長期計画で見据える強豪への道。AC長野パルセイロ・レディースが大切にする“クラブ愛”と地域密着
【継続路線でWEリーグへ】
今年、秋に開幕するWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)は、初年度を11チームで戦う。当面はリーグやクラブの安定化を図るために降格がなく、最終的にはこれまで国内のトップリーグだったなでしこリーグと繋いで大きなピラミッドにしていく予定だという。
初年度からの参戦を決めたAC長野パルセイロ・レディースは、リーグでも屈指の見やすさを誇る長野Uスタジアムをホームスタジアムとして使用する。空気と水、太陽光を適切に採り入れて管理された天然芝は、年間を通じて青々として美しく、屋根付きのスタンドは座席最前列までカバーされている。そして、タッチラインから11mの近距離で、迫力あるプレーや音を体感できる。
このスタジアムでは、数多くのドラマが生み出されてきた。長野は、J3の男子トップチームと女子をともに応援するサポーターが多く、なでしこリーグ1部に昇格した2016年には、リーグ最多の平均3,647名を記録したこともある。昨季はコロナ禍で制限があったため、例年に比べると観客数が少なかったが、ホーム戦の1試合平均は約810名(無観客試合だった第1節を含む)で、リーグ2部ではトップ、1部でも3位に入る多さだった。WEリーグの舞台でも、人気クラブの一角としてリーグを盛り上げてほしい。
2部へ降格直後の昨季は、半数以上の選手が入れ替わり、佐野佑樹監督を迎えて新たなスタートを切った。結果は10チーム中5位。佐野監督は“全員攻撃・全員守備”を掲げ、若手新戦力を積極的に起用した。GK池ヶ谷夏美がゴールを守り、センターバックのDF五嶋京香がフル出場で最終ラインを支え、ボランチのMF大久保舞が攻守を牽引。そして、前線では長野県出身でU-20世代のFW中村恵美とMF瀧澤千聖が主軸として経験を積んだ。
WEリーグ初年度の今季は、昨季からの継続路線を貫く。
佐野監督はA級ライセンスで、WEリーグの規定(S級か同相当を有する者)では監督として指揮が執れない。そのため、今季はヘッドコーチとなり、昨季までアカデミーダイレクターと女子の強化担当を担ってきた小笠原唯志氏が監督に就任した。実質的には2人でチームを作っていくことを、小笠原監督は明かしている。
「佐野ヘッドコーチのコンセプトを主軸に、チームの幹を太くするためのプラスアルファを2人で考えながら、『こういう見方もあるのでは?』と、お互いに声をかけ合ってやっていきたいと思います」
小笠原監督は、19年にはヘッドコーチを務めている。勢いのある関西弁で、選手たちを叱咤激励する熱血漢ぶりが印象的だった。
【「地元の自慢」に】
今季、長野は昨季のレギュラー全員が契約を更新。一方、出場時間が少なかった選手など6名がチームを離れ、新たに9名が加入した。MF瀧澤莉央(←アルビレックス新潟レディースから)、MF八坂芽依(←INAC神戸レオネッサ)、MF伊藤めぐみ(←JFAアカデミー福島)、MF奥津礼菜(←ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)、DF橋谷優里(日体大FIELDS横浜)ら、なでしこリーグ1部でプレー経験のある選手を獲得したほか、大学や高校を卒業したルーキーが加入した。
補強方針は一貫している。選手獲得を担ってきた小笠原監督は言う。
「まずは3年後を見据えて、どういうチームを作っていくかが大きな課題です。その先5年、10年と続けていけるものを作っていくという方針と、『長野で頑張りたい』という選手と、地元の選手を育てていくというクラブの方針があります。一生懸命さや真面目さといったカラーも重視して、獲得して、育てていくビジョンを持っています」
