨を当該試験を実施した者に伝えたところ,翌年度において,当該試験全体の見直しを検討する中で,当該質問項目についても改善の適否を検討するとの説明を受けた。

そして,翌年度の当該試験において,当該質問は,性同一性障害者に配慮した方法で実施された。(措置:「援助」)

2012年(平成24年)の人権侵犯事件に関する法務省の発表によれば、地方自治体の公務員採用試験で性的指向等を問う設問があった事案について、法務省が調査救済手続を行い、法律的なアドバイスをする「援助」という措置をとっています。つまり、このような採用試験には問題があると法務省も認識しているはずなのに、他府県で同じ状況が繰り返し発生しているということです。

性的指向や性自認を理由とする偏見や差別の解消は、法務省の主な人権課題のひとつに掲げられています。今回の採用試験のような事案について、法務省が「性的指向を尋ねるような採用試験は、人権侵害にあたる」という明確な姿勢を示すことこそが、差別をなくすための大きな一歩となるのではないでしょうか。

LGBT当事者の国会議員が政府に質問主意書を提出

レズビアンであることを公言して当選した尾辻かな子参院議員(当時)は「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」の要望を受けて2013年6月24日に『性同一性障害等の性的マイノリティに対する偏見や差別を助長しかねない教員採用試験における適性検査の実態とその改善等に関する質問主意書』を政府に提出しました。

詳細についてはこちらの記事をご覧ください。

「性的マイノリティに関する質問で安倍晋三首相が答弁?『質問主意書』について解説」

質問主意書への答弁内容により性的マイノリティへの偏見や差別に対する政府の見解が明らかになりました。

答弁の「五について」の中にある、「お尋ねの教員の採用選考は、教員の任命権者である教育委員会等において、このような事例等も踏まえた上で、適切に行われるべきものであると考える。」は適性検査の見直しを求める積極的な内容であったと思います。

ただ、「具体的な対応策」がまったく回答されていないのは残念でした。今後、政府には性的マイノリティへの偏見や差別を解消するための具体的な対応策を期待したいと思います。

今後の取り組みについて

厚生労働省は、『採用のためのチェックポイント』の中で、採用選考の基本原則として、(1)応募者の基本的人権を尊重すること、(2)応募者の適性・能力のみを基準として行うこと、を掲げています。

その上で、「公正な採用選考チェックポイント」を公表しています。この中に「i 適性検査を行う場合、専門的知識のある人が実施するようにし、結果を絶対視したりうのみにしていない。」という項目があります。「チェックポイントの回答の中で(中略)当てはまるものがある場合には、(中略)貴社の採用選考システムを見直していただきますようお願いします。」と求めています。この基準に照らして、関私協(2013)の報告書が指摘するように、医師や臨床心理士等の専門家が実施しない試験は、問題と言えます。

2013年6月28日には愛媛新聞において「県警採用試験 人権侵害か」として愛媛県警がMMPIを採用試験に用いている記事が掲載されました。最近では、2014年11月16日に毎日新聞において「<教員採用>「プライバシー侵害」心理テスト、受験生ら募る不信」という記事が掲載されています。

就職時の偏見に満ちた適性試験で若者の自尊心が傷つけられたり、子どもたちが自分の性的なアイデンティティーに苦しんで自殺したりするような事態は避けなくてはなりません。今後も引き続き、未来を担う若者や子ども達が、差別のない社会で安心して暮らせるように取り組みを進めていきたいと考えています。

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この記事は、岩本健良氏による2013年の日本教育社会学会大会および日本社会学会大会の報告要旨・報告資料および同氏から提供いただいた資料等に多くを負っており、この記事原稿についてもアドバイスをいただきました。心より御礼申し上げます。

岩本健良(いわもと・たけよし)

社会学

金沢大学人間科学系/人文学類准教授。1962年兵庫県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。研究テーマは、機会の不平等、研究倫理やデータベースなど知的情報基盤、等。近年は、教員・公務員等の採用試験適性検査における人権問題にも取り組んでいる。

文献

岩本健良 2013.「教員・公務員採用試験適性検査における人権と司法・心理学-心理テストMMPIへの異議申し立てをめぐって-」『第65回日本教育社会学会大会報告要旨集』Pp.254-255.

関東地区私立大学教職課程研究連絡協議会 第6部会・教育実習におけるハラスメント防止

研究部会2013.『教員採用試験における適性検査問題に関する実態調査』同部会

『NPO法人 市民アドボカシー連盟』代表理事

定期的な勉強会の開催などを通して市民セクターのロビイングへの参加促進、ロビイストの認知拡大と地位向上、アドボカシーの体系化を目指して活動している。「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」を立ち上げて、「いじめ対策」「自殺対策」などのロビー活動を行ってきた。著書に『誰でもできるロビイング入門 社会を変える技術』(光文社新書)。日本政策学校の講師、NPO法人「ストップいじめ!ナビ」メンバー、などを務めている。

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