北海道が宇宙ビジネスを持続可能にするためにできること ~ニーズの掘り起こしが産業を育てる~
宇宙開発企業インターステラテクノロジズをはじめ、日本の民間宇宙産業の先進的取組が集まっている北海道。2018年には内閣府の「宇宙ビジネス創出推進自治体(S-NET推進自治体)」に選定されています。道内の宇宙産業を支援する、北海道経済部産業振興局 産業振興課の丸山理さんに、S-NET推進自治体としての初期の活動と、道内での宇宙産業支援についてうかがいました。
――2018年からのS-NET推進自治体の活動について、取組の移り変りや成果などについてお聞かせください
丸山:北海道は2018年にS-NET推進自治体に採択され、“技術力の向上”“人材の育成”“事業化の促進”“事業者の掘り起こし”という四つの目標を掲げて取り組んできました。北海道宇宙関連ビジネス創出連携会議(旧:北海道衛星データ利用ビジネス創出協議会)というデータ利用の裾野を拡大する目的の取組も始めました。この取組を通じて、昨年からはデータ利用だけではなく、機器を作る産業の方も視野に入れて進めていこうとしています。道内ではインターステラテクノロジズを始め、大樹町ではロケット打ち上げ実験をしたい、射場整備を進めたいという動きがあり、今年から北海道大樹町及びスペースコタンによる北海道スペースポートの整備に向けた支援が始まりました。
人工衛星の利活用は全世界を相手にしたビジネスですが、将来的に日本に射場・スペースポートができて、ロケットができさえすれば、お客様が来て衛星がどんどん打ち上げられて万事うまくいく、ということではないと思います。衛星打ち上げの需要を下支えするニーズを北海道に作り出すことができるか、それはどのレベルのものか、というところから掘り起こしが必要なため、現在はそちらに注力しているところです。
ロケット打ち上げを頻繁に行うには、特に水産業など、周辺で影響を受ける事業者の方に充分に理解していただく必要があります。水産業の場合、広域を観測できる衛星のデータを利用することで、地上の産業以上にドローンや航空機にはできない部分をカバーできる可能性が非常に高いわけです。この点も重点的にやらなければいけないと思っています。
S-NET推進自治体に選出されてからこれまでの3年間で、当初54団体だった北海道宇宙関連ビジネス創出連携会議の会員数が、2021年3月時点で33団体増えて87団体となりました。今年4月から体制にも変化があり、科学技術振興課から産業振興課に所管が移りました。これにより、研究開発というシーズ育成中心の体制から、ビジネスを育て上げていくフェーズに変わってきています。
丸山氏
――宇宙をきっかけに、道内事業者さんのさまざまなつながりを構築されているわけですね。
丸山:S-NETの活動によって、これまでネットワークがなかった一般財団法人リモート・センシング技術センター(RESTEC)や株式会社パスコといった利活用のプレイヤーの方々とつながりを持つことができました。また、内閣府、経済産業省の最新動向をいち早くキャッチし、相互に連携をして足りない部分を補っていくという目的も達することができました。
また、講習会等を実施することで、参加者の知識習得につながっています。事業化促進に私たちが関わった例としては、スペースアグリ株式会社の実証事業や、北海道大学の高橋 幸弘先生らの開発による「スペクトル計測技術による『革新的リモートセンシング事業』」の事業化に向けたプロジェクトチーム連携などがあります。専門人材の育成についてはまだこれからの部分もありますが、今後は連携会議の枠組みを使って、道内ベンチャー企業の実情や、北海道大学や室蘭工業大学といった教育機関による、事業化まで見据えた人材育成の話題を提供していこうと考えています。特に若い世代に宇宙に興味を持ってもらい、人材育成につなげていくことを目指したいですね。
――水産業での衛星利用支援についてですが、これはどのような意義があるのでしょうか?
丸山:あるビジネスを持続可能にするためには、対価に見合った価値を提供することが重要です。今は北見のサケ資源生産支援プロジェクトに衛星データを利用する取組も進められています。入口として内閣府の「課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」を利用して、まずはなにができるのかを練り上げていく。技術が成熟してくれば、北海道全域に広げる、日本の他の地域にも技術を広げる、場合によってはサービスとして海外に展開することもあり得ます。このように拡大していくことを想定してビジネスプランを作るにあたり、我々がお手伝いをするのが趣旨でもあります。
特に漁業関係の実証は、研究者と地元の方との人的つながりで始まった部分があります。そこで、「こういう成果が出ました」ということを、例えば北海道水産林務部のつてを使って、他の管内にも広めていく。北海道全域で使えるならば今度は北海道から全国に広げていく。水産業も農業も北海道は日本の一大産地です。そうした立場で、衛星データ利用を積極的に広げていく役割があるのではないかと思っています。少子高齢化、人口減少の社会で省力化、効率化は必須です。こうしたまだ解決できてない課題にとって、人工衛星を含むデータの活用が一つのカギになるのではと考えています。
――宇宙利用拡大に向けた北海道からの支援としては、コーディネートの作業が中心になるのでしょうか?また、条例のような形で法的な整備をするところも含まれているのでしょうか?
