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2021年、なでしこジャパンがスタート。異例の長期合宿で攻守を磨き、宮城・東京で1年ぶりの国際試合へ

松原渓スポーツジャーナリスト
2週間の合宿で攻守を細部まで確認した

【18枠への挑戦】

 3月17日から31日まで、なでしこジャパンが鹿児島県の姶良市と霧島市で2021年最初の合宿を行った。

 国内合宿として、異例の長期間にわたる活動となったのは理由がある。今年はWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)が発足し、9月に開幕する。そのため、選手たちは9月までは公式戦がない。当初の予定では1月から9月までのプレシーズンは、月1回のペースで代表活動を行い、2月にはアメリカで大会に出場することになっていた。だが、日本で昨年11月から再拡大した新型コロナウイルス感染症の第3波の影響で、緊急事態宣言が発出・延長され、合宿や遠征の中止が続いていた。

 先が見通せない状況ではあるが、7月に延期されていた東京五輪が予定通り行われることを想定して、出場国は強化を進めている。優勝候補のアメリカは、今年に入ってすでに国際試合を5試合こなしている。

 一方、日本は昨年、コロナ禍でマッチメイクが難しかった。森保ジャパンは昨年10月に、オランダで“オール欧州組”での国際親善試合を無観客で行ったが、国内組が多くを占めるなでしこジャパンは、昨年3月のシービリーブスカップ以来1年以上、対外試合を行っていない。

 そうした中、4月8日に宮城(ユアテックスタジアム仙台)でパラグアイと、11日には東京(国立競技場)でパナマとの国際親善試合が行われることが決まった。そして、合宿地や期間の変更があったものの、鹿児島県の関係者の協力を得て今年初の活動が実現したのだ。

 今回の合宿に招集された24名は、全員が国内組だ。今季オフには、FW岩渕真奈(アストン・ヴィラ)やFW田中美南(INAC神戸レオネッサからバイヤー・レバークーゼンに期限付き移籍中)、MF長谷川唯(ACミラン)、DF宝田沙織(ワシントン・スピリッツ)、MF林穂之香(AIKフットボール)らが海外のクラブに新天地を求めた。そして、今回の合宿ではDF熊谷紗希(オリンピック・リヨン)も含め、海外組の招集は見送られた。

 海外組の選手たちは、外国人選手や他国の代表選手と日常的にプレーすることで個のレベルアップを図ることができるが、代表チームには、国際Aマッチデー以外の活動で招集しづらく、連係を合わせる機会が限られる。選手の海外挑戦について、高倉麻子監督は、「私の立場で正直に言えば、呼びやすい環境でみんなが揃って練習できることが一番いいのかなと感じますが、それ以上に、強い気持ちを持って海外のスピードやパワーに対してチャレンジしていくことは大きな財産だと思います」と、前向きに捉えていることを明かした。

 大会3カ月半前の今は、本来ならチームとしてある程度メンバーを絞り込んだ上で細部を詰めていく段階に差し掛かっていてもおかしくないが、コロナ禍で予定通りには進んでいない。現状は大枠となる30名強の候補がおり、五輪の18枠に絞り込むための選手選考はこれからだ。

 指揮官は、五輪に向けたチームの青写真はすでにあることを明かしつつも、「それを覆すような成長を見せてくれる選手や、調子が上がってくる選手がいて、チーム力も上がっていく、といいなと思っています」 と、いい意味で予想を裏切ってくれる選手の台頭にも期待している。実際、国内リーグでパフォーマンスを上げてきた選手たちもメンバー入りに全力アピールを見せており、選考は難航しそうだ。

 五輪は18枠と少なく、猛暑の中でグループリーグから決勝まで中2〜3日で6試合を戦わなければならない。ケガなどの不測の事態も想定すれば、1人が複数のポジションがこなせることは不可欠だ。ユーティリティ性は、なでしこジャパンが目指す攻撃的なパスサッカーを実現するためのキーファクターにもなる。

 今回の24名の中で、特に中盤や両サイドバックは、所属クラブや代表で複数ポジションをこなせる選手が占めた。ディフェンス陣では、DF北村菜々美(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)やDF高橋はな(浦和レッズレディース)が、新たに五輪候補入りしている。2人はそれぞれ、昨年10月と11月の合宿に追加招集で呼ばれたが、積極的なプレーで持ち味をアピール。スピードとテクニックがある北村は左右のサイドバックとサイドハーフでプレーすることができ、速さと強さを兼ね備えた高橋はFWとセンターバック、サイドバックでプレーできる。

