新型コロナウイルスで浮き彫りになった、「誰一人取り残さない」社会の重要さ
世界中が新型コロナウイルス一色ですが、実は昨日4月12日、中部アフリカのコンゴ民主共和国で、1年8ヶ月にわたる戦いの末、ついにエボラ出血熱の終結宣言が出される予定でした。
エボラ出血熱といえば、致死率が25~90%と高いため、感染症の中でも恐怖の代名詞のような存在です。今回の流行でも致死率は約66%に達し、2018年8月1日に発生以来、感染者3453人に対し2273人の方が亡くなっています。(2020年4月9日時点)
また流行の中心地、同国北東部の北キブ州近辺は、複数の武装勢力が活発に活動している地域です。エボラ出血熱と戦う医療関係者にもその矛先は向けられ、昨年1年間だけで300件以上の襲撃が記録されるなど、ウイルスの封じ込めに大きな障害となっていました。
3月末には、新型コロナウイルス感染者が北キブ州の州都ゴマ市で報告され、その翌週には武装勢力が同州北部のベニ市近郊の村を襲撃し6人を殺害するなど、暗いニュースが続く中、昨日は一筋の光明が差す日になるはずだったのです。
ところが3日前の4月10日、ベニ市でエボラ出血熱による2274人目の死亡者が報告され、終結宣言は先送りになってしまいました。
いま北キブ州の人々は、エボラウイルスに加え新型コロナウイルス、さらには武装勢力という三重苦に直面しています。
世界中の人々の日常がウイルスの脅威に覆い尽くされている今、北キブ州の人々がエボラウイルスの脅威の下に過ごした1年8ヶ月という時間の重さも、終結宣言が撤回になった落胆の気持ちも、多くの人が想像できるのではないでしょうか。
とはいえ、遠く離れたアフリカのさらに僻地のできごとです。その影響は私たちの生活とは縁遠く聞こえるかもしれません。
しかし、新型コロナウイルスが北キブ州にまで拡大したということは、逆もまた然りなのです。
アフリカの状況
コンゴ民主共和国以外のアフリカ諸国でも、2月14日に最初の感染者がエジプトで発見されて以降、新型コロナの感染者は増え続けています。
アフリカ疾病予防管理センターによると、4月11日時点で感染者13676人、死者744人。感染者が最も多いのは南アフリカ2028人(死者25人)。続いて、エジプト1939人(146人)、アルジェリア1825人(275人)、モロッコ1545人(111人)とヨーロッパに近い北アフリカの国が続きます。
サハラ砂漠以南の国では西アフリカに感染者が多く、カメルーン820人(死者12人)、コートジボワール533人(死者4人)、ブルキナファソ484人(死者27人)となっています。
感染率が最も高いのは、観光地として欧州で人気が高いインド洋の島国モーリシャスで、人口127万人に対して感染者319人(死者9人)と、10万人あたり25.08人となっています。
未だ感染者が報告されていない国は、南部アフリカのレソト、東アフリカのコモロの2カ国のみ。他の国は日本や欧米同様、ほぼ全ての国で国境が封鎖され、10ヵ国以上でロックダウンが行われています。(2020年4月11日時点)
他の地域と比較すると今のところ感染者数は少なく、現時点では各国とも「感染拡大防止という面においては」大健闘しているといえます。しかし、WHO(世界保健機構)は「アフリカは今後数週間以内に、ピークを迎えるリスクがある」と警告しています。
世界銀行のデータによると、1000人当たりの医師の数は日本の2.641人に対し、0.27人。
病床数は(存在するデータが不完全なため参考程度にしかなりませんが)、日本の13.4(2012年)に対し、最大の南アフリカで2.8(2005年)、最小のマリは0.1(2010年)となっています。
また先進国でも喫緊の課題になっている人工呼吸器やマスク、検査キットなどの医療物資も大きく不足しているため、国際機関や先進国から支援が表明されています。
日本も4月7日に外務省が緊急経済対策として、アフリカを含めた途上国の感染拡大防止・予防のため、無償資金協力と国際機関を経由して840億円を拠出することを決定しました。
すでに行われている支援としては、中国のアリババグループ創業者ジャック・マーが二度にわたり、医療物資をエチオピア経由でアフリカ54ヵ国に送付しています。
