FW岩渕真奈が今シーズン初ゴール。INACのエースがなでしこジャパン復帰に向けて完全復活の狼煙
【待ちに待ったゴール】
女子サッカーは6月のフランスW杯開幕を前にした4月上旬、国際Aマッチウィークに世界各地で国際親善試合が行われた。なでしこジャパンもフランス(●1-3)、ドイツ(△2-2)と試合を行った。
一方、国内ではなでしこリーグが一時中断され、リーグカップが開幕した。
4月13日(土)の第2節で、INAC神戸レオネッサ(INAC)はジェフユナイテッド市原・千葉レディース(千葉)と対戦。DF鮫島彩、MF中島依美、DF三宅史織、MF杉田妃和の代表に選ばれた4名(三宅はベンチ入りしたが出場せず)を欠いた中、1-0で勝利している。
貴重なゴールでこの勝利を引き寄せたのが、FW岩渕真奈だ。待ちわびた今季初ゴールだった。
前半16分。FW仲田歩夢が相手陣内の左サイドでボールを持った瞬間、FW京川舞が中央から斜めの動きで相手の注意を引きつける。空いたスペースに岩渕が走り出すと、仲田から絶妙のスルーパスが送られた。
GKとの1対1を迎えた岩渕は、ギリギリまで相手の体勢を見極め、右足で鮮やかな股抜きからゴールネットを揺らした。
この試合で、岩渕はトップ下を任され、中島に代わってキャプテンマークを巻いて臨んでいた。
「真ん中(のポジション)をやらせてもらっているので、自分がゲームを作ることはもちろん、結果も出さないといけないと思っていました。いろいろと葛藤した中で、ようやく1点が取れたことは大きかったです」
試合後、岩渕は「ようやく」という表現を何度か使った。そこには、この一点に至るまでの遠さが込められていた。
岩渕は今年3月に26歳を迎えたが、そのキャリアは、同年代の選手たちと比べてずば抜けている。18歳で女子W杯優勝を経験。翌年、19歳でドイツに渡り、名門バイエルン・ミュンヘンでリーグ2連覇を達成するなど、約5シーズン、異国の地でストライカーとして確かな爪痕を残した。その間には、代表で12年のロンドン五輪銀メダルと15年のW杯準優勝も経験している。
しかし、度重なる膝のケガの治療に専念するため、17年3月にドイツからの帰国を発表。同年6月、INACに加入し、1年目は実戦に復帰して少しずつ感覚を取り戻していった。
そして、INACで2年目となった昨シーズン。
代表では、4月のW杯アジア予選で全5試合にフル出場して2ゴールを挙げ、新生チームの初タイトルの原動力となり、大会MVPを受賞した。8月のアジア競技大会でもエースにふさわしい活躍で、タイトルに貢献している。
しかし、W杯アジア予選で鼻骨を骨折してしまう。チームに戻ってからはリハビリなどに時間を取られてコンビネーションを合わせる時間が少なく、結局、リーグ戦は12試合で2得点にとどまった。
試合後は悔しそうな表情でスタジアムを後にすることが多く、シーズンが終盤に差し掛かった昨年12月の皇后杯3回戦の試合後には、こんなコメントを残している。
「青い(代表の)ユニフォームを着ている時は、赤い(INACの)ユニフォームの時より(調子が)良かったと思います。リーグで2点しか取れず、リズムを崩してチームに迷惑をかけてしまいました」
それでも、ベレーザ戦などの大一番では勝負強さを発揮した。
年始の皇后杯決勝(1月1日)で、INACは延長戦の末に2-4でベレーザに敗れたが、この試合でINACが見せた鋭いカウンターと、美しいコンビネーションから決めた2ゴールは、試合を大いに盛り上げた。岩渕は120分間フル出場し、チーム最多のシュート(4本)を放ち、FW増矢理花の先制点をアシストした。
だがこの試合中、岩渕はまたしても負傷を抱えることになってしまった。
右足でボールを触ろうと無理な体勢で踏み込んだ際、左足の裏に鋭い痛みが走った。負傷したのは、踵(かかと)の「足底筋」だった。
「(1月の)オフは歩くのも辛いぐらいで、このままではまずいと思ったし、本当に良くなるのかなという葛藤もあった」と、岩渕は振り返る。
踵や土踏まずに痛みが起こるこの障害は、Jリーガーにも罹る選手が多いという厄介な病気だ。
【不安と焦りの中で】
W杯を6月に控えた中、クラブでも代表でも期待を背負う存在だからこそ、想像を超えるプレッシャーもあっただろう。
だが、周囲の人たちの協力で、信頼できるドクターに巡り会うことができた。「人に恵まれました」と、岩渕は言う。
そうして、3月末の開幕戦に間に合わせることができたのだ。
その後は1試合ごとにピッチに立つ時間が長くなり、フル出場した前節(4月7日)の浦和レッズレディース(浦和)戦で、代表組を欠く中、京川の決勝ゴールの起点となり、1-0の勝利に貢献している。