 アタッカーは激戦区だが、今回の鹿児島合宿では、18歳のMF木下桃香(ベレーザ)と、16歳のFW浜野まいか(セレッソ大阪堺レディース)が初招集されている。2人とも、現代表では最年少の世代だが、所属チームでは昨季、レギュラーとしてなでしこリーグでの上位進出を支えた。初のA代表にも物怖じすることなく、アグレッシブなプレーを見せていた。

 新戦力の選手たちにとって最大のアピールは、自分のプレーが「国際試合で通用する」ことを示すことだ。4月と6月に予定されている4試合の国際親善試合が最終選考の場となるだろう。

木下桃香(左)、浜野まいか(右)
木下桃香(左)、浜野まいか(右)

【長期合宿の収穫】

 合宿中のホテルでは、朝と夜の検温や消毒、練習以外のマスク着用などの対策に加えて、食事は個別、部屋は一人部屋で移動や散歩が制限されるなど、厳しい対策がとられていた。それだけに、一日一回の練習では、ピッチ上で活発なコミュニケーションが見られた。

 日本が目指すサッカーにおいて、攻撃では「ボールを失わない」ことが生命線となり、守備では「攻撃の時間を増やすことが最大の守備」となる。ただし、強豪国との対戦では「ボールを持たされている」ように感じる試合も多くなるため、攻撃面ではパススピードや判断のスピードを上げることを目指してきた。

 また、守備についても対戦相手によって出来・不出来の波がある。昨年3月にアメリカで行われたシービリーブスカップで、日本はスペイン、イングランド、アメリカと対戦し、3連敗を喫している。スペインは五輪に出場しないが、アメリカとイングランドは五輪で対戦する可能性がある。2カ国ともスタイルは違えど、スピード、パワーとコンビネーションの合わせ技で複数の得点パターンを持つ。

 そうした相手に対して守備で1対1の場面を作らせず、狙いを持って確実に奪うために、コーチ陣のアプローチには変化が見られる。ピッチを5つのレーンに区切って、状況に応じた選手同士の距離感や立ち位置、守備時に絞る範囲などを明確にし、個々の役割をより具体的に決めていく。そうすることで、エラーの対策が立てやすくなり、良い守備の再現性が高まった。守備面の強化を担当する大部由美コーチは、こうした取り組みの変化ついて、「最後は選手たちがピッチの中で決めることなので、同じ絵が描けるきっかけ作りになれば、ということで、アイデアとして取り入れました」と、その意図を明かした。

 海外勢のパワーやスピードを想定し、国内合宿では男子高校生、男子大学生との合同練習やトレーニングマッチを積極的に組んできた。今回も、鹿児島の鹿屋体育大学の協力を得て最終日にトレーニングマッチを行っている。結果は、2点を先制されながら、FW浜田遥(マイナビ仙台レディース)の2ゴールとMF塩越柚歩(浦和)のゴールで3-2と逆転勝利で締めくくった。

 浜田は昨年のなでしこリーグで15得点を挙げて得点ランク2位になり、11月の国内合宿で初招集された。173cmの高さとスピードが武器で、テクニックやパワーというよりは、守備も含めて泥臭さに特徴がある。27歳での初招集(現在は28歳)は、他の選手に比べると遅咲きだが、目標に向かってコツコツ積み上げる努力を惜しまない選手だ。「自分はみんなみたいに足元が上手ではないので、背後を狙ったり、一瞬の隙は逃さないようにしています」と話し、今回の合宿中は、相手の背後を取るための様々なスキルを習得していた。「自分にないいいものを持っている選手がたくさんいるので、練習の映像も見返してみんなの動き出しなどを勉強しています」と、味方の動きもつぶさに観察し、最終日のトレーニングマッチでは、DF清水梨紗(ベレーザ)とMF猶本光(浦和)のアシストから、有言実行の2ゴール。紅白戦でもMF宮澤ひなた(マイナビ仙台)とのホットラインでゴールを決めるなど、これ以上ない結果を残した。

左から三宅史織、浜田遥、杉田妃和
左から三宅史織、浜田遥、杉田妃和

 2週間の合宿を終え、高倉監督は、「新しい選手の底上げを強く感じましたし、それがチームにパワーを与えていると思います。五輪の18枠に対して『絶対』の選手はいませんし、まだまだ私自身は悩む覚悟でみんなのプレーを楽しみに見ながら、いろいろなもの(プレーや連係)を研ぎ澄ませていけたらいいなと思います」と、嬉しい悩みを口にしている。