現在までにアリババグループから送られた医療物資は、3月22日に「検査キット110万セット、マスク600万枚、防護服6万枚(エチオピア・アピー首相Twitterより)」。4月6日に「呼吸器500台、防護服20万枚、フェイスシールド20万個、非接触型体温計2000個、検査キット100万セット、手袋50万枚(ジャック・マー氏Twitterより)」となっています。
世界各地で国外・国内とも移動が制限されている現在、万が一感染が拡大してしまうと迅速な国際的な支援が行えません。アフリカ各国で医療現場の体制が整うまで、なんとか持ちこたえてくれることを祈るばかりです。
この新型コロナウイルスの脅威がどのような形で終息を迎えるのか、まだ予想もつきませんが、一つ言えるのは、恐らく最後まで渡航制限が行われるのは、もっとも社会基盤が弱い大陸であるアフリカのいずれかの国になるということです。
それは裏を返すと、世界が新型コロナウイルスの終息を宣言するためには、アフリカ諸国への支援なくして不可能だということです。
アフリカの辺境まで24時間で移動可能な現代社会
日本から1万キロメートル近く離れたアフリカ。訪問する日本人も来日するアフリカ人も、他の大陸と比べると圧倒的に少数です。
しかし、世界中の人々が地球の隅々まで張り巡らされた高速移動網で行き交う現代社会、距離はただの目安でしかありません。
国際線最多旅客数(年間約8915万人/2018年)を誇り、世界各地から140の航空会社が乗り入れている中東UAEのドバイ空港からは、同国のナショナルキャリア・エミレーツ航空がアフリカ20ヵ国に飛び、アフリカの航空会社も、ケニア、ルワンダ、アンゴラ、ソマリアなどから乗り入れています。
また日本人に馴染み深い欧米の空港からも、アフリカ諸国に直行便が多数飛んでいます。
ロンドンのヒースロー空港からはエジプトやモーリシャスなど11ヵ国。パリのシャルル・ド・ゴール空港からはコンゴ民主共和国やマダガスカルなど32ヵ国。ニューヨークJFK空港からはコートジボワールやセネガルなど9ヵ国。
エジプト、エチオピア、ガーナ、ケニア、ナイジェリア、南アフリカ、モロッコにいたっては、その3都市を含む世界各国から多くの直行便が飛んでいます。
各国の国内線も同様です。すでに航空網は世界中を繋いでいます。例えば3日前、新たにエボラ出血熱による犠牲者が報告されたベニ市にも空港があります。
ベニ市から州都のゴマ市までは1時間ほど。ゴマ市からコンゴ民主共和国の首都キンシャサまでは2~3時間。そしてキンシャサからは約8時間でパリに行けますし、ベルギーや南アフリカ、ケニア、エチオピア、トルコなどにも直行便が飛んでいます。
単純な飛行時間だけで計算すると、24時間ほどあればベニ市から東京に移動可能なのです。
もちろん乗り換え時間やフライトスケジュールなどを加味すれば、24時間で移動するのは不可能でしょう。しかし、高速移動網が世界中に張り巡らされた今の時代、アフリカの辺境といえど、思ったよりも近くなっているのです。
新型コロナウイルスに対しては、すでに世界各国が厳重な警戒体制を敷いているため、全く問題はないでしょう。しかし、もし新型コロナウイルスと同様の性質を持つ未知の感染症が世界のどこかで発生した場合、再び世界中が脅威に晒されるリスクは常に存在してしているのです。
未知の感染症の発生を防ぐことも、航空機を始めとする高速移動網を手放すことも不可能です。私たちにできることは、感染の拡大をいかに食い止めるかということではないでしょうか。
劣悪な環境で暮らす2億5千万人
アフリカを初めとする途上国では、感染拡大防止で最重要とされる「三密」を自力では実行できない、劣悪な環境で暮らす人々が多数存在します。
一般的にアフリカというと難民のイメージが強いかもしれません。事実、世界全体の7144万人の難民のうち2421万人がアフリカにいます(2018/UNHCR)。
また、あまり一般的ではありませんが国内避難民と呼ばれる、政治的な迫害や紛争などにより国内で避難生活を強いられている人々もおり、その数は全世界で4230万人、アフリカには1470万人となっています。
感染症の流行が難民・国内避難民に与える影響は大きく、1994年のルワンダ紛争時には難民キャンプで発生したコレラと赤痢により、12000人の犠牲者が出ています。
