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イタリアの巨匠が心動かされ映画化したベストセラー。原作者のイスラエル人作家に訊く

水上賢治映画ライター
「3つの鍵」より

 『息子の部屋』が2001年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドールに輝くなど、これまで国際舞台で数々の受賞を重ねてきた映画監督、ナンニ・モレッティ。現代イタリアを代表する巨匠として世界に知られる彼から新たに届けられた新作「3つの鍵」は、ローマの閑静な住宅街を舞台に、同じ高級アパートメントに住む3つの家族の物語が交差し展開していく。

 同じアパートメントに住んではいるが、3家族は顔見知り程度でとくに親交があるわけではない。ただ、いずれの家族もそれぞれ家族の間にほころびが生じ、その解決策が見出せていない。

 そんな一見するだけではみえない各家族の「家庭の事情」から、社会の歪みや人間の本性、今を生きる人々の孤独や哀しみが、浮かび上がる。

 心の曇りが晴れるような物語ではない。しかし、いつ自分の身に起きても不思議ではないと思える身近な存在とのトラブルや危機を見つめたドラマは、自身と重ね合わせ、いろいろと深く考えさせられるに違いない。

 そういう意味で、ナンニ・モレッティ監督らしい奥深いヒューマン・ドラマといっていい。

 ただ、今回のモレッティ監督作品には従来とは違う点がひとつある。それは原作があることだ。

 監督としてのキャリアが50年に迫ろうかという彼だが、これまでずっとオリジナル脚本による作品を発表してきた。

 しかし、今回の「3つの鍵」は、モレッティ監督にとって初の原作の映画化になった。

 その原作は「三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと」。

 作者は、イスラエルの人気作家、エシュコル・ネヴォになる。

 いままでオリジナルでずっとやってきた巨匠に「映画化したい」と思わせたいっていい小説の原作者である彼に「三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと」のこと、映画「3つの鍵」のこと、モレッティ監督のことなど訊いた。(全四回)

インスピレーションのひとつは、心理カウンセラーとシェアしている仕事場

 はじめにエシュコル・ネヴォのプロフィールを紹介すると、彼は1971年イェルサレム生まれ。これまで作家として長編、短編、ノンフィクションなどざまざまな著作を発表している。

 その著作の多くが英語やヨーロッパ数カ国語に翻訳されて世界各国で出版。「三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと」は 、イスラエル国内はもとより世界で高い評価を得ており、本国イスラエルでプラチナ・ブック賞を受賞し、イタリアではベストセラーとなっている。

 その小説のはじまりについて彼はこう明かす。

「この本のインスピレーションの源は、いろいろなところにありました。

 まず、ひとつあげられるのは、まさにいまインタビューを受けている僕のいる場所、いつも執筆しているこの部屋にありました。

 この部屋というのはわたしの自宅ではありません。

 執筆するために借りている別宅になるのですが、実はこの部屋、心理カウンセラーとシェアして使っているんです。

 午前中はわたしがこここで執筆していて、午後は、心理カウンセラーがカウンセリングをしている。

 カウンセリングのときに泣き出してしまう人もいるから、ここにあるようにティッシュ(※ティッシュケースを画面でみせてくれる)とかきちんと用意されています(笑)。

 つまり、同じ部屋なのにまったく別のことが行われている。

 そういったこともあってか、この部屋はほかとは違う空気が流れていて、独特の雰囲気に包まれているように感じるんです。

 それと、僕がカウンセリングに同席することはもちろんありません。

 けど、その心理カウンセラーからたまに『こんなことがあった』と患者さんの打ち明け話みたいなことを聞くことがある。その中には興味深い話がある。

 この心理カウンセラーにきいた話とこの独特の雰囲気のある僕の仕事部屋でありカウンセリングルームというのが、まずインスピレーションを与えてくれました」

「3つの鍵」より
「3つの鍵」より

いつくるかわからないけど、マジカルでミステリスな瞬間がふと訪れる

 もうひとつ大きなインスピレーションを与えてくれたことがあったという。

「僕は普段、自家用車で出かけることがほとんどなんです。でも、一時期、諸事情から車が使えなくて、電車を利用していた時期があった。

 そのとき、おそらく日本の公共交通の習慣やマナーとは大きく違うと思うのですが、イスラエルでは乗客が人目もはばからず大きな声で話をするんです。

 しかも、『彼女に最近捨てられた』とか、『あることで家族でおおもめになった』とか、ものすごいその人のプライベートな話を(笑)。

 もう聞きたくなくても、声が大きいから、自然と耳に入ってきてしまう。

 この電車の中で聞いたいろいろな人のプライベートな話というもまたこの作品を書く上でのインスピレーションになりました。

 あと、電車内でのプライベートな会話を何度も聞いているうちにこんなことを感じたんです。『きわめてプライベートなことが、一般の人に聞かれることで、その境目がなくなるな』と。

 プライベートな話がいつからかパブリックな話のようになって、なにか自身もそこに入って『僕はこう思うとか』『わたしはそう思わない』とか、考えるようになる。

 『三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと』は、第一章、第二章、第三章と主人公がいて、それぞれの人物がきわめて自分のプライベートなことや自身の考えや感情をモノローグで打ち明けていく形式になっています。

 そこで、本の読者は、登場人物の語ることに耳を傾けることになって、そこでいろいろと考えることになる。

 よく考えてみると、こういう形になったのも、電車内での経験が影響している気がします。

 まあ、こう説明するのですが、いまいったことは後付けです。

 作品を書き終えた後に、そういうことに影響を受けたかなと気づいたにすぎません。 実際に、小説のアイデアがどこから来たかというのは、あいまいで。真の意味で、この小説がいつ生まれたのかは僕でもわからない(苦笑)。

 いつくるかわからないけど、マジカルでミステリスな瞬間がふと訪れる。

 今回の作品でいえば、いまいったような経験がある中で、あるとき、この部屋に入ってこの椅子に座ったら、ふとアイデアが降りてきたといいますか。

 この部屋は、3階にあるのですが、その1階のフロアに誰かが入ってきて、なぜかわたしに向けて語り掛けてくるような感じで。

 その声を受け取ったわたしは、話をきいてあげないといけないんじゃないかと思い、話をきいて書いていった。

 そんな感じで小説を書き上げていった感覚があるんです。

 こんなようないつくるかわからないのですが、マジカルでミステリスな瞬間がふと訪れるんです」

(※第二回に続く)

「3つの鍵」

監督・脚本:ナンニ・モレッティ

原作:エシュコル・ネヴォ

出演:マルゲリータ・ブイ、リッカルド・スカマルチョ、アルバ・ロルヴァケル、ナンニ・モレッティ ほか

公式サイト child-film.com/3keys

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、UPLINK吉祥寺ほか全国公開中

(C)2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

提供:五月書房新社
提供:五月書房新社

映画『3つの鍵』原作本

『三階 あの日テルアビブのアパートで起きたこと』

著者:エシュコル・ネヴォ

訳者:星薫子(ほしにほこ)

発行:五月書房新社

本体価格:2,300 円+税

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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