揺れ動く日大~田中色一掃かそれとも復権狙いか、今後のシナリオは
◆田中理事長逮捕、そして辞任だが
理事長の脱税容疑での逮捕、という前代未聞の事態で「日大劇場」の新たな幕開けとなりました。
井ノ口元理事らによる病院建て替え工事での不正な資金還流、という背任事件が8月ごろから明らかとなります。そして10月7日には井ノ口元理事が逮捕され、ここから背任事件として注目を集めます。
その後の報道によって、本来なら学生の教育用品や学内の自動販売機などを扱う株式会社日本大学事業部という100%出資の事業会社が背任事件のトンネル(資金還流装置)として使われていたことが判明します。
一方、田中理事長は井ノ口元理事らが逮捕される前から入院。その後、病院から理事会に出席するなどしましたが、事件については「大学は被害を受けていない」として被害届提出を拒否しました。
11月6日には日本大学がプレスリリースで被害届について、こう説明しています。
本年11月5日の理事会において、現在判明している情報に基づく判断として、被害届の提出は保留することといたしました。~(中略)~なお、これは井ノ口氏が本学に対する任務違背行為を行ったことを否定するものではありません
誰がどう見ても、井ノ口元理事を守る行為としか思えません。
そもそも、10月7日の井ノ口元理事逮捕から約2か月間、田中理事長は記者会見を一切していません。
田中理事長は入院するほど体調が悪く記者会見ができなかった、ということであれば加藤直人学長や常務理事が対応できたはずです。
それが、約2か月間、大学サイトでコメントを出すだけ、という説明責任を到底果たしていない状態が続きました。
これは他大学ではまずあり得ない対応です。
日大、というより田中理事長は過去の黒い交際疑惑(2014年)、工事業者からのリベート疑惑(2013年)、そしてアメフト騒動(2018年)、それぞれ大きなスキャンダル・不祥事を「記者会見しない、説明しない、辞任しない」というダンマリ作戦で結果的には逃げ切りに成功しています。
今回の背任事件についても同様です。11月に井ノ口元理事の拘留期限が切れたこともあり、田中理事長は逃げ切りに成功した、と私は考えていました。
そうした中、11月29日に逮捕、そして12月1日に理事長辞任となります。
ただ、これで全て決着か、と言われればまだまだ、一波乱も二波乱もありそうです。
◆しぶしぶ理事長を辞任、そして理事も全員辞任へ
まず、辞任と言っても、これは背任事件や脱税容疑を認めてのことではありません。
関係者によりますと、田中容疑者は脱税容疑について「事実無根」と大学側に話し、逮捕当初は理事長を辞任しない意向を示していました。
しかし、大学側から「これ以上抵抗すると大学の存続に関わる」と説得され、辞任することを決めたということです。
辞任は、自らの責任を認めたものではなく、身柄の拘束が続くことで理事長の職責を果たすことができないためだという。
当初は、理事長は辞任するが理事にはとどまる意向があった、との情報もあります。
この辞任表明を受けて1日に開催された臨時理事会では理事長辞任の承認、34人の理事(常務理事4人含む)全員の辞任と体制一新(当面は加藤直人学長が理事長を兼任)、背任事件での被害届提出などが決まりました。
マンモス私大で理事全員が辞任することは、これも前代未聞です。
ただ、ガバナンスがしっかりした他大学では、そもそも理事長の脱税容疑などは考えられません。それに、仮に脱税容疑などで逮捕された場合、本人が辞任表明をしても、辞任を認めず理事会で解任を決議するはずです。
背任事件での被害届提出も遅きに失しています。
◆評議員温存で田中派の「死んだふり」も?