自立不可能な環境で生活している難民・避難民は、外部からの支援がないと直ちに危機的な状況に陥ってしまうため、現在もUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)を始め、様々な国際機関やNGOなどが、世界各地で感染拡大を食い止める努力をしています。
またソニー株式会社が、新型コロナウイルス支援として総額1億米ドル(約108億円)の支援ファンド「新型コロナウイルス・ソニーグローバル支援基金」を立ち上げ、UNHCRにも300万米ドルを提供しています。
他方、難民や避難民のように本来の居住地から離れて暮らす人々とは異なり、そもそも本来の居住地すら持てない人たちもいます。スラムのような居住形態で暮らすインフォーマルセトルメント(法的に認められていない居住者)と呼ばれる人々です。
インフォーマルセトルメントは、2億3800万人がサハラ砂漠以南のアフリカにいます(世界全体10億3300万人/UNDP)。
これらの人々の大多数は、UNDP(国連開発計画)が絶対的貧困の指標としている一日あたり1.9ドル以下で暮らしています。当然貯蓄をしている人などほぼ皆無で、その日の食事を得るために毎日働かなければならないにも関わらず、適切な治療や診察を受けることはおろか、手を洗うための水や石けんにすらアクセスできないのです。
その経済活動はサハラ砂漠以南のGDPの最大41%、総雇用の85.5%を生み出すなど、インフォーマルセトルメントを抱える国にとって、決して無視できる存在ではないのですが、経済、政治、地勢など様々な要素により対応できていないのです。
国際連合人間居住計画(UN-Habitat)によると、インフォーマルセトルメントのうち、現在570万人が世界の5つの大規模なスラムに住み、アフリカでケニアのキベラに70万人南アフリカのカエリチヤに40万人住んでいるとされています。
ところが他のソースでは、キベラスラム100~200万人、カエリチャ120万人ともいわれるなど、何人がそこで暮らしているかさえも正確に把握できていないのが現状なのです。
経済成長が著しいアフリカ諸国では急速に都市化が進み、エジプトのカイロ、コンゴ民のキンシャサ、ナイジェリアのラゴスは、すでにメガシティーと呼ばれる人口1000万人規模の都市になっています。
アフリカ諸国の人口中位数年齢は19.7歳と若く、若者ほど農村部から都市を目指す傾向が強いため、10年以内にアンゴラのルアンダ、タンザニアのダルエスサラーム、南アフリカのヨハネスブルクもメガシティーになると言われています。
そして同時にそのメガシティー周辺には、新たなインフォーマルセトルメントが生まれると予想されているのです。
上水道も下水道もない劣悪な環境で生きるインフォーマルセトルメントは、すでにHIVや結核、非感染性疾患などを患っている住人も多く、ひとたび感染症が拡がると制御不能に陥る恐れがあります。
今後も現れるであろう未知の感染症による被害を最小化し、私たちの日常を守るためには、アフリカを始めとする世界中の人々の生活向上が必須なのです。
国際社会の共通目標である「持続可能な開発目標(SDGs)」では「誰一人取り残さない」という言葉が謳われています。
終結宣言を一刻も早く聞くためにも、二度と同じ事態に陥らないためにも、一人ひとりが「誰一人取り残さない」という意識を持たなければならない時が来ています。
記事の本文から外れますが、20年ほど前にウガンダで発生したエボラ出血熱の取材で隔離病棟に入ったことがあります。わずか15分ほどの撮影だったにも関わらず相当緊張していたようで、隔離病棟から出た途端に放心状態になってしまいました。
潜伏期間が終わるまでの2週間、毎日感染の恐怖に怯える中で、日々その恐怖に向き合いながら治療や診察にあたる医療関係者に強い畏怖の念を抱きました。
現在も、新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めるために、世界中で多くの方々が昼夜を問わず戦ってくれています。
万謝を捧げると共に、関係者の方々のご安全とご無事を心より祈念いたします。