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未来のための「ピンポイント着陸」を目指す小型月着陸実証機SLIMの挑戦

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: JAXA

JAXAがいよいよ月面軟着陸に挑む。2023年9月に打ち上げられた小型月着陸実証機「SLIM」は、2024年1月20日未明に月面軟着陸の実証を行う。1月17日には月面に接近するエンジン噴射を行い、月面から高度約600×150mの軌道に入ることに成功した。1月19日深夜からさらに月面に近づく軌道に入り、1月20日0時ごろから着陸に向けた降下を開始する。地球の6分の1とはいえ重力を持つ月でエンジンを噴射して着陸できる機会は1回きりでやり直しは効かない。1月20日0時20分ごろには成否が判明しているはずだ。

どんな結果にしても、SLIMの着陸はその先にある、何度でも月面に降りられる世界を目指しての挑戦であり、ターゲットを確実に捉える「ピンポイント着陸」を実現するための計画だ。

Credit: JAXA
Credit: JAXA

SLIMの構想が出てきたのは2000年代の始めごろにさかのぼる。「かぐや(SELENE)」となった月周回探査機の知見が積み重なった上で、月の起源と進化の謎に関わる月面着陸と月面での詳細観測、分析、内部構造の探査、サンプルリターンなどの重要性が明らかになってきたからだ。月の火山活動の痕跡や、将来の深宇宙探査で資源となる水を探査という目標があった。しかし搭載ロケットの変遷やNASAとの協力の中断などもあり、実際にSLIMがプロジェクト入りしたのは2016年。打ち上げ時期の延期がありながらも小型実証機として軽量化などの設計変更の上に実現した。

この間、JAXAの月面着陸実証としては2022年11月に米国のSLSロケット初号機に相乗りで搭載された超小型衛星「OMOTENASHI」の存在がある。OMOTENASHIは、重量約13kgという超軽量で、1回きりのエンジン噴射で重力の影響を低減しながら、半ば月面にぶつかるように着陸する「セミハードランディング」という方式を試験的に行うものだった。もともと、NASAのアルテミス計画に向けたSLSロケットの飛行実証に合わせ、搭載能力の余剰を活かして2015年に日本の参加への呼びかけがあって搭載されたという経緯がある。残念ながらロケットからの放出がうまくいかず、月周回軌道にはいることができなかったOMOTENASHIだが、数カ月という短期間でクイックに超小型衛星を用いて宇宙ミッションを立ち上げることができたという点で存在意義を示してみせた。

SLIMの最大の意義は、精度100mで狙ったところに降りる着陸技術の実証にある。2023年8月に初の月面着陸に成功したインドの「チャンドラヤーン3号」、2023年4月に初の月面着陸を試みた「HAKUTO-R」、ソ連以来の実績を持つロシアの「ルナ25号」(8月に探査機喪失)、1月に打ち上げられた米国民間の「ペレグリン」着陸機、いずれも着陸精度はkmオーダーだ。

まずは着陸できるということが重要ではあるが、中国が高精度の月面探査を連続して実現する中で月面に挑むには「科学的に意義あるターゲットを確実に捉える」ことが重要になる。着陸精度が低いと、地質学的に重要な特徴を持つクレーターのそばに着陸したいと考えても実現するとは限らない。ローバー(探査車)を搭載してもターゲットに到達できないということもありうる。

「この年代の地質学的特徴」「あの水氷」を狙って成果を上げるには、まず降りたい場所に降りられる技術が必要だ。さらにターゲットが斜面で条件が悪くても克服できなくてはならない。そこでSLIMは、機体搭載のカメラで月面を撮影した画像とあらかじめ持っている月面の地図とを高速で突き合わせて自分の位置を修正する「画像照合航法」と、5点の着陸脚で倒れ込むように衝撃を受け止める、まるでわざと転倒するような着陸方式を採用して、斜面を克服しつつピンポイント着陸に挑むのだ。

Credit: JAXA
Credit: JAXA

SLIMの先にあるのは、科学目標や資源を狙って、低コストで何度でも月面着陸ができる未来だ。SLIMの後には、インドと共同で月の極域の水資源を探査する「月極域探査機(LUPEX)」が2025年度末から2026年度頭に計画されている。さらに、2028年度には月面探査で位置情報や通信をサポートする「LNSS(月ナビゲーション衛星システム)」実証機の打ち上げを目指している。

月の謎を解き明かすため、1回で終わらない、あるいはもしもSLIMが失敗しても2回目、3回目のチャンスがあることこそ日本の月探査を前進させる。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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