帝京大学に勝った明治大学。新指揮官の「刷り込み」とは。【ラグビー雑記帳】
大学ラグビー界がかすかに揺れた。
4月30日に北海道・札幌ドームで関東大学春季大会Aグループの一戦があり、大学選手権9連覇中の帝京大学が明治大学に14―17で敗れた。帝京大学の公式戦敗北は2015年11月以来のことで、春季大会での同部の黒星は今回が初めてだった。
この日は東京・秩父宮ラグビー場で、女子7人制ラグビーの国内サーキットである太陽生命ウィメンズセブンズ大会2日目があった。東京地区のラグビー担当記者の多くはこちらをカバーしていたが、メディア控室で明治大学勝利の報せを聞くと、一斉に札幌の試合に関する情報をパソコンに打ち込んだ。
伝統的に根強い人気を誇る明治大学が勝利した事実と同時に、自己評価の高低に関わらず勝ちまくってきた帝京大学が負けた事実にも注目が集まった。
円陣の言葉
明治大学では、今季から元サントリーの田中澄憲監督が就任していた。
田中監督は昨季から丹羽政彦監督の下でヘッドコーチを務めており、状況判断力や体力を改めてブラッシュアップ。19シーズンぶりに大学選手権決勝へ進み、帝京大学に20―21と1点差に迫った。
指揮官となって迎えた今季は、2月に始動するや肉弾戦の繰り返しや走り込みなどの基礎力強化に時間を割いた。これが春季大会での帝京大学戦での引き締まった防御の遠因になった側面もあろう。それと同時に注目されるのは、田中監督があいまいな「強化」ではなく勝利を目指すための具体的なアプローチをしていた点だ。
4月15日、秩父宮。7人制の東日本大学セブンズ大会を2連覇し、正門付近で解散前の集合をかけていた時だ。部員が小さくまとまった円陣の中央で田中監督が話し出したのだが、その言葉には「勝つ」の2文字をいくつもちりばめていた。厳密に言えば、「勝つ」の後に「!」を付記したようだった。
勝ったばかりの部員たちを前に、まるで決戦を翌日に控えているかのような訓示。勝とうという気持ちだけで試合に勝てるほどラグビーは甘くないと知りながら、それでも勝とうという気持ちの重要性を訴えているようでもあった。田中監督が真意を明かす。
「刷り込み、ですね。これがプレッシャーになるという考えもあると思いますが、明治大学の場合は勝ちにこだわるということをしないといけないのかな…と。これを、選手自身から出てくるようにしていきたいな、とも思っています」
帝京大学と札幌でぶつかった日、前半を10-7と折り返しながら後半25分に10-14と逆転された。この時の帝京大学は、前年ルーキーながらレギュラーとなったスタンドオフの北村将大を途中出場させて攻めの流れを良化していた。選手権決勝でもわずかな隙をついて逆転勝利を挙げていただけに、終盤のスコアは明治大学の心を折りかねなかった。
それでも明治大学は、足を止めずにボールキープ。帝京大学のいくつかの反則を引き出しながら、ノーサイド直前にインゴールを割ったのだ。
このシーンはあくまで、チームでボールを保持する技術や走り切る体力といった具象の積み重なりだ。精神論で語られるべきものではなかろう。ただ、勝負のかかった場面だったことも確かだった。22年ぶり13回目の大学日本一への期待を背負う古豪にとって、この成功体験の意味は小さくないだろう。
本番はまだ先
もっとも、大学ラグビーの本番はまだ先だ。両軍が加盟する関東大学対抗戦Aは秋に開幕し、12月には各地団体上位陣が集う大学選手権が本格化する。春、夏を通じてのお互いが錬磨した末に再戦。ここでまた同じ結果が出るとは限らない。
帝京大学は例年、選手権制覇などの大目標から逆算してじっくりとチームを作る傾向が強い。現状、注力を後回しにしている領域もありそうだ。
例えば8連覇を決めた一昨季は、春から夏にかけ判断力とハンドリングスキルなどに重点を置き、チームの背骨となるスクラムや肉弾戦にはさほど手を付けずにいた。夏合宿中の練習試合で苦戦した際も、岩出雅之監督は「うちがやっていないことをあちらが強化されていた」と悠然と構えていた。
今回の明治大学戦では8対8で組み合うスクラム、後方へ球を蹴られた際の処理などに苦しんだが、その背景には各専門のポジションにおける選手の卒業や負傷欠場がある。明治大学に比べ主力が大きく入れ替わる帝京大にとっても、この試合の価値は小さくない。
いずれにせよ、「無敵艦隊に復活した古豪が挑む」というシンプルな構図は浮かび上がった。続きを読みたい物語ができた。