H3ロケット2号機で衛星搭載なしの方針はどう決まったのか リスク承知の衛星に相乗り機会提供も検討
日本の新型基幹ロケット「H3」試験機2号機の機体構成の検討が始まった。当初予定されていた先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」は搭載せず、1段エンジンを3基ではなく1号機と同じ2基の形態で、基幹ロケットの開発を急ぐ案が文部科学省より提案された。ALOS-4の運用開始は遅くなるものの、失敗が2回続いたとしても衛星を失うリスクを避けられる。一方でペイロードの余裕を活用して、試験機リスクを承知の小型衛星に「相乗り」機会を提供する検討も始まっている。H3試験機2号機の構成変更にどのようなトレードオフがあったのか、方針が公開された文部科学省 宇宙開発利用部会での報告を元に解説する。
機体構成とエンジンの新規要素を減らして開発スピードを重視
2023年3月7日、JAXAの「だいち3号(ALOS-3)」を搭載したH3ロケット試験機1号機は、2段エンジンの電気系統の異常のためエンジンに着火することなく飛行を中断し、打ち上げは失敗した。1段エンジン「LE-9」は予定通り燃焼したものの、2段以降は飛行を完了していない。現在は2段エンジンの推進剤供給配管のバルブ、または点火器の部分で短絡または地絡の発生により電気系統に異常が発生した可能性が高く、詳細な原因の絞り込みが行われている。
一方で、原因究明と対策が終わり次第すみやかに2号機の打ち上げに進めるよう、計画を詰めておく必要がある。もともとH3試験機2号機には、大きく3つの目標があった。
- 1段エンジン3基、固体ロケットブースタ「SRB-3」なしの「H3-30」形態の初打ち上げ(完成時に約50億円での打ち上げが可能になる形態)
- 1段エンジンLE-9の完成
- レーダー地球観測衛星「ALOS-4」の打ち上げ
1号機が失敗し、2段以降の実証が完了していない状態で実施するには、2号機には新規開発要素が多い。2号機で予定していた「H3-30」は、基幹ロケットでは初めてとなる「固体ロケットブースタ(SRB-3)なし」かつ主エンジン3基の形態だ。新たな形態を実現するには、打ち上げの前に機体を種子島の射場で立てて固定したままエンジン燃焼を行う試験(1号機で2022年12月に実施した「1段実機型タンクステージ燃焼試験:CFT」)が必要になり、また主エンジンが3基とも正常に燃焼を開始したことを確認してから固定を解くシステムの検証も加わる。
一方で、搭載予定だったALOS-4はH3-30ではなくH3-22でも打ち上げ可能だといい、また2025年まで予定されているH3の打ち上げ計画ではH3-30形態を使用する予定がない。H3-30は固体ロケットブースタを使用しないことから振動環境では有利というメリットがあり、2026年以降に情報収集衛星の打ち上げで使用される方向だ。
また主エンジンLE-9はエンジンの液体水素、液体酸素ターボポンプに見つかった不具合のため、これまで2度の1号機打ち上げを延期して設計変更と対策を行ってきた。H3試験機1号機では一部対策を行った「タイプ1」で打ち上げが可能になったものの、2号機以降で最終的な対策を決定し「タイプ2」に仕上げる計画だった。4月まで行われていた試験では、まだ改良と試験が必要となる状況だという。
そして衛星の搭載については慎重になる必要もある。ALOS-4の運用開始が遅れて地球観測衛星コミュニティがさらに待たなくてはならないという側面はあるものの、レーダー地球観測衛星は2014年打ち上げの「だいち2号(ALOS-2)」が運用中で、光学地球観測衛星「だいち3号」のように替わりが効かない状態ではない。現状ではALOS-2は機体は健全で推進剤の残量もあり、「引き続き観測が可能」との説明があった。
衛星は搭載せずエンジンは1号機から引き継ぎ、迅速な開発を重視
こうした要素を踏まえて浮上したのが、試験機2号機では「衛星を搭載しない」かつ「1号機とほぼ同じ構成(LE-9エンジンのタイプ1を少し改良したタイプ1Aエンジンと固体ロケットブースタ2基のH3-22形態)での再試験」という案だ。トレードオフ検討を整理した4案のうち、「ケース2-2」が提案されることになった。
- ケース1-1:H3-30形態でALOS-4を搭載する
- ケース1-2:H3-22形態でALOS-4を搭載する
- ケース2-1:H3-30形態でロケット性能確認用ペイロードを搭載する
- ケース2-2:H3-22形態でロケット性能確認用ペイロードを搭載する
「性能確認用ペイロード」とは、衛星を模したダミーペイロードで、飛行環境を計測するセンサーなどを搭載する。早期に製作する必要があるため、比較的シンプルなものを検討しているという。
そして新たに「影響のない範囲でピギーバック衛星搭載の可能性も検討」という案が浮上してきた。ピギーバック衛星とは、ロケットのペイロードの余剰を利用して小型の衛星を搭載すること。これまで、2009年のH-IIA 15号機では主衛星「いぶき(GOSAT)」に加えて大学などが開発した5機の超小型衛星を、2014年のH-IIA 24号機では主衛星の「だいち2号(ALOS-2)」に加えて4機の超小型衛星を搭載した実績がある。前例もあり、ロケットの試験機を活用する例としてNASAがSLS1号機に10機の超小型衛星を搭載するなど海外でも行われている。試験機を利用するため衛星側は「リスクは承知の上」で利用することになるが、打ち上げ費用はかからず、技術試験衛星の開発には貴重な宇宙実証のチャンスにもなりうる。
JAXA側はピギーバック衛星の搭載については「検討中で成案するかどうかはまだわからない」としている。それでもH3ロケット1号機の打ち上げ失敗からの早期回復という保守的になりがちな2号機の検討に宇宙開発を推進する新たな要素を加えることができる。公募などでは時間の面で難しいため、対応可能な衛星側に個別に呼びかけて実施されるものと考えられる。
H3試験機2号機の打ち上げ計画は、検証すべき開発要素と衛星喪失のリスク、基幹ロケット開発のスピードのバランスをとった案といえそうだ。ただし、「宇宙基本計画への影響を最小限とする」という点からはまだ不明な部分も多い。H3-30形態の計画で準備していた機体をとりやめてエンジン2基のH3-22形態とする場合、機体の製造はどう間に合わせるのか。後続の打ち上げ計画、特に火星圏へのウインドウという強い制約を抱えている火星衛星探査計画「MMX」への影響はあるのか。懸案だった「試験機2号機にリスクを取って地球観測衛星を搭載するのか」という疑問には方向性が示されたものの、H3開発計画はまだ見えていない要素も多い。