それから、理事全員が辞任と言っても、体制をいつ一新するのか、まだ不明です。
ここで2つのシナリオが考えられます。1つは田中派温存による田中理事長復権。もう1つは田中派一掃による再建です。
まずは田中理事長の返り咲きシナリオから解説します。
加藤直人学長は、2018年のアメフト騒動当時、アメフト部の部長ポストにいました。当時、この騒動で事態を解明しようとしたとはいいがたく、その後、学長に就任していることからも田中派の一人、とみる方が自然です。
その田中派の学長が主導で事態を収拾できるのか、疑問です。
それから、理事の全員辞任と言っても、評議員については今のところ、言及されていません。理事だけでなく評議員もその大半は田中派であり、これまで田中独裁体制に物申した評議員はほとんどいません。
その田中派の評議員を理事に横滑りさせれば、「死んだふり」をしつつ、適当なタイミングで田中容疑者を理事長職に復権させる、これが田中理事長の返り咲きシナリオです。
今のところ、田中容疑者は5300万円の脱税容疑での逮捕です。
脱税額が今後増えれば、懲役10年以下、という重い刑罰になる一方、現状のままだと「後納→起訴されるが執行猶予」ということもあり得ます。
仮に、執行猶予または無罪を田中容疑者側が勝ち取った場合、「逮捕は検察の勇み足だった」と検察批判をしつつ、理事長ポストに復権する、これが返り咲きのシナリオです。
◆井ノ口復帰の前科、他大学での悪例も
この返り咲きシナリオ、そもそも、井ノ口容疑者の復権で日大は「前科」があります。
2018年、アメフト騒動の際、井ノ口容疑者(当時は理事)は加害選手に対するどう喝が第三者委員会により認定されました。
その結果、アメフト騒動後、井ノ口容疑者は理事を辞任します。
ところが、アメフト騒動が収まった2019年には株式会社日本大学事業部の取締役に復帰(アメフト騒動時は事業部長だったのでむしろ昇進)。2020年には理事にも復帰しています。
理事ですら簡単に復帰させているわけで、田中理事長であればなおさら返り咲きを狙っている、と見る方が自然です。
他大学でも先例があり、それが2008年の東京福祉大学事件です。
当時、総長だった人物がわいせつ事件により逮捕。総長も辞任し、大学は「今後、大学経営に関与させない」と表明します。
しかし、服役後には大学職員(事務総長)として大学に復帰。2020年には学長としても復権します。こうした前例を考えると、田中理事長の返り咲きは十分に可能性があります。
◆日大に怒り心頭の文科省
こうした田中派温存による返り咲きシナリオは文部科学省も先刻承知です。
そこで次に田中派一掃による再建シナリオです。
文部科学省側はこのシナリオによる再建を考えているに違いありません。
これまでの日大は大学ガバナンスが欠如した運営をしてきました。
田中理事長夫人経営のちゃんこ鍋屋での「夜の理事会」が実質的な方向を決めるなど、相当いい加減だったことが判明しています。
今どき、町内会やマンションの理事会だってもう少し、ましな運営をしているはず。
しかも、2018年のアメフト騒動に続き、今回の背任事件も説明責任を果たしているとは言えません。
それに背任事件のトンネル会社として使われたのが事業会社というのも隠れたポイントです。
大学が100%出資する事業会社は財務面での貢献(利益を大学に寄付すれば損金としての計上が可能)が期待できます。それに経営の効率化も進むため、2000年代に入り、文部科学省は学校法人100%出資による事業会社設立を認めるなど、推進するようになりました。
ただ、それは学生食堂・売店の経営、会計などの学校事務、清掃・警備などの業務を効率に進めることを想定してのものです。
売店等であれば、一括受注によって学生にも安く提供することが前提でした。
まさか、学内を締め付けて事業会社経由にするとか、結果的に学生・教員は高くついている、挙句には背任事件のトンネルに利用されるなど、これは文部科学省の想定外でした。
こうした行いも、文部科学省からすれば怒り心頭です。
◆切り札は補助金不交付で実質「5年間で毎年7割カット」
日大に怒り心頭の文部科学省からすれば、切り札は私学助成金です。
私学助成金は学生数・教職員数によって決まり、それ以外では医歯系学部があれば上乗せされます。
日大は学生数は日本一(約6.5万人)であり、例年、約90億円が交付されています。
この私学助成金の減額処分について、10月には、交付を保留となりました。最終決定は来年1月となります。
この減額処分の幅をどうするか、これが文部科学省側の切り札なのです。
過去の事例を見ていくと、大学トップの逮捕による減額幅は50%でした(2008年・東京福祉大学)。