そろそろ、岩渕自身にもゴールが生まれそうな予感はあった。
この千葉戦は、高倉麻子監督も視察に訪れていた。欧州遠征中、「日本に残してきた選手のコンディションも考えて(最終メンバーを決める)」と話していた指揮官のリストに、岩渕はほぼ間違いなく入っているのではないだろうか。
この4ヶ月間をどんな心境で過ごしたのかーー試合後、代表について質問が及ぶと、岩渕は「焦りもありました」と正直に明かしている。
年始の国内合宿と2度の海外遠征には参加していない。代表の前線は新戦力も多く試されており、激戦区だ。出ることがかなわなかった、本大会前最後のフランス、ドイツとの2連戦は、復帰への熱意に拍車をかけた。
「(あの2試合を見ても)代表では若い選手たちが活躍していて、誰が(代表)メンバーに入って、誰が試合に出るかわからない状況だと思います。それだけに本当に刺激になったし、試合を見ながら『もっとやらなければいけない!』と思ってムズムズしました」
ヨーロッパには、ドイツでプレーしていた時の仲間や対戦相手も多くいる。それだけに、ピッチに立てなかった悔しさはひとしおだったようだ。
【進化したプレースタイル】
代表組がいない中での2連勝はINACにとって大きな価値があり、岩渕にとっても完全復活への第一歩だが、内容には全くと言っていいほど満足していない。
「これが(自分にできる)100パーセントかと言われたら、全然、そうではないです。今できる最低限のことはできたかなというぐらいです」
今の岩渕にとっての「100パーセント」は、ゴールという、目に見える結果だけではないということだ。そして、そのことにこそ、岩渕の進化を見ることができる。INACの鈴木俊監督は試合後にこう話している。
「彼女の持ち味はゴールに向かうドリブルとか、個人で突破するところですが、味方をうまく使いながら自分も生きるというところがスムーズにできるようになってきました」
岩渕は、若い頃から代表でもクラブでも、澤穂希や宮間あやといった高い技術と戦術眼を持った選手たちとプレーをし、質の高いパスを受け続けてきた。だからこそ、ゴール前の仕事を思う存分全うすることができた。
しかし、現在のINACは世代交代後、新たなスタイルを築く過渡期にある。待っているだけでは、いいパスは出て来ない。鈴木監督は岩渕を様々なポジションで起用し、岩渕自身も柔軟な発想でプレーの幅を広げていった。
「INACにも良いパスを出してくれる選手はいます。でも、このチームには出し手よりも受け手の方が多いので、自分がためを作ったり、ボールを落ち着かせることもあります。チームが勝つために何が一番必要かを考えたら、ゴール前の仕事だけやっていればいいわけではないですから」(岩渕)
相手にとって怖いのは、生粋のドリブラーとしての岩渕だろう。だが、「出し手」としての岩渕もなかなか魅力的だ。
受け手との呼吸が合わずミスになることもあるが、見えている空間や崩しのイメージが他の選手とは明らかに違う感じがするのだ。
だからこそ、パスが通った時はその視野の広さに唸る。
皇后杯決勝で、岩渕とのワンツーから増矢が決めた1点目や、前節の浦和戦のDF高瀬愛実への矢のようなサイドチェンジもそうだった。代表でも、昨年のアジア競技大会の決勝戦で、カウンターの起点になって中島の素晴らしいアシストにつなげている。
「チームをどう動かしていくかという自分のイメージがあって、それが上手くいかなかった時に、今は逃げ道(他のアイデア)がありません。もう少し、そういう発想が(共有)できる選手が増えたら、INACはさらに強くなると思うんです。試合の中で自分がボールをたくさん触りながら、チームに何か(新たな発想)を与えられたらと思っています」(岩渕)
実際、岩渕が攻撃のイメージを共有できる選手は増えており、それがINACの伸びしろにもなっているように見える。
代表では、国内とは異なる相手選手との間合いを想定しなければならないが、国際試合で経験を積み重ねてきた若いアタッカーたちと今の岩渕がどんなコンビネーションを見せるのか、ぜひ見てみたいものだ。
チームでしっかりと結果を残し、W杯の最終メンバーに選ばれることが、今の岩渕にとって最大の目標だ。そのためにも、何としてもケガは避けたい。
「この場面でいったら危ないな、という自分の感覚があって、そこで無理をしないようにしています。W杯に行きたい、という気持ちがありますから」
岩渕は強い眼差しとともに、最後の言葉をさりげなく強調した。