 守備面でも収穫があった。鮫島彩(INAC神戸)は、試合後のオンライン取材でこう語っている。

「FWの追い方や守備のスイッチの入れ方を意識して、エラーが出てもいろいろとトライしてみよう、と話して入りましたが、前半はそれを意識しすぎて、守備で体力を消耗しすぎて攻撃にパワーを使えませんでした。後半はラインを下げて、何シーンか自分たちで意図的に追い込めるシーンを作れました。その部分は収穫が非常に大きかったと思います」

 守備はこれまで、実戦の中でエラーと修正を繰り返して少しずつ積み上げてきた。長期間の合宿を締めくくるトレーニングマッチの直後にもかかわらず、鮫島が、「いい意味でのエラーがいくつか出たので、ここで解散ではなくて、これを踏まえてどう修正していくかを連続的にやりたいなという心境です」と活動がここで終わるのを残念がったのは、一つ先のステージに進むための確かな感触を得ているからだろう。

 4月1日には、8日のパラグアイ戦と11日のパナマ戦に臨むメンバーが発表された。この2試合はインターナショナルマッチデーと重なるため、FW岩渕真奈、FW田中美南、FW籾木結花、MF長谷川唯、MF林穂之香、DF宝田沙織ら、海外組も招集されている(主将の熊谷はチーム事情で招集できなかった)。厳格な防疫措置とともに、期間中は徹底した対策がとられる。試合と練習以外は海外組と国内組が別行動になるなど、コミュニケーションを取れる場は限られるが、1年1カ月ぶりの対外試合とあって、選手たちのモチベーションは相当に高いはずだ。国内合宿で積み上げた攻守の課題やチャレンジしたいことを、この2試合でしっかりと表現してほしい。

【継続的なフィジカル強化の成果】

 パラグアイは最新のFIFAランキングでは47位、パナマは59位とランキングは日本(10位)よりも下だが、パラグアイと日本は年代別代表で対戦経験があり、身体能力の優れたアタッカーもいる。そうした相手に、組織力のみならず、フィジカル面や1対1でどこまで戦えるかということも、なでしこジャパンの現在地を見極める一つの物差しになる。

 2008年からなでしこジャパンのフィジカルコーチを担当してきた広瀬統一コーチは、高倉ジャパンでは16年から、世界のトップクラスと戦うためのフィジカル強化を計画的に進めてきた。持久力や筋力、戦術面と連動したスピードの向上など、取り組みは多岐にわたる。合宿中のオンライン取材では、五輪に向けた仕上げの一環として、個々のフィジカル能力を試合の中で生かすスキルを高めている段階であることを明かした。

「たとえば信号でダンプカーと軽自動車が並んでいて、信号が青になった瞬間は軽自動車の方が先に行けるわけです。(同じように、)日本の選手の体格が小さいことがアドバンテージになることもあって、欧米の選手は日本人選手に対して瞬間的な加速力の脅威を抱いています。そういったアドバンテージを最大化して、相手の特徴を最小化する。そのためのスキルや戦術とフィットネスを融合させることを考えています」

 WEリーグが発足して、多くの選手がアマチュアからプロになり、体作りなどに時間を割けるようになったことも、代表の取り組みを後押しする。広瀬コーチは以前からの変化について、「間合いの詰め方が変わってきましたし、キックやパスのスピードは、ボールに足を当てた瞬間の音が変わってきました」と語った。

 五輪の出場国は、現時点で日本の他にオーストラリア、ザンビア、アメリカ、カナダ、オランダ、スウェーデン、イングランド、ブラジル、ニュージーランドの10カ国の出場が決まっている。残る2カ国はアジアのもう1枠(韓国か中国)と、アフリカ(カメルーン)と南米(チリ)で争われる大陸間プレーオフの結果次第だが、いずれも4月上旬には決定する。そして、大会の組み合わせ抽選は4月21日に行われることが決まっている。

 4月に行われるパラグアイ戦とパナマ戦では、大会を3カ月半後に控えた日本の現在地を確認しつつ、「コロナ禍で苦しむ人たちに笑顔や勇気を届けられるような試合を」と心を奮い立たせる選手たちの勇姿を、しっかりと目に焼きつけたいと思う。

※写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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