日大についても、同じ50%となる可能性があります。
ただ、これよりも厳しい75%カット、または不交付(全額カット)もあり得ます。
まず、2008年の東京福祉大学の場合、逮捕されたのは総長だけですが、日大の場合は理事長と理事、2人であり、日大の方が重いと言えます。
さらに2018年、日大は35%カットという処分を受けています。東京医科大に端を発する医学部不正入試に日大も関与しており、この処分で25%カット。さらに、アメフト騒動により判明したガバナンスの欠如を理由として10%カット。合計35%カットとなりました。
この10%カットの反省がないからこそ今回の背任事件、そして脱税容疑につながった、とも言えます。
つまり、文部科学省側は50%カットよりも重くする大義名分が十分にあるのです。
もし、私学助成金が75%カット、または不交付となった場合はどうなるでしょうか。
私学助成金のルールを定めた「私立大学等経常費補助金取扱要領 私立大学等経常費補助金配分基準」には、減額処分のその後についても明記されています。
10%~25%の減額→翌年は全額交付
50%の減額→2年目は25%減額、3年目に全額交付
75%の減額→2年目は50%減額、3年目は25%減額、4年目に全額交付
不交付→2年目は不交付(100%減額)、3年目は75%減額、4年目は50%減額、5年目は25%減額、6年目に全額交付
※「私立大学等経常費補助金取扱要領 私立大学等経常費補助金配分基準」を筆者が編集
日大の場合、50%減額だと実質的には「2年間・37.5%減額」で67.5億円減額。
75%減額だと実質的には「3年間・50%減額」で135億円減額。
不交付だと実質的には「5年間・70%減額」で315億円減額。
しかも、この減額ルールは自動的にこうなるわけではありません。
改善状況に相当期間が必要、と認めた場合は減額の継続、あるいは減額幅の拡大・不交付もあり得ます。
◆文科省幹部・他大学学長経験者の招へいも
文部科学省側はこの私学助成金の不交付ないし大幅減額をチラつかせながら日大に説明責任や経営改革を迫るもの、と見られます。
もし、この文部科学省が主導する再建シナリオとなった場合は、理事だけでなく評議員や職員の管理職ポストからも田中派は一掃されるでしょう。
大学理事には、少数ながら田中独裁体制に異議を申し立てていた「新しい日本大学を作る会」や日本大学教職員組合から起用することも考えられます。
大学の教職員組合から理事を起用する人事は極めて異例ですが、それくらいやらないと、田中派一掃とはなりません。
さらに理事長・学長ポストには文部科学省の幹部経験者ないし他大学の学長経験者を招へいするシナリオもあり得ます。
民間企業では経営破綻した日本航空が稲盛和夫・京セラ会長を会長に起用するなどしました。
大学でも文部科学省幹部出身者の起用は国立の山形大学(2007年・結城章夫/元文部科学事務次官)、私立の千葉科学大学(2016年・木曽功/元ユネスコ全権大使)などで前例があります。
他大学の学長経験者も、前例は多く、有名なところだと、ノーベル物理学賞受賞の江崎玲於奈氏は筑波大学→芝浦工業大学→横浜薬科大学と3校で学長に就任。
他にも、中嶋嶺雄(東京外国大学→国際教養大学)、坂井東洋男(京都産業大学→追手門学院大学)などが有名です。
こうした人材を外部から登用することは決してあり得ない話ではありません。
◆加藤学長会見でどう転ぶ?
ここまで田中派の死んだふり・返り咲きシナリオ、田中派一掃による再建シナリオについて解説してきました。
今後どうなるか、近日中に加藤直人学長による記者会見が開かれる見込みです。
この記者会見では背任事件や田中容疑者の脱税容疑などの説明があるでしょう。合わせて再建策の見通しについてもその方向性が示されるはずです。
この記者会見で加藤学長が田中派温存か、それとも一掃か、どちらのシナリオに沿うのかが明らかになります。
仮に温存しようとするのであれば、評議員や職員の部課長クラスで、ちゃんこ屋詣でをしたかどうかなどの調査はしない、とするでしょう。当然ながら、メディア各社から厳しい質問も出るでしょうし、加藤学長本人の経営責任や進退についても問われます。加藤学長がちゃんこ鍋屋に何回行ってどういう話をしたか、なども問われる可能性があります。2018年のアメフト騒動での記者会見並みに紛糾した場合、日大再建はさらに遠のくことになります。
逆に、自身の退任を含め田中派一掃を明言するようであれば、これはこれで学内が混乱するでしょう。ただ、最終的には再建が早くなります。
どちらのシナリオに沿った話をするのか、あるいは、何も話せないのか、近日中に開かれるであろう、加藤学長の記者会見に注目です。