地元の選手を獲得する方針を取り始めてから、3シーズンで長野県出身者は28名中7名に増えた。大分トリニータレディースやアルビレックス新潟レディースU-18、JFAのナショナルトレセン北信越コーチなどを歴任してきた佐野監督を慕う教え子も多く、近隣の甲信越地方や北陸地方出身者を含めると、28名中11名になる。
クラブ愛や地元愛も、勝利への純粋なモチベーションになる。また、地元選手の活躍を、地域の活性化につなげたいと小笠原監督は考えている。
「彼女たちが長野のトップリーグでやっていることを、地元で自慢していただいて、それを見た後輩たちがまた頑張れるようなサイクルを作っていけるのは、地域の良さでもあるのかなと思います。お客さんを増やしていくという意味でも、そういう地域ならではのポテンシャルは大事にしたいですね」
特に強化していきたいと考えているのは、18歳以下から20歳以下の世代だ。
「U-20代表で活躍して上の世代(A代表)に入っていける選手は、まだ少ないと思います。瀧澤(20歳)や伊藤(18歳)の世代でリーグの試合をこなしている選手が、どのチームでも少ないと思うんです。でも、フル代表に入るためには、試合で使わないと、育たんのちゃうかな、と。うちではその世代を、厳しい戦いの中で起用して育てていきたいと思っています。もちろん、実力ある選手が入ってきたら外れることもあると思いますが、それでも経験を積ませることで、代表に入っていけるような環境を作っていきたいと考えています」
3年目の瀧澤千聖に背番号10を託したのは、そうした期待の表れでもある。瀧澤は152cmと小柄だが、テクニックがあり、90分間ハードワークができることも魅力だ。「走れる」ことは、最低限のベースとなる。そこに「巧さ」や「経験」を積み重ね、「相手によって、試合の中で変化させていける、カメレオンのようなサッカー」を目指す。「そういうサッカーを楽しめるようになれば、ゲームが生き物になって、リーグもさらに面白くなると思います」と、小笠原監督は語った。
WEリーグでは、長野は初年度の目標を「6位以内」としている。
登録28名の平均年齢は22.1歳と、WEリーグでも若い方だが、GK池ヶ谷夏美やFW泊志穂ら、経験のある選手たちがチームを牽引してきた。今季、主将には7年目の五嶋京香が選ばれた。また、副主将は瀧澤千聖と、新加入の伊藤めぐみが務める。
若い選手が多いことから、クラブはサッカーだけでなく社会性や人間性を高めることにも力を入れており、プロ選手としての心構えや、リーグが掲げる「女性活躍社会の牽引」についても、自発的に考えるように促しているという。
【選手を輝かせるキーパーソン】
長野の選手たちはこれまで、スポンサー企業などで仕事をした後、午後4時から練習を行っていた。WEリーグでは15名以上の選手とプロ契約を結ぶという基準があり、長野はアマチュア選手もいるため、練習時間はこれまでと変わらない。一方、プロになる選手たちは時間ができるため、地域密着の取り組みも強化していくという。
「プロリーグ準備室長」の加藤久美子さんは、そうしたオフザピッチを担うキーパーソンだ。
自身も長野県出身の加藤さんは、芸能事務所で女優の吉高由里子さんのマネージャーを務めた。吉高さんが新人の頃から、NHK朝の連続ドラマの主役を担うまで、見守ってきた経歴を持つ。マネージャー業は、人物の将来性を見抜く目や、幅広い人間関係の構築、体力も必要とされる激務である。2015年に長野に帰郷後は、「ホテル国際21」で営業本部長職をこなしながら、今回、チームのサポートを引き受けたという。
芸能界やホテル業界とはまた異なる女子サッカー界での仕事を、加藤さんは楽しんでいるようだった。
「まだ仕事を始めて間もないので、選手全員と面接をして、コミュニケーションをとることから始めました。地域の方に愛されるサッカーチームになるためにどうしていくかを考えながら、選手たちのサッカー以外の良さも出していきたいと考えています。勝つことで興味を持ってもらえると思いますが、一人ひとりの個性を知り、好きになってもらうことで、もっと応援してもらえると思うんです。最終的には、選手たちのメンタル的な面でも相談に乗っていきたいですね」
人を輝かせるという点では、マネージャー業と共通点もあるだろう。これからが楽しみである。
長野は2019年から、ホームタウンの16の市町村をPRする取り組みなどを行っているが、これまで選手は仕事をしていたことや、コロナ禍もあり活動機会は限られていた。これからは、本格的に活動していく。
「プロになる選手たちを中心に、地域を回る時間は増えると思います。アマチュア選手は引き続き、雇用していただく企業がありますし、選手から、『今までのお礼も含めて協賛してくれている企業を回りたい』という声も上がっています。自分たちをもっと知ってほしい、とPRの方法を考えている選手も多いんですよ。選手たちが地元である長野のために戦ってくれるのは嬉しいし、そういう面でもアピールしていきたいですね。地方都市はやりたいことやPRが届きやすいですし、身近に感じていただきやすいと思いますから」
ホームタウンとの関係を中心に、地域貢献活動は広がりを見せていきそうだ。
SNSの発信や選手の声をまとめる選手会長は、4年目のFW三谷沙也加が昨年に続き務める。また、公式YouTubeや、泊のYouTubeチャンネルなどでチームの魅力を発信している。
【「スタジアムが揺れる」感覚を再び】
主将を務める五嶋京香は、18歳の時に長野に加入し、今年で7年目になる。元々はサイドハーフだったが、先発に定着した16年以降は最終ラインでプレーしてきた。前に強く、サイドバックではスピードを生かした粘り強い守備も印象的だった。
WEリーグで対峙するアタッカーは代表クラスばかりだが、五嶋は期待を口にする。
「また高いレベルで戦えることが嬉しいですし、いろいろな選手と対峙できることが楽しみです。WEリーグはトップクラスの選手ばかりなので、自分ができることとできないことが、(今まで以上に)はっきりしてくると思います。ディフェンスの選手では、私は身長が小さい(156cm)方で、得意なプレーはインターセプトですが、予測をもっと速くしないとWEリーグでは通用しないと思います」
様々な主将の下で戦ってきた五嶋は、どのような主将を目指しているのだろうか。
「年齢(24)的にも若い選手たちとそこまで離れていないので、話しやすいのではないかと思います。サッカーのことはもちろんですが、それ以外のことも話しながら、考えを聞いて合わせていけると思いますし、そういうことをチームにとってプラスにしていきたいと思います。新加入の選手や出場機会が少なかった選手とも積極的にコミュニケーションをとって、合わせていきたいですね」
五嶋には、忘れられない光景がある。それは、昇格した16年5月のホーム戦だった。対戦相手のINACには、2011年のドイツW杯優勝メンバーや、年代別代表で世界一を経験した選手が揃っていた。前の月に、同じく代表選手2人を擁する岡山湯郷Belle(現なでしこリーグ2部)に3-2で勝利した流れもあり、このINAC戦はホームの長野Uスタジアムに6,733人もの観客が詰めかけた。この試合で、長野は0-2とリードを許しながらも、スタジアムの熱狂に背中を押されるように、後半に3点を奪って逆転勝ちを収めている。スタンドをオレンジ色に埋めたサポーターの大声援と、飛び跳ねる勢いが、スタジアムの空気を大きく震わせていた。その熱量と、最後まで諦めずに食らいつく選手たちの勢いが一体となり、ドラマチックな結末を導いた。その時の記憶が、五嶋の目や耳に焼き付いている。
「あの時は本当に、スタジアムが揺れた感じがしましたし、あのような状況がまた続いていけば、女子サッカー界(の裾野)もさらに広がっていくのではないかと思います。もう一度、あの光景が見たいですね」
WEリーグで長野が旋風を起こし、あの熱狂を再び巻き起こす日は来るだろうか。新たな挑戦を見守っていきたい。
※表記がない写真はすべて筆者撮影