丸山:支援の中心になるのは、情報の共有や提供、プレイヤーの発掘に繋がるような広報に近い形になるかと思います。宇宙に特化した条例改正ではなく、産業振興条例の中で宇宙を含めて成長産業分野として支援するというようなことはあり得るかと思いますが、宇宙事業の場合は実証であっても多額の初期費用がかかるケースが多いですから、自治体として支援を継続するにも難しい部分があります。そこで内閣府、経済産業省などが実施する実証事業を利用するなどして、最初の谷を越えていくというお手伝いを目指したいと考えています。
――データ利用の課題はどんなものがありますか?
丸山:現在の衛星データの精度、時間分解能が向上し、ユーザーにとって欠かせない存在になることが理想だと思いますが、現在のユーザーはまだそこまで感じていないのではないでしょうか。既存のドローンや人手の作業と比べて、得られるものがどれほどあって、あるいは手数がどれほど軽減できたか、衛星データ導入の前と後で比較してみた場合、現状ではまだ従来方式のほうが低コストで作業が楽だと受け止められているのではないでしょうか。
導入を後押しするとはいっても、セミナーなどで単に「こんな風に使えます」「こんなことができます」と紹介するだけではなかなか振り向いてもらえません。ユーザーのニーズに沿って課題を解決するソリューションのところまで提供側が仕上げることが最低条件だと思います。
そのためにアイデアベースではありますが、災害対応の利用と平時の利用をセットで提供するという形もあるのではと思っています。災害時は優先的に情報を供給することを確約し、平時にも何かに使えるモデルを用意する。災害時の他にも使い道がないと、数年間まったく利用がないということにもなりかねません。
あるいは、インターネットのビジネスモデルを元に考えてみることができます。ネットサービスには、ユーザーが料金を支払うのではなく、広告収入で成り立っているというサービスが多々あります。間接的にユーザーに何かを伝えて、ニーズを拾えると見込める事業者が間に入ることで、サービスとして成り立つモデルの構築です。ただしこうした解決策はすぐには出てこないので、事業者がメンバーに入って検討する必要がありますね。
――「利用がうまく回るビジネスモデル」を作り出すには、どのような事業者が検討の中に入ってくるとうまくいくのでしょうか?
丸山:例えば水産業の場合、漁業者に関わる間接的な事業者がそこに入りうる存在なのではないかと思います。漁業にかかわる部分ならば製網メーカーとか、農業は農業資材メーカーなど。ドローン利用の分野では、すでにそうした取組を進めている事業者は多いと聞いています。
そこで、宇宙分野の人たちだけで集まって検討するのではなく、サービサーの企画会社のようなところが入る必要があると思います。現状の1対1で「こういう衛星データがありますが要りませんか?」の結果「不要」ではなく、「衛星データでこういうことができて想定ユーザーはこうで、こういうビジネススキームが成り立つ」といったアイデアがたくさんあると、ビジネスが素早く成り立つのではないでしょうか。
そもそもエンドユーザーになる人たちは、データを提供するのが衛星であってもドローンであっても気にしていません。サービスとして何ができるのか、どの程度のコストが必要か、ということが大事で、アルゴリズムの説明に興味があるわけではないのです。現状は、どうしてもシーズを元に「こんなことができます」「こんなことがわかります」になりがちです。本来はニーズがまずあって、そのニーズに活用できるデータや衛星センサーはどれ? というようにマーケットインの発想でないといけない。そこで初めて、想定ユーザーの規模が小さすぎる、あるいはセンサーが足りない、といった検討になり、民間企業が衛星を提供する、あるいは新しいセンサーを開発する企業の出番ということになるはずです。
私たちが関わった例で、北海道大学他のスペクトル計測技術による「革新的リモートセンシング事業」*の例を挙げていますが、このケースでは「衛星の観測頻度が少なくて、ほしいときにデータが撮れない」という課題に対する解決が出てきているのですね。従来の衛星は真下に向かってカメラを向けて観測するのが常識で、斜めから撮影すると観測対象の反射スペクトルが変わってしまい、見え方(色)が変わってしまうためです。そこで、「斜め45度から見た場合」、「真上から見た場合」でそれぞれ何色になるかなどの「スペクトルライブラリー」を構築することによって、作物の生育や病害虫診断の精度を飛躍的に向上させると共に、実運用における観測頻度を桁違いに上げることができるようになった。まさに発想の転換です。
*参考:北海道大学のスペクトル計測技術による「革新的リモートセンシング事業」の創生
こうした多様なアイデアが大学や研究機関から出てくるのか、企業の開発者からか、という部分はありますが、課題はすでにたくさんあるので、宇宙分野にいない人たちの中からも、「これを使えば解決できるかもしれない」というアイデアを出してくれることを期待しており、我々はセミナーなどの周知活動を実施していくことで、そのような方々に出会う機会を求めています。これは時間がかかっても必要な取組だと思っています。
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイトS-NET『北海道が宇宙ビジネスを持続可能にするためにできること ~ニーズの掘り起こしが産業を育てる~ 北海道 経済部産業振興局 産業振興課 主幹(宇宙航空産業) 丸山 理』に掲載